公爵令嬢ですが、私の『影』が勝手に吹き矢を吹いてしまうのが悩みです
私の名はフローラ・ゲティンボーブド。
栄えあるゲティンボーブド公爵家の長女です。
私には幼少期から決められた婚約者がおります。この国の第一王子であるロイド殿下です。
ご令嬢の中には私の立場をうらやむ方もいらっしゃいますが、私は私で大変なこともあるのです。
私は今、様々な王子妃教育をこなす傍らで王立学園にも通っております。勿論、王立学園の中でも気が抜けません。成績は常に上位を保ちつつ、生徒会やボランティアなどにも努める必要がございます。
また、それらはあくまでも当たり前のように淡々とこなさねばなりません。辛さを見せるのは弱みを見せることですもの。
でも最近、更に私に悩みが増えましたの。
私の周りで困ったことが立て続けに起きているからです。
「やあ、フローラ嬢」
「ごきげんよう」
「貴女は今日も美しい。まるで朝露をたたえた一輪の白い薔薇の様に……」
フッ → プスリ
「ふあっ!?」
学園の中庭で私に声をかけてきた派手な装いの男子生徒(名前も知らない方ですわ)がいきなり首を抑えてうめき、そのまま膝をつきました。
「きゃあっ!?」
「なんだ? どうした?」
周りがざわつくので私も一応「きゃー(棒)」と声を出しておきます。最初の内は本当にびっくりして小さく叫んでいたのですが、余りにもこういうことが多いので慣れっこになってしまいましたの。
「おいおい、ピーター大丈夫か。さてはゲティンボーブド公爵令嬢があまりにも綺麗だから腰が抜けたんだろう?」
一人の男子生徒が膝をついた男子に近寄り、肩を貸します。すらりと細身の、黒髪で眼鏡の目立たない装いをした男性です。私と目が合うと、眼鏡の奥にある紫色の瞳を細めました。
『ああそうだ。フローラ嬢の美しさはこの世のものとは思えない。女神も彼女の前では裸足で逃げだすだろう。俺はもうだめだ……』
また始まったわ。ピーターと呼ばれた、膝をついていた男性の声でそのセリフが器用にすらすらと紡がれます。
「そうか、じゃあちょっと休もう。な。公爵令嬢、失礼致します」
彼はそのまま倒れた男子生徒をどこかへと連れて行きました。
……全く。酷い自作自演ですわ。私は小さなため息をついてから微笑むと周りへ謝罪をします。
「皆様、お騒がせ致しました」
「フローラ様が悪いわけではありませんわ」
「そうですよ。あの人が勝手に倒れただけじゃないですか」
勝手に、ね。実は私に付いている『影』の仕業だとはとても言えないわ。
「まあ、フローラ様が美しすぎるからいけないとも言えますけれど」
「そうね、うふふふ。フローラ様の美しさは罪ですわね」
「な、何かの間違いですわ」
私は慌てて否定しますが、もう周りの人々は冗談半分本気半分で、彼が私の美しさの為に倒れたと信じているようです。困りましたわ……。
「フローラ様ぁ~!!」
甲高く、ちょっと音がハズれたような声が私の名を呼びます。遠くからこちらに向かって走ってくるのはピンクの髪を持つメリー様。あの方は男爵令嬢なのだけれど、最近やたらと私やロイド殿下に馴れ馴れしく話しかけてきたりボディタッチが多かったりと常識知らずの困った行動をされるのよね。今回は何かしら。
「フローラ様見て下さ……」
フッ → プスリ
「あっ」
私に駆け寄ろうとしていたメリー様が突然、手に持っていた瓶の中身をまき散らしながらバタリと倒れました。あたり一面、彼女ごと瓶の中の液体によって真っ黒に染まっています。
「な、何……?」
私達が状況を飲み込めず呆気に取られていると、黒髪に眼鏡の、女性にしては長身の女生徒が現れてこう言います。
「あらあら、この子ったらうっかりさんね。新しいインクが発売されたからフローラ様に見せたいと走って行ったんですけどフタを開けていたなんて」
「そ、そうでしたのね……」
「まあ、転んだ拍子にどこか打ったのかしら。気を失ってるわ。この子は私が保健室に連れて参ります」
やたらと説明的なセリフを語った女生徒はメリー様を連れて行きました。
私はそれを見送り、細く小さなため息をつきました。
◆
「シェイド、いるんでしょう?」
王立学園から王都の公爵邸に帰り自分の部屋に入った私は、いの一番にこう言いました。
「はい、ここに」
いつの間にか横にひとりの男性が現れます。彼こそが私付きの『影』、シェイドと名乗る者です。
「なんですのあれは。説明なさい!」
