〈ナルゴ〉視点(命の泉)
水溜りにつくと、〈アワ〉は「あぁぁ」って、しゃくり上げて泣き出した。
顔を水溜りつけて、水をゴクゴク飲んでいる。喉がゴクゴク動いていた。
「喉は、本当にゴクゴクと動くんだな」
「水です。本当に命の水です。こんなに美味しい水を飲んだのは初めてです」
〈アワ〉は泣きながら、一気にしゃべった。
こんなに、長くしゃべるのは初めてだ。
咳も出なかった。
「そうだろう。命の水だろう。そうだ、ここは、命の泉と名付けよう」
「はい。賛成です。良い名前ですね」
「相応しい名前だろう」
「はい。それとお願いがあるのです」
「なに」
「身体を水で拭きたいので、一度部屋に連れて帰ってもらえませんか。
あの丸い物を、取ってきたいのです」
「ふーん、身体を拭くの。丸い物をどうするの」
「あれで、水をくむのです。この泉に私が直接入ると、泉が病気で汚れます」
「そうか。分かったよ」
〈アワ〉をまた背負って、部屋まで帰った。
亀の甲羅を取ろうと思ったが、これを取ってしまうと部屋の中に入れなくなるぞ。
それはマズイな。
「あのう、代わりに石を置いたらどうですか」
「おぉ、〈アワ〉は賢いな」
「たいしたことじゃないです」
そう言いながら、俺に褒められて〈アワ〉嬉しそうだ。
赤黒い斑点に覆われた顔が、少し和らいだ気がした。
斑点で良く分からないけど。
亀の甲羅の代わりに、石を置いたら上手くいった。
石の方が、安定してて良いぐらいだ。
亀の甲羅を持った〈アワ〉を背負って、泉に戻った。
「少し離れていてもらえませんか。お願いします」
「そう。分かったよ」
俺は、この世界に来てから一度も身体を洗ってないな。
身体は相当臭いけど、気にしないでおこう。
服も臭くて、鞭で打たれたところが破れているけど、奴隷の服は丈夫さだけが取り柄だ。
〈アワ〉のボロボロの服よりは、だいぶましだ。
〈アワ〉の願いどおり、泉から離れて、周辺を探索する。
岩ばかりで、何も無い。
少し枯れ木が、あるだけだ。
もう少し進むと、また水滴の音がした。
でも今度は、水溜りが出来るほどの量じゃなかった。
ただ、コケが水滴のかかる岩の表面に生えている。
コケって食べられるのかな。
食べるしかないよな。
コケを観察していて、ふと先にある窪みが目についた。
何か、茶色い物がある。
近づいて良く見ると、ボロボロの布のようだ。
ボロボロの布をスコップでつつくと、中から白い骨が出てきた。
「ギャー」と叫んで、泉まで逃げ帰った。
「〈アワ〉、大変だ。骨があったよ。人が死んでるよ」
「キャー、こっちを見ないで」
〈アワ〉がボロボロの服で、必死に自分の裸を隠している。
俺を、キツク睨んでいる。
でも、ボロボロの服で、身体を拭いたのだろう、服が濡れて、もう服で無くなっている。
服が、汚い雑巾のようになって、〈アワ〉の裸体に絡みついているだけだ。
赤黒い斑点が一杯ある青白い身体を、半分近くさらけ出している。
隠しきれなくて、片方の胸や太ももがほぼ見えている。
痩せている。
ガリガリだ。
身体中が、気持ち悪い病気の斑点に覆われている。
「見ないで」と言われなくても、直ぐに目を背けた。
見ていられないし、見たくもない。
「ああ、そうだったな。ごめん。後ろを向いているよ」
「人骨があったのですか」
「そうなんだ」
「少し待ってください。服をちゃんと着ますから」
〈アワ〉は雑巾になった服で、何とか身体を隠そうとしているようだ。
「ふー、どうしようもないです」とため息交じりに独り言を呟いている。
「もう、こっちを見ても良いですけど、あまり見ないでください」
〈アワ〉は苦労して身体を隠したんだろう、胸は隠れている。
その代わり、細くて棒になった太ももはまる見えだ。
肉が削げ落ちたお尻も、危ない。
俺は、出来るだけ見ないようにした。
見たく無いのが本音だ。
「こっちだ。案内するよ。歩ける」
「水を飲んでましになりました。何とか歩けます」
〈アワ〉は、ヨロヨロと歩いている。
今は、自分の裸に敏感になっているから、背負うと言っても拒否するだろうな。
ゆっくり歩いて、さっきの窪みに着いた。
「あっ、苦汁苔と酢汁苔がありますね。これ食べられますよ」
「本当」
「苦いのと酸っぱくて、美味しくはないですが、我慢すれば食べられます。
緊急時の食料と、学んだことがあります」
「そうなんだ。これで少しだけ寿命が延びたな」
「少しだけですね」
「人骨は、そこの窪みにあるんだ」
〈アワ〉は、窪みを覗き込んだ。
「本当に、人骨みたいですね。窪みから、引き出してあげましょう」
「えっ、引き出すの」
「野ざらしは、可哀そうです。埋葬してあげたいです」
俺は、そこいら中を探して、やっと土の部分を見つけた。
そこをスコップで浅く掘った。
岩に当たって、浅くしか掘れなかったんだ。
その間、〈アワ〉は小さな声で、お経みたいものを唱えていた。
「今唱えていたのは何なの」
「死者を送る祝詞です。私は、見習い巫女だったのですよ」
〈アワ〉は、寂しそうに教えてくれた。
「見習い巫女」って、神社の巫女さん?
この世界に、神社があるのかな。