表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/72

カレー・カレー・カレー(後編)

「けひょうひんもわひゅれないでくださいまひゅね」


 ああ、化粧品もガッツリねだってるし。


「いやー、ものの見事に全員とりこまれてますねえ」


 副官も驚いていた。婚約者や侍女たちは地上の人間に気を許すなと言われている。それとたやすく親しくなるとは、この女いったい何者か。私の体には、カレーのためとは思われぬ汗が浮かんでいた。


「本当は私より、家内の方が政治家に向いていると思うんですがね」


 総理が言った言葉が正しいと、今まさに思い知らされている。……これは、婚約者を連れてきたのは失敗だったかもしれんな。追い詰めようとしてこっちが壁際に寄せられていては、世話がない。


 ここはあくまで懇親会の体を装い、大事な話は何もせず逃げるに限るな。


「おかわりだ」

「大盛りにいたしましょうか?」

「……分かりきったことを言うな」


 いらだたしさを感じつつも、私は総理に向かって皿を差し出した。


 その三十分も後には、巨大な鍋を満たしていたカレーは、嘘のようにすっかりなくなっていた。




 迎賓館を後にし、総理夫妻は車中の人となった。会話は聞かれているおそれがあるため、妻ともアプリで会話する。無論、時折関係の無い会話を挟みながら。


『結局、ただの懇親会ってことにされてしまいましたね』


 車が下り坂にさしかかったとき、妻が切り出した。


『まあ、仕方ない。一つ目的が達成できただけで良しとしましょう』


 彼らに米の味を覚えさせ、母国で消費させるきっかけを作る。今回、新たに女性たちを巻き込むことができたのは、確かに朗報だった。


『どうかしら? だいぶこれでお米が減ったかも』

『まさか』


 総理はわずかに皮肉っぽい笑い方をした。


 一般的な会席や立食のパーティーではなく、カレーを持ち出してきたのは妻だった。そういう目的があるのなら、こちらがうってつけだと言って。確かに、普通のコースの何倍もの米を食べさせることに成功している。


 だが、その程度の米など、消えてしまった分のほんの一部でしかない。まだ、長い長い道のりの半ばにしか過ぎないのだ。


『そうよね。つまらないことを言ったわ』


 緩やかな道を見ながら、他愛もない会話をする。その時、妻が不意にメッセージを送ってきた。


『……でも、途中で辞めるなんて許しませんわよ』


 総理ははっとした。いつもそうだった。選挙戦で厳しい時も、四方八方から責められた時も、そして地底人に敗れた時も。自分の背中を押したのは常に彼女だった。


 彼女の言う通りだ。人々の生活がかかったこの戦い。先は長くとも、諦めるわけにはいかない。


 分かっている、という風にうなずくと、ようやく妻がにっこりと笑った。


『それでは、次はどんなお料理にいたしましょう? 私、得意料理なら本にするほどあるのよ』

『よく分かってますよ。そうですねえ、久しぶりに何が食べたいかなあ……』


 窓の外は墨を流したような夜空に変わりつつある。その闇の中を、一条の流れ星がゆっくりと流れていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