13 『不動の竜』
半人半竜の説明は続く。
「『侵食者』は、ダンジョンに生息するモンスターを強化させるために生きていると観察されている。
彼らが常備する槍に刺されたモンスターは、クリスタルに囚われ、そのクリスタルの中で肉体の強化が進められると言う。
完全に強化されたモンスターは、『侵食者』が自らその魂に入り込み、驚異的な存在と化して深層を徘徊する。
その前に『侵食者』が殺されれば、クリスタルに囚われていたモンスターは強化前の肉体に戻り解放される」
半人半竜は閉じていた目を開く。
「しかし、これは我々アドゥルーヌ族がダンジョンを発見した何年も前に残した記録で、近年では『侵食者』の目撃情報はほとんどありません」
「……つまるところ、貴様の推測通りであれば美速の竜は今、そのクリスタルの中で肉体の強化をされている最中なのか?」
ルカがそう尋ねた。
「私の推測通りであれば、ですね」
「そうか」
そう言い、ルカは椅子に背もたれを掛けた。
「美速の竜が『侵食者』の槍の餌食になることはまず有り得ない。しかし貴様はそれしか考えることができなかった。……この仮説は、とりあえず何らかの仮説を考えなければならないと思って出したものに過ぎない」
ルカの言葉に、半人半竜は萎れたように目線を落とす。
ルカは続ける。
「これは、我々の推測で解明できるものではなかろう。この事件の真相はきっと、時間が教えてくれるか、永遠に闇の中に隠されたものとなる」
そう言って、再びコップにブドウ酒を注ぐルカ。
半人半竜は本棚に向き直り、また別の書物に目を通し始めていた。
ラオの消失に関する話は、これで一度棚上げにされたようだ。
「カルシーゴ」
しばらくの沈黙の後、ルカは筆ペンで何かを記し続けるカルシーゴに声を掛けた。
「はい」
「貴様が『柱』に連れて来た男。……貴様は、奴のことをどう考えているのだ」
カルシーゴは妙な微笑みを更に釣り上げた。
「このことについては既に一度話していると思いますが、警戒に足る存在ではないかと」
だからこそ、この国に残して情報が得られるのを期待していると。
昨日、カルシーゴはそう言っていた。
「今朝、あの男は部屋から消えていたらしい」
「ほう。……やっと、本当に何かが見えてくるかもしれませんね?」
カルシーゴはいつも通りの妙な微笑みでそう言った。
◇ ◇ ◇
暗くて何も見えない。
香りもない。
中層に入ってから数歩進んでみたものの、炎による光がある浅層とは違って何もない中層では、ラオを探そうにも足元すらほとんど見えない。
胸の部分の裂かれた服を着こなした二クロは、こんな暗闇では無理かと観念したい思いが込み上げ、背後を振り向いて帰りたくなる。
それで、後ろを向くと、微かな淡い光で照らされる螺旋階段が離れたところに見える。
二クロは迷った挙句に、帰ろうと歩み始めるのだが、丁度その時。
「――!」
二クロは目を見開いた。
遠くにある螺旋階段を、一体の竜がガゴゴン!と降りて来たからだ。
浅層から来たから、ラオではない。
狩りの手助けをしていた竜のヤローだ。
その竜のヤローが大きく息を吸い込むような動作をする直後――大量の炎が中層に迸った。
二クロは熱気に後ずさる。
幸いにも、ヤローの吐いた炎が二クロに届くことはなかった。
顔を覆っていた腕をゆっくりと下すと、暗かった中層は壁に掛けられた無数の篝火によって明るくなっていた。
そんな一瞬の変化に驚くのも束の間。
奥の方、螺旋階段から降りて来たもう一つの人影――ガートが二クロの姿を視認すると、
「あそこだ! 捉えろ‼」
そう叫ぶと同時、竜のヤローが二クロに向かって低空飛行で迫ってきた。
二クロは咄嗟に踵を返し、角を曲がって逃走する。
あのリュウに捕まれば死ぬに違いないと思いながら必死に足を動かす。
竜のヤローの吐いた炎が届いたところは明るくなったが、二クロが走る先は未だに暗闇に満ちていた。
足元が見えない状態での逃走は地獄そのものである。
背後で、二クロを追う竜のヤローが壁にぶつかる音が響く。
背後から、強い光と熱気が迫ってくるが、またも二クロに届くことはなかった。
先の方。
暗くて、何も見えない。
しかし、先にある曲がり角の奥から、淡い緑色の光が見えた。
本能的に、その光を目指すようにして二クロは疾走する。
疾走し、もうすぐで曲がり角に到達する時、二クロは何かに足を引っ掛けて勢いよく転倒した。
切迫する気配に後ろを振り向けば――既に竜のヤローは目前にまでやって来ていた。
二クロは慌てながら背中に掛けてある剣に手を伸ばし、引き抜いて竜のヤローに向けた。
竜のヤローは剣など目にも入っていない。
再び、二クロの目前で大きく息を吸い込むようにすると――、
「殺すな‼」
奥の方からガートの声が響き、竜のヤローは落ち着くようにゆっくりと息を吐き出した。
攻撃しない竜のヤローに、二クロは息を荒げながら見開いた目を向けるままだったが、恐怖心は確かに少し和らいだ。
が、それも束の間のことだった。
――巨人に殴られた竜が、横に吹っ飛んで壁に衝突した。
地面にだらり落ちる竜のヤローは、もう息をしていないように見えた。
なにも理解できないでいる二クロが正面を向き直ると、目を見開いて竜のヤローを見るガートがいた。
何かが、竜を一撃で殺めたのだ。
そして、二クロの前に、横合いからゆっくりと巨人が姿を見せた。
二クロの身長の三倍はあるデカさだ。
背後にのみ光を浴びるその巨人は、二クロからは巨大な人影にしか見えない。
緑色の双眼をギラリと光らせる巨大な人影が、グルルルと唸った。
瞬間、二クロは再び逃走劇を繰り広げる。
立ち上がり、疾走し始めると、緑色に光る無数の長い縄が地面に這いつくばっていることに気付いた。
彼が、それらの一つに足を引っ掛けていたことには気付かないが、構わずそれらを避けるようにして走る。
幸いなことに、驚異的な膂力を持つ巨人はしかし機動性に劣っているらしく、二クロはすぐに曲がり角に入ることができた。
入り、ただただまっすぐ走っていると――緑色の淡い光が辺りを満たしていることに再度気が付いた。
その光は、正面にある巨大なクリスタルから放てられているものだった。
二クロは、この曲がり角が行き止まりであることも忘れ、確認する使命感のままにそのクリスタルに走って見上げると、クリスタルの中に何かが囚われていたことに気付いた。
初めに見えたのは、羽ばたいたまま動きを止めた翼だった。
次に見えたのは、緑色の鱗を身に纏わせた竜だった。




