おお、勝手に広がる日本中華の世界(四)
「これはなんだ? 肉炒めか?」
私が聞くと、総理は首を横に振った。
「いいえ。豚の臓物と野菜を炒めた料理ですよ。こちらでは、レバニラとよく申します」
「……それを好き好んで食べるのか、お前ら」
臓物と聞くと、なかなか踏み込みにくい感じがする。というか下等種族ども、そんなものは平然と食うくせに、なぜバフムは食い控える。
「臭いし、変な味がしないか?」
「慣れればどうってことありませんよ。栄養も豊富ですしね」
「あー、もしかして魔王……ビビってんの?」
私はこの煽りにむっとした。明らかに挑発だと分かっているが、乗ってやろうじゃないか。
「……あれ、意外とうまいな」
確かに臓物特有のちょっともそっとした感じはあるが、薬味がきいているからそう気にならない。一旦臓物を揚げてあるから、余計に生臭い感じがなくなっているのかもしれなかった。
「レバニラも日本でアレンジされた料理ですね。向こうではニンニクをもっと使うみたいで。日本はもやしや野菜が沢山入って、雑多な炒め物という感じのところが多いですから、別物と言えるのではないでしょうか」
「へえ」
レバーも調理の仕方が良ければ、不味くならないんだな。ひとつ賢くなった気がする。
「でも私はこっちが好きかな……」
意思表明をしながら、私は香ばしく焼けた餃子に手を伸ばした。この前、ラーメンと一緒に取り寄せたから、その美味さをよく覚えている。
「餃子ですか。これも日本でアレンジされた中華料理ですよ」
「え、こっちが最初からある形じゃないのか?」
総理が目を細めて言い、私は驚いた。
外はパリッと中はふっくら。噛めば噛むほど中から肉と肉汁があふれ出てきて、塩味の強いたれとも絶妙に合う。これを食べるためにわざわざ出かけてくる人間も多いという味。それがメジャーでないとは、一体どういうことか。
「本場では、茹でたり蒸したりすることがほとんどみたいですね。あと、皮を厚めに作って、おかずではなく主食として食べるようです」
聞けば聞くほど、分からなくなってくる。それは本当に美味いのか。今度、本場の水餃子を出してみるか。
「まあ、日本で水餃子を頼む人は遥かに少ないでしょうね。わざわざ食べに行くときは、お店に確認しておかないと」
総理が笑った。
「焼き餃子は反対に、全国に広まっています。有名なチェーンも、冷凍品の売り上げも絶好調」
「そういえば、オリンピックの選手村でも冷凍餃子が出てたんだっけ。後から動画見てびっくりしたよ」
孫がスマホとやらを見せてくる。確かに大柄で金髪の女が、餃子片手にニコニコしていた。
「餃子の年間消費額を競っている自治体も多く、宇都宮や浜松などは順位が下がると悔しがる人も多いとか」
なんでそれが悔しいのか全く分からない。
「もっと他に競うことはないのか、お前ら。ほんと食うことしか頭にない民族だな」
「……ええ、そのためには手を選びませんよ」
私が嫌味を言っても、総理は不気味ににやにや笑っているだけだった。