私が強い口調で説明を求めても、彼は全く怯まずしれっと答えます。
「あれ、とは本日の中庭での事でしょうか?」
「それ以外に何かあって?」
「ありますが。ご報告が必要でしょうか」
私はがっくりと肩を落としました。
「……あるのね。それは後で聞きますわ。まずは中庭での行動を説明して下さいな」
「は」
彼は淡々と話します。長い黒髪をメガネの縁ギリギリまで伸ばして顔を隠したシェイドの表情は読めません。
「まず、最初にフローラ様に接触しようとしたピーターという男ですが、最近学園に転入してきた平民です」
「ああ、どうりで面識がないと思ったわ。でも平民で転入できるなんて優秀な方なのね」
「ええ、女性を口説くのがとても優秀な詩人ですね。恐らくフローラ様の足を引っ張るつもりの誰かが寄越した刺客でしょう」
「まあ、それで眠らせたの」
「はい。今別の『影』に、誰に雇われたのか調べさせていますが、おそらくはゲディンボーブド家に対抗している第二王子派の一員かと」
『影』とは、諜報活動や隠れて護衛を行う者の総称。
このシェイド、得意技は麻酔薬を仕込んだ吹き矢を誰にも気づかれぬようターゲットに当てて眠らせる事。そして変装や腹話術で他人そっくりの声を出すこともお手のもの。ピーターと名乗る男性を眠らせた後、助けるふりをして腹話術で喋っていたのですわ。
「……わかりました。でもメリー様は?」
「フローラ様、おわかりになりませんか」
「……考えたくないわ」
インク瓶のフタを開けたまま走ってくるなんて、常識を知らない以前の問題ですもの。走ってきた勢いに任せ「うっかり」インクをかけるつもりだったとしか思えません。あのメリー様が、私に?
「流石フローラ様ですね。賢くお優しい」
シェイドは唇を薄い弧の形にしましたが、声は無感情なので褒めているのか嫌味なのか判断がつきません。前の『影』とは付き合いが長かったけれど、褒めたり嫌味を言うような人ではありませんでしたし。
実は『影』は私に付いていると言っても、ゲティンボーブド公爵家で雇ってはいませんの。私がロイド殿下の婚約者となった時から私の身を守り、また、私が殿下を裏切らぬよう監視を兼ねて王家から遣わされているのです。
一年前、学園に入るまでは女性の『影』が私の侍女に紛れて傍に居ました。しかし選ばれた生徒だけが通える王立学園では、生徒は身分の格差を考慮せずできるだけ自由に交遊関係を広げよ、と表向きの校風は作られています。そんな学園内で侍女を連れて動くことは逆に悪目立ちしてしまうのです。
それでシェイドが私の元に来たと聞いています。本当の年はわからないけれど学生に見えるほど若く、そして細身でほどほどの身長なので時には女子生徒にも変装できる彼は、目立たない生徒のふりをして私と付かず離れずの距離で控え、私に危険があれば排除する役目なのですわ。ただ……
「インクで服を汚すくらいの悪戯なのに、吹き矢で眠らせるのはやりすぎでしょう」
「悪戯で済むレベルではありません。本日は学園にロイド様がいらしてました。フローラ様のお召し物が汚れれば帰宅せざるをえなくなります。フローラ様のいらっしゃらない隙にロイド様に近づこうとする目論見ですよ」
「それは考えすぎではないかしら……?」
このシェイド、過保護と言うか、過剰防衛というか。怪しい行動をする人間を見るや否や、先回りして吹き矢を勝手に吹いてしまうのです。
その彼はまた唇で微笑みを作ります。
「いいえ、転ばぬ先の杖ですよ。フローラ様はやはりお優しいのですね。貴女のように優しく美しい女性が汚い連中に悪意をぶつけられるなど許されません」
シェイドの、おそらく善意でやっている迷惑な行動をぶつけられて、こちらはとても困っているのですが……。
「あまりこういう事が続くと、私に近い距離にいる人はバタバタ倒れると言う悪い噂になってしまうかもしれませんわ」
「大丈夫です。あとで報告するつもりだったのですが、フローラ様から離れたところでも倒れてますので」
「え?」
「隣国から留学に来ている皇子がフローラ様を遠くから見つめていまして。あやつは酷く好色で、女性は目が合っただけで孕まされると噂ですので、フローラ様と目が合う前に瞼を閉じさせていただきました」
「ええええ?」
そこまでいくと過剰防衛を通り越して被害妄想ではないかしら!? それに、もしも皇子を眠らせたのがシェイドの仕業とバレたら国際問題になってしまうのでは!?
「最近王立学園ではガス漏れが起きているせいで倒れた者がいるらしい……という噂も広めておきましたのでフローラ様のせいという事にはならないでしょう」
「……シェイド」
私は大きくため息をつきました。正直なことを言うとやりたくはありませんが、ここはキチンと叱るべき場面ですものね。
私がシェイドを厳しく叱ると、彼は口をへの字にして「フローラ様をお守りする為なのに……」と小さく抵抗しつつもしょんぼりと気落ちしました。その、いつもの無感情ではなく気持ちのこもった言葉に、私は彼の人間らしさを見た気がします。
「とにかく、勝手に吹き矢を吹いてはいけませんよ!」
「……」
シェイドは無言でしたが、彼の眼鏡の奥の瞳が揺らいだ気がします。その紫色に、私は懐かしいものを感じました。
なんだったかしら……遥か昔に見た覚えが。
「……おにい様?……」
「えっ? フローラ様、今なんと」
「あ、いえ、何でもないわ」
「……そうですか。失礼します」
再びシェイドはしょんぼりとし、部屋を出て行きました。
私は部屋でひとりハーブティーを飲みながら、先ほどの自分から出た言葉を反芻します。なぜおにい様なんて言ったのかしら。私の実の兄は私と同じ、象牙色の髪に翠の瞳。紫色ではありません。そもそも遥か昔の思い出と言うのも少ないはずです。私は幼少期からロイド殿下の婚約者で、未来の王子妃となる為に小さな頃から教育を受けて……
「……あ」
漸く、私の中で懐かしい人の像がぼんやりと浮かび上がります。
「僕の事はおにい様、とでも呼んでくれ」
その少年は王宮の中庭で一緒に遊んだ時に、私とロイド殿下にそう言ったのです。宝石のような美しい紫色の瞳を優しく細めて。確か殿下と私の婚約が決まった直後の7歳頃の話で、彼はもう少しだけ年上だった気が致します。
「フローラ、僕はいずれ君たちを守る影になる。だがその時までは僕は君たちのおにい様だ」
影になる……まさか、シェイドが? でも確かおにい様はロイド殿下と同じ王族の証である眩しい金髪をお持ちだったわ。シェイドの黒髪とは違う。それにロイド殿下は第一王子だから彼の実のお兄様ではない筈だけれど、そのロイド殿下に「おにい様と呼んでくれ」と言えるお立場の人が私の『影』になるなんて辻褄が合わないわ……。
それ以上は幾ら考えても正解に辿り着けませんでした。
◆
私に叱られて以降、シェイドが吹き矢を吹く回数はだいぶ減りました。
ええ、減りました。皆無ではありません。
困ったことに、あれからメリー男爵令嬢が手を変え品を変え私に近づいてくるのです。そしてほとんどの場合、シェイドに吹き矢で眠らされていました。
そしてある日の夜会にて。
「フローラ・ゲティンボーブド! お前との婚約を破棄する!」
ロイド殿下がメリー様の肩を抱き、大勢の前で婚約破棄宣言をなさった時、私はシェイドが吹き矢を吹いてしまう! と戦慄致しました。しかし。
「お前はメリーを虐めただろう! そのような女は国母にふさわしくない!」
「ロイド様ぁ」
あら? どちらも眠らない……。流石にロイド殿下に吹き矢を吹くのは王家の『影』としてご法度ですわよね。私はホッとするやら、自らに濡れ衣を着せられてヒヤヒヤするやら忙しい感情を表に出さないように必死でした。
「虐め、でございますか? 私には身に覚えがまったくございませんわ」
「しらじらしい! メリーがお前に近づくたびに転んでいたのを知っているぞ。メリーは自分で転んだわけではないと言っている。お前が取り巻きを使って転ばせたり叩いたりして気を失わせたんだろう!」
「ロイド様ぁ~私、怖かったですぅ~」
