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おお、勝手に広がる日本中華の世界(二)

 総理は相変わらずニコニコしていたが、さっき会って、しかも罵りあったばかりの私と孫は険悪である。


「……もう会いたくなかったのに」

「こっちの台詞だ愚か者」


 張り詰めた空気を裂くように、副官たちが椅子を引く音が重なった。


「ほら、冷めますからさっさと座って」


 わずかに躊躇した後、孫はとても嫌そうに私の隣に座った。ふん、鬱鬱とするくらいなら食べなきゃよかろうに。


「わ、天津飯がある!」


 しかし孫は一瞬で機嫌を直した。テーブルの上でも一際目を引く、黄色い料理。どうやら飯の上に、卵焼きが載っているらしい。


 それを孫はひょいと抱え込んで、一人で食べ始めた。


「卵ふわふわ、上の餡もいい酸っぱさで美味しい。魔法って、こんなレベル高いのも出せるんだなー」


 人が食べていると欲しくなってくる。私は魔法で、天津飯を浮かせて一口奪い取った。確かに、まず最初に柔らかく焼き上げられた卵の食感が口いっぱいに広がる。卵の中に塩気のある何か……魚介類のようなものが混じっていて、その食感もまた楽しい。


 味をまとめるのは上にかかった甘酸っぱい「アン」と呼ばれる液体で、とろみがあって下の飯ともよく馴染む。なるほど、よくできた料理だ。


「ちょっと、取るなよ!!」

「これはうちが出したものだ。独り占めするお前の根性が卑しい」

「あー、また取った!!」


 卓の上の器を抱えてきゃんきゃん言う孫を無視して、私は副官に聞いた。


「これ、本当に中国にないのか?」

「ええ。上の卵焼きだけは、似たような料理があるらしいですが」


 卵の中に魚介や野菜を入れて、アンをかけるのは同じ。ただし卵は卵白だけしか使わないので、中国の卵焼きは白いのだとか。


「つまり下の丼の部分は、完全にオリジナルですね」

「……本当に、なんでも米と組み合わせるのが好きだな……」


 この民族は、メンタルの根底に米がある気がする。早くそれを、バフムと入れ替えてしまわなければ。


〝それは無理なんじゃないかなあ〟


 黙れ、心中の理性の声。無理でもやるんだよ、私は魔王なんだから。


「横にある中華丼も、日本独自のものですよ。出汁のきいた餡で肉や野菜をまとめて、それをご飯にかけてあります」


 食べてみると、確かに餡の味が全く違う。酸味や甘味はなく、代わりに旨みと塩味が濃い。しゃきしゃきした野菜の食感が楽しく、タケノコというやつの食感が特に気に入った。


「こちらはまかないから始まったとも言われる料理ですね」

「まかない?」

「お店で働く人のために作る料理のことですよ。余り物などでさっと作ることが多いらしいですが、たまに好評だとメニューに載ることもあるとか」


 その言葉を聞いて、孫娘がうなずいていた。


「あたしのバイト先もそうだったなあ。お客さんの前で食べると、見られてることもけっこうあるんだよね」

「どこのバイトだ。動物園とか?」

「あんた、あたしが檻の中にいる想像してるだろッ!! くぬ、くぬ!!」


 孫は私の体の一部をねじり上げてくる。そこ、髪の毛みたいなもんだから全然痛くないんだけどな。わざわざ教えてやらんが。


「それにしても、一店から始まったことが国中に影響を与えるようになるとは。美味い飯の影響力というのは、侮れないものだな」


 感心している私の横で、総理は孫に向かって渋い顔をしていた。


「アルバイトのことは初めて聞いたがね。夜更かしはいけないよ」

「分かってるよクソジジイ。……ちゃんと十時には寝てるもん」

「かなりお早めですね」


 私を攻撃するのはやめないが、祖父母の言うことはよく聞くらしい。嫌な女め。


 私はむっつりしながら、今度は赤が印象的な皿に手を伸ばした。


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