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カレー・カレー・カレー(前編)

「こ、これはなんなんだ?」


 事前に飯を用意しておくようにとは言われていた。もしかして、この液体と米を一緒に食べるつもりなのか。


「一応、シチューのような煮込み料理のようですね」

「だが、中に何が入っているかすらさっぱり分からないぞ」


 なんとなく肉片のようなものが浮いているのは見えるが、それ以上の情報は全く伝わってこない。自分が無能になった気がして、私は地団駄を踏んだ。


 しかしそんな私たちをよそに、配膳は粛々と進んでいく。予想通り、平皿に盛られた米の上に、あの得体のしれない液体がかかっていた。


「さあ、皆様どうぞどうぞ。日本の国民食のひとつ、カレーでございますよ。今回は各方面にご協力いただき、理想に近いものができましたの」


 総理の妻が呼びかけても、みんな控えめに首を振るばかり。当たり前だ、こんな謎の液体など誰も食べたくないだろう。


「魔王様は……まさか食べられないとはおっしゃいませんよね。なにか誤解をしてらっしゃる様子ですが」


 悪の帝王みたいな顔をして総理が言う。クソ、こちらが婚約者連れなのを知り尽くしてけしかけてやがる。


 不味かったらすぐに吐き出してやる、と決めて──私は匙を持ち上げた。そして一口食べる。その後、勝手に口が動いた。


「……めちゃくちゃ美味い」


 わずかに辛いが、それを上回る深い味わい。塩味といえば塩味を感じるし、旨みといえばそうなのだが──今まで食べてきたどんな汁物とも違う、それらが混ざり合った味に、体が反応し汗が出る。


 謎の汁で煮込まれたであろう野菜も肉も軟らかく、すぐにかみ切れて口の中へ消えていく。本当にもったいなく感じて、次の一口がまた欲しくなった。


「これは……すさまじいな」


 こんな茶色の液体が美味いなど許されない。許されないぞ。……と心の中で憤ってみても、やっぱり美味いものは美味いのだった。なかば呆然としながら、私は皿をすっかり綺麗にしてしまう。


「おかわりもございますよ」


 いいタイミングでつつっと寄ってきた総理に、無言で皿を差し出してしまった。再び大盛りにされた皿に食らいつく。


「……ちょっと品がないな。今更だが」


 皆の理想、素敵な魔王様像が壊れたりしてないかしら。嫌だわ、困っちゃう。


「ああ、誰も見てやしませんから大丈夫ですよ」

「なに──っ!?」


 困惑して室内を見渡すと、皆がうつむき加減になって、夢中でカレーをむさぼっていた。確かに、私のことなど誰も見ていない。


 どんな料理を出されてもある程度各人の好みというのは分かれるもので、皆を満足させるものなど早々作れはしない。それなのにこの料理は、あっさりとそれをやってのけたのだ。


「えらい代物だな。どういう料理人が作ったものなんだ?」

「元々はインドという、海を隔てた遠い国の料理です。もともと現地では複数の香辛料を混ぜ合わせて、この複雑な味を出していました。しかしインドを支配したイギリスの民は、簡易に味が出せるように『カレー粉』という配合剤を作ったのです」


 総理が答えた。


「なんのためにそんなものを?」

「料理の工程を簡便にして、どこでも使えるようにするためですよ。当時のイギリスでは、航海中の食事提供に悩んでいたのです」


 


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