「ああ、かわいいメリー、お前をこんな酷い目にあわせる奴は俺が許さないからな」
明らかにメリー様は嘘泣きをしているのに、ロイド殿下は全く気付かないのかヒシと彼女を抱きしめます。私の周りの賓客は殆どが呆気に取られてその様子を眺めるばかり。こんな事を考えたくはありませんが、ロイド殿下がここまで浅はかだったとは……。私は気が遠くなりかけました。
「ちょっと待て。その話はおかしいだろう」
「!! お前は!」
振り向くと隣国の皇子殿下がそこに立っています。
「俺は何度かその様子を見ていたが、このメリーとかいう女は誰も側にいないところで勝手に転んでいたから転ばされたというのは無いぞ。そもそも怖いなら近づかなければいいのに、この女の方から勝手にフローラ嬢に近づこうとしてばかりいた。話に無理な要素が多すぎる」
「うっ!」
「えっ、えっと、でもフローラ様のせいなんですぅ~!」
メリー様は必死に言い張りますが、呆れていた周りの目は更に白くなりロイド殿下とメリー様二人を見ています。どうやら私への冤罪は晴らせそうですわね。
「フローラ嬢、婚約を破棄したのなら、俺の妃になってほしい」
「えっ?」
皇子殿下から突然の求婚に、私は思わず彼の顔を真正面から見てしまいました。甘いマスクにシェイドが言っていた言葉を思い出し、なるほどと内心で思います。私はときめきませんでしたが、素敵とよろめく女子が多いのも頷ける男らしいお顔立ちですわ。
「君ほど美しく慎ましく高貴な女性は滅多にいないだろう。君を貶める様な男よりも、俺の方が君を……」
フッ → プスリ
「あっ?」
皇子殿下が頸を抑えて小さな声を上げます。まさか! シェイドの仕業!?
「……君を、幸せに……」
あら? 眠っていない? いつもならすぐ倒れてしまうのに。
「……するという名目で娶り、ばんばんエロい事をしてばんばん子を産ませるのだ!! そしてその子供をゲディンボーブド公爵家の跡取りに送り込む。この国を乗っ取るきっかけにするためにな!! ワハハハハハ!!」
「!?」
「で、殿下!? 何を急に……!」
皇子殿下が高笑いをしている傍で、彼の侍従が真っ青になって取り繕っています。……つまり、今のは彼の本音という事でしょうか。でもなぜそんな告白を? 戸惑う私の背後から、バターンという音とキャアという小さな悲鳴が聞こえてきます。振り向くと、ひとりの倒れた男性を使用人が助け起こそうとしているところでした。倒れた男性が喋っているようにセリフが聞こえます。
『ワハハハハ!! この会場の飲み物に自白剤を入れてやったぞ! 間違って俺も飲んじゃったみたいだけどな!』
「じ、自白剤!?」
「じゃあ皇子殿下はその影響で!?」
「皆! 飲み物を飲むな! 飲んだ奴は吐け!」
「きゃああ!」
夜会の会場は大混乱です。その混乱の中なら、シェイドは誰にも見咎められずに吹き矢を吹くことができるでしょう。
フッ → プスリ
「あっ?……ワハハハハ! フローラよりもメリーの方が胸が大きくてエロかったから妻にしようと思って婚約破棄をしたのだ! 虐めをでっち上げようとメリーに言われてな!」
「ロイド様、何を……キャハハハハ! ブラド第二王子派の侯爵家の命令でロイドに近づいたのよ! 私も上手くいけば王子妃になれるから悪い話じゃなかったしね!!」
フッフッ → プス、プスッ
「ウフフフフ! 男爵令嬢に命令したのは私よ!!」
「ワハハハハ! 俺は妻に隠れて愛人を囲っている!!」
「オホホホホ! 夫に内緒で今月は宝石を3個も買ってしまいましたわ!!」
