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丼・丼・ドン(前編)

「おやあ、二人揃ってこちらに来られるとは」


 騒動が終わってからも、総理はいけしゃあしゃあとした顔でやってくる。すっかり馴染みの店に来る時のノリなので、こちらが苛々させられるばかりだ。


「……なんだ、花なんて飾りやがって」

「もう私の私物だ。無闇に壊すんじゃないぞ」


 まだ農林水産大臣のように、敵意をむき出しにしてくれた方がいい。


「まあまあ、落ち着いて。私、最近は丼ものにハマってまして。せっかくですし、お二人にもごちそうしますよ」


 こいつはこいつで、当然のように飯を出すし。すっかり日本人みたいになってるぞ。


「ご、ごちそう……?」

「あー、何言ってるかさっぱり分からんと思うが、なんかノリでな。別に毒は入ってないぞ」


 そんなことしなくても、いつでも殺せるし。


「よろしければ、こちらからどうぞ」


 副官が差し出したのは、普段の茶碗よりだいぶ大きな器。これがドンブリ、といい、これに盛る料理を総称して「丼もの」というそうだ。


 普通の茶碗と違って、上に蓋がついている。それを持ち上げると、まず鮮やかな黄色が目に入った。それを見た総理が嬉しそうに言う。


「まずカツ丼ですか。よかったですね、大臣の大好物です」

「だからなんで食べる前提で話を……!」

「グズグズしているなら先に食べるぞ」


 私は揉めている二人を置き去りにして、湯気をあげている丼を手に取った。綺麗な黄色い卵にくるまれた、茶色いカツ。せっかくカラリと揚げた逸品が台無しな気もするが、そんなに美味いのだろうか。


「まあ、説明はなしで……とにかく食べてみてください」


 副官がそう言うので、私はうなずいて箸をつけた。


「む、これは確かに……」


 確かにサクサクした感じはほとんどないが、卵でしっとりした衣もそれはそれで柔らかく美味い。出汁を吸い込んで口の中にとどめてくれる、名脇役だ。もちろん主役の肉厚な豚も、全てをくるむ卵もあますことなくその魅力を発揮している。


「それを受け止める下の米が、本当の主役なんだけどな」


 私のつぶやきを聞いて、にわかに大臣が反応した。


「なに!? これは代用品でなく、本物の米を使っているのか!?」


 大臣は値打ち物を見る目で、丼をしげしげ眺めた。反して今まで食いまくっている総理は、飄々としている。


「遠慮無くいただきなさい。久々の米ですから、きっと美味しいですよ」

「お前なあッ!!」

「ほら、冷めたら料理に気の毒でしょう」


 総理を見て大臣は苦い顔をしていたが、一から十まで整えられた食卓を見て、観念した様子だった。


 不承不承、まず一口。たっぷりの白米と卵、カツを同時に飲みこんで、噛み砕く。


「……やはり、美味いな。若い時によく食い歩いたものだ」


 ひどくしみじみと、大臣はその丼を食べていた。よほど思い出の詰まった料理だったのだろうか。


 横にいる総理も似たような顔をしている。


「あの頃の給料はわずかですからねえ。それを貯めて、たまに豪勢な丼をガッといくのが楽しかった。丼なら、あれこれ頼まなくても一品でお腹がふくれますから」


 確かに、効率という点ではいいかもしれない。


「昔はこういう卵とじタイプではなく、揚げたカツをご飯に載せて、ソースをかけるものの方が一般的だったようですが。戦後、一気にこの形式が広まりました」

「ソースはもうすたれてしまったのか?」

「いえ、グンマーとかいう、一部地域では好まれているので健在ですよ。またの機会にお出しします」


 その言葉で私の垂れていた頭も上がる。べ、別に楽しみにしてたとかじゃないんだからねっ。


 副官はその様子を見て笑いながら、さらに続けた。


「こちらには他の丼もご用意してありますよ。揚げ物の連続になりますから、魔王様はちょっとにしておきましょうね」

「いらん気配りをするな。母親じゃあるまいし」


 ジジイ二人が造作もなく平らげているのに、私だけがへばってはいられない。……しかし、丼の大きさが今になってこたえる。




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