もしかして、転生してない?
身体が覚えている手順で化粧をしようとするのを押しとどめ、この顔に似合うぼんやりした青色のアイシャドウを目蓋にのせる。ベージュとブラウンばかり使って削げているパレットを見るに、この女性は自分の美しさを知らずにずいぶん地味な趣味らしい。
本来ならもっと濃い色でもいいのだが、今日は会社とやらに行くのだからそう派手にもしいないほうがいい。
ーーー派手にすればするほど、褒められたものだけれど。品は必要よね。
いつもひとくくりにしてバレッタで留める黒髪をストレートアイロンで伸ばし、鏡の中の
自分の顔を見る。
きつい顔だ。美人型と言えば聞こえがいいが、細面で冷たい印象のある目鼻。いつもは少しでも柔らかく見せたくてブラウンで目元を腫らして、ぱっつん気味の前髪と一つ結びの地味な女にしていたけれど。
ーーーなかなか見られる顔じゃない?悪役令嬢って感じよ。
明るさを抑えた赤リップを塗って前髪を横に流せば、きついけれど魅力のある顔立ちの女が鏡の中にいた。
「そろそろ行かないと」
身体の主がぼそっとつぶやいて、立ち上がる。通勤用の鞄を持って、3センチヒールのパンプスを履く。
「行ってきますわ」
誰もいない部屋に対して言うのは滑稽かもしれないけれど、せめてもの矜持だ。腐ってもわたくしは……、えーっと?
……まあ、ともかく挨拶をしっかりするのはいいことなのだし。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
身体が歩くままにぎゅうぎゅうの電車に詰め込まれて、会社につく。見知った顔らしき人々を見ても、名前が思い出せない。△田とか○木とか×藤みたいな感じだったとは思うのだけれど。
しかし、彼らの多くはちらちらとこちらを見て首をかしげている。男性も女性も「知っている」と思う人ほど私を見て目を白黒さえているのだ。
「おはよう……?」
「ええ、おはようございます、気持ちよい朝ですね」
「は!?え、ああ、そう、そうだな……はれてます、はれてますね……」
挨拶をしてきた……確か同僚の折田さんは私が挨拶を返すとなぜか目をかっぴらいて距離を詰めて、二歩下がった。他の人たちも同じように挨拶してくるくせに(しかも不審そうに)返事を返すと挙動が変だ。
何かわたくし、おかしなことでもしでかしたのかしら……?
ーーーうん?かしら?心の声でも不自然な言葉遣いにふと気がつく。そんなお嬢様みたいな口調なんて使ったこと無いような……。
周りからの胡乱げな視線、それに気がついて口元に手をやって首をかしげてしまう自分、さらにきょどる周囲。
ーーーーもしかして、わたくし、転生してない?
私の疑問に答えるように童顔の女性が話しかけてきた。