ロイド殿下とメリー様が自白をした後に、裏で糸を引いていたらしき侯爵夫人が自白。更に会場の中からも数人、秘密を自白をする方が現れます。多分カムフラージュ用に犠牲になったのね、運が悪いわ。可哀相に……。
会場の飲み物を口にし、かつ知られたくない秘密を抱えた人達はバタバタとその場から逃げ出しました。あとに残ったのはまだ飲み物を飲んでいない人と、秘密を抱えていない品行方正な人達ばかり。
「ハハハハ! ずっと内緒にしていたんだけど俺の秘密を言おう」
その、聞き覚えのある声に顔を上げると細身で金髪の美しい男性がすぐ傍に居ました。彼は紫色の目を細め、美しい笑顔を見せます。彼の容貌と笑顔は遠い記憶のおにい様に似ていますが、その口元はまぎれもなくシェイドのものです。
「フローラ嬢、俺はずっと君を愛していた。俺のものになってくれないか?」
「え?」
「ワハハハハ! お、叔父上ではありませんか! 『影』はどこにいるんですか?」
ロイド殿下の「叔父上」という言葉にハッと思い当たります。年若い……若すぎて、甥であるロイド殿下と兄弟のようだと言われていて、病に臥せがちだからという理由で表舞台に出てこず、顔を知られていなかった四番目の王弟殿下、ジェット殿下!! まさか、この人が!?
「おっと、それ以上口にされるとマズいな。撤退だ」
彼が手をさっとあげると、侍従やメイドなど、『影』の変装と思われる使用人が素早くロイド殿下とメリー様の口をふさいで会場から連れ去ります。
「さ、俺達も」
ジェット王弟殿下は私の肩を優しく抱いて、夜会の会場を後にしました。
◆
王弟殿下自らが送って下さると仰り、王家の馬車に乗せられて屋敷へ戻る途中。私はその王弟殿下に甘い微笑みで見つめられながら、ツキツキと痛む額に手を当てていました。
「シェ……ジェット、殿下」
「フローラ嬢になら呼びすてにされても構わないのですがね?」
「ジェット殿下……なぜこんな真似をなさったのですか」
殿下はにっこりと笑みを返します。その美しさは普段なら息が止まるほどですが、今の状況が状況なので心を奪われている場合ではありません。私は先日シェイドを叱った時の、怖い顔をできるだけキープしました。
「おや、そんな厳しい顔をされるとは。でも気高いところも愛おしい」
彼は私の隣に座り、髪を触ろうとしましたが私は顔を背け逃げます。
「誤魔化さないでくださいまし。なぜ、と理由を聞いています!」
「賢く優しい貴女ならもうおわかりだろう? 俺の愚かな甥と、あの男爵令嬢。そして隣国の皇子の目論見を」
「まだ誤魔化す気ですか。それは誰が見てもわかるでしょう。私は貴方の行動を訊いているのです。なぜ自白剤を塗った吹き矢を吹いたのですか。しかも、ご自分も自白剤を飲んだフリまでなさって!」
「……なぜ、俺がこんなことをしたのかわからないと?」
紫色の瞳が真剣な色を帯びます。その瞳でじっと見つめられて私は言葉を吞み込みました。
「わからないなら、わかってもらえるまでこの気持ちを表すしかないね?」
彼は今度こそ、私の象牙色の髪のひと房を取りました。そして私を見つめながらそれに口づけます。その様子に、私の体温がかあっと熱くなったのが自分でもわかりました。
「小さい君に出会った時から、俺は君が好きだった。でもその時既に君はロイドと婚約していたし、俺は末王子だ。末弟の王子は代々王家の『影』を纏める役どころを担わされていてね。病気のふりをして表には出なかった。俺の居場所は王宮の奥深くだけだったのさ」
「あ……だからおにい様は」
ジェット殿下はふっと笑います。その笑顔は年相応に見えました。
