11 『剣の再来』
「がぁぁっはっはっは!」
机に木製のコップを叩き付ける音と共に、男の重たい笑い声がテント内に響く。
続けて、テント内で共に食事していた他の三人もえっへっへと笑い出す。
「勇者が現れたぞ! がぁぁっはっは!」
笑われる二クロは、気まずい顔で佇む以外何もできない。
「いや、まて」
円卓を囲んでいた四人の男の内一人がそう切り出した。
「姫様の竜だぞ……姫様が救いたいと言ってるんだ。この若僧、儚すぎる恋に落ちたもんだな!」
がぁぁっはっは!と、茶色い髭を生やした大男が、その冗談で再び手に持っていたコップを円卓に叩き付け、中の液体を少し溢した。
二クロは今だに突っ立って、男たちの会話の流れをただ傍観していた。
「翼も持ってないのに、生意気なもんだなあ」
全員の視線が再び二クロの方を向く。
二クロは、大男の言う翼の意味がよく分からなかった。
「まぁいいさいいさ、こちらとて新しい戦士は歓迎するもんだ。俺が新しい翼をくれてやろう!」
そう言って、大男がその場に立ち上がる。
鎧を身に纏い、背中には黒色のローブを着ている。
円卓に座る他の男たちもほとんど同じ格好だ。
「上を脱げ」
大男が、そんなことを命じてきた。
素っ頓狂な顔で大男を見て、何もしない二クロに大男は、
「翼が欲しいんだろ?」
二クロは、状況への理解が追い付かないながらも、指示に従うしかないと思い、上の服を脱いだ。
脱ぐと、大男が二クロの前まで歩み寄り、その服を二クロの手から奪うと――その服の胸に当たる部分を、縦にビリビリビリと裂いた。
「は?」
前触れもなく、昨夜貰ったばかりの服を裂かれた二クロはそんな声を出すしかなかった。
大男は、二クロの背後に回ると、その服の袖を二クロの両肩に巻き付けて来た。
巻き終えると、上半身裸の二クロの背に薄茶色の醜いローブが完成する。
「見ろよ、勇者の翼だ! がぁぁっはっはっは!」
再び、テントの中は男たちの笑い声に満たされた。
◇ ◇ ◇
男たちのテントに入る前のこと。
朝日が僅かに顔を覗かせる時間帯。
二クロがこの一翼団の地にやって来て、初めに出会った見知らぬ男――見張りと思われるあの男に辛辣にも『外で寝とけ』と言われ、とりあえず離れたところで横たわっていたが、結果的には座って朝を待つことになった。
その時に、メイドに張られた治療用の布が痒くなってきていたので剥がし、そこら辺に捨てておいた。
そのまま待っていると、離れた一つのテントの中が光り、更には談笑も聴こえてきたのだ。
逡巡の挙句にそのテントに入ると、服を裂かれ乳首を晒す結果になったわけだ。
「さぁて、そろそろ時間だな。行くぞ~」
リーダー的な存在と思われる茶色の髭を生やした大男が他の男たちにそう声を掛ける。
「もう、ダンジョンに行けるのか?」
あまりにもとんとん拍子な進行に、二クロがそう尋ねた。
「ああ」
大男はテントから出ながらそう言った。
二クロも続いてテントから出る。
暗かった朝も少しは明るくなってきた。
大男が言葉を紡ぐ。
「俺ら――『猿の群れ』は、今日もダンジョンに潜る内の一組だ。お前さん、ダンジョンに潜るのは初めてだな?」
「……初めてだな」
先を進む大男に付いていく二クロがそう言うと、ニッハッハと軽く笑われた。
「武器を振って動物を殺せる素敵な場所だ。気持ちいぞぉ?」
顔を覗き込まれるようしてに言われ、二クロは少し気持ちが悪くなった。
「俺の名はガートだ。後ろにいる猿どもの名は知りたけりゃ聞くといい」
自己紹介される二クロは、しかし別のことを考えていた。
一翼団と聞いて、厳かな組織で潜り込むのは困難であると想像していたが、案外、容易に受け入れてもらって、既にダンジョンに向かっているこの状況に好都合を感じた。
しかしそれ以上に、ダンジョンのことが気になって頭の中が一杯だ。
その頃、二クロ一同は、無数の武器が置いてある場所にやってきた。
地面に広げられた布の上に、剣や弓やハンマーといった武器が並べられている。
「お前は、リュウのラオについて何か知らないか?」
今のうちに有益な話をしておいた方がいい気がして、二クロは大男――ガートにそう尋ねた。
ガートは地面の布に置いてあるハンマーを持ち上げながら、
「死んだらしいな。うっかり深層に潜ってやられちゃったんじゃねぇか? はっきり言ってどうでもいいがな」
予想外で多少強気な返答に、二クロは彼に対して後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それに気付いたのか否か、ガートは真摯な表情になって、突っ立って睨んでくる二クロを睨み返し、
「武器を取れよ」
そう言われた二クロは、弱々しく地面に置かれた武器を見渡し、動くことはしなかった。
「小僧」
そうしていると、ガートが二クロに近づいて低い声でそう声を掛けてきた。
「美速の竜を救うなんて雑魚みたいな思考は辞めろ。お前は俺らの仕事を手伝いに来たんだ。俺らの仕事を邪魔しに来たのではない。邪魔するものならお前も竜の餌とみなすぞ」
二クロは、しばらく鋭い視線をガートに向けていたのだが、ここで食い下がるのは意味がないと思い、地面に置かれていた武器にもう一度視線を落とす。
「――!」
と、二クロの目が驚きに見開かれた。
無数に並べられた武器の中に、見慣れた剣があったