半殺しか皆殺し(前編)
近付いてくる総理と孫の足音が聞こえてくる。今日の奴らは、一体どんな会話をしているというのだろう。
「半殺しの方が分かりやすいのでは……」
「だからあ、まずは勧めるなら皆殺しだってば。ジジイは分かってないな」
ば、バイオレンス。
「この前、なんか総理の様子がおかしいなとは思ってたが……!」
一瞬顔から血の気が引くのを感じた。いや、恐れるな。もし相手が攻撃に転じた場合は、迎撃用の魔術を即座に発動することが出来る。
しかしあいつ、確実に失敗することが分かっていて暗殺やるほどバカだったろうか。ふと、私の中の理性がブレーキをかけた。もしかしたら、間違っているのは私の考えの方じゃないか?
迷っているうちに、総理と孫が部屋の中に入ってきた。
「なんだよ、その両手を振り上げたポーズは」
「貴様らが半殺しだの皆殺しだの、やけに物騒なことを言っていたからだろうが。その分だと、襲ってくるつもりはなさそうだが」
「見当違いのことを考えてらっしゃる様子なら、訂正をと思いましたが……その必要はなさそうですね。半殺しや皆殺しというのは、日本のおはぎというお菓子の別名なんです」
勘違いした自分がひどく情けなくなった。今のところこいつらに反逆の意思はなさそうで、良かった。しかしたかが菓子にそんな名前をつけるとは、さすがヘルジャパン。
「いやあ、久しぶりにおはぎが食べたくなりまして」
「不純な動機で来るんじゃないよ」
私は苦言を呈したが、もちろん向こうが気にした様子はなかった。
「昔、ばあちゃんがたくさん作ってくれたんだよ。それを目指して作ってたんだけど、なかなか思い通りにならなくて」
「そうでしたね。あなたのもなかなか、美味しかったですよ」
「……お前のせいで、その練習もできなくなったけど」
ぎろりとにらむ孫を、私は無視した。
「で、いったいどういう菓子なんだ」
「あんこは分かりますか?」
「豆を甘く煮た、ペーストみたいなやつだろう」
和菓子職人の時にちょっと食べた。結局あの時は総理がこっちをハメようとしてきたから、たくさんは食べられなかったのだが。
「米を潰して俵状にしたものを、そのあんこで包んだお菓子です」
「中身が餅ではないのですか? その方が美味しいと思いますが」
副官が意外そうに聞いた。私も同意する。米はさんざん食べてきたが、あれは塩気によく合う食べ物だ。ごはんの友と言われるものも、ほぼ例外なくそういう味だった。なのにいきなりあんこと言われても、納得がいかない。
「いや、これが意外と美味しいんですよ」
「ふーん……まあ、出してみましょうか。何事も挑戦です」
卓の上に、赤茶色い塊が次々と積み重なった。地味な見た目に、地味な形。勧められても、あんまり食べる気にならない。
「これ、マズそうだぞ?」
「そう思っていたって、とうめしは気に入られたじゃないですか」
「なんか毎回、お前にうまいこと動かされてる気がするんだがな」
「気のせいですよ、気のせい」
「とっとと食えよ、意気地無し」
「なんだとお」