「そう。あの時、大して君たちと年が変わらないのに『おじ様』って言われるのは癪だった。だから『おにい様と呼んで』と言った。素直におにい様と言って懐いてくれた君がとても可愛くて、俺はますます君が好きになったんだ。だから傍でずっと君を守りたいと思っていた」
「そんな、殿下御自らなさることでは……」
「そうだね。俺自らが『影』となって直接傍にいるなんて異例中の異例だ。だがまあ、好都合なことに君はいろんな人から悪意だの欲望だのをぶつけられていたから俺が守る理由になったし。それに君もロイドも愛し合っていたわけじゃない。だからまあ、こういうこともあり得るだろうとチャンスを伺っていたんだよ」
「チャンスって……」
私は呆れてしまいました。それでつい、今まで保っていた眉間のシワが緩んでしまいます。
「あ、やっと怖い顔をやめてくれたね。フローラ」
「!……呼び捨ては許していません!」
「昔は許してくれていたのになあ。ね、ホントに俺のものになるのはイヤ?」
ああ、その瞳で見つめるのはやめて頂きたいです。私の心臓が早鐘のように鳴ります。ジェット殿下に聞こえてしまわないかしら。
「い、イヤも何も私はロイド殿下の婚約者で……」
「もうそれはロイドから破棄したし。それにあいつらが君を貶めようと計画していたのを『影』はバッチリ抑えているから、今頃国王陛下にも報告してる筈だよ。近い内に正式に婚約の解消と、ロイドに罰が与えられると思う。これであいつは王太子の座は見込めないだろうね」
「えっ?」
「と言っても、第二王子のブラドの方を王太子に任命するのもタダではやらないだろうけどね。ブラドを持ち上げてた侯爵家が後ろで男爵令嬢と繋がってロイドを陥れようとしたから、侯爵家もなんらかのお咎めは避けられないな」
「あ、あの……」
そんな大それたことになってしまうなんて。どうしたら……いえ、それよりも直近の心配をしなければ。馬車の中、彼がどんどんと距離を詰めてこられるので、もう私の逃げ場はほとんど無いのです。
「というわけでフローラ。俺はゲティンボーブド公爵にきちんと婚約の申し入れをするつもりなんだけど。本当にイヤ? 別に王子妃と王弟の妃でも大した違いはないし、『影』を纏める立場って実は王家の中では結構力を持ってるから、君の父上は首を縦に振ると思うよ?」
「う……」
ずるいです。そんな美しい顔で、そんなに熱っぽい瞳で、にこやかに見つめてくるなんて。
「可愛いフローラ。愛してるよ。俺の全部をかけて守ると誓うから、イエスと言って」
私の心臓にストンと何かが刺さってしまいました。多分吹き矢ではないと思うのですが、間違いなくジェット殿下の仕業ですわね。
最初は フッ→プスリの後、「アレ~?おっかしいなー」とか言わそうかと思ったんですが、流石に怒られそうなので止めましたwww
フローライメージ画。私のへたっぴ絵を夏乃様が添削してくれましたー。なっちゃんありがとう!!
今回のフローラの苗字は、衣谷さまの真似っこをして英単語、巻き込まれる=
「get involved」から取ってみました。
※2023/7/5追記。第二王子の名前がブラドに決まったので本文に入れました。
次はブラドとその婚約者候補、彼女に付いた『影』の話を書きたいなーなんて考えています。→
※2023/7/9追記→書きました!「コミュ障令嬢ですが、私の『影』が勝手にアテレコをするのが悩みです」(https://ncode.syosetu.com/n7833ih/)こちらもよろしくお願いいたします!
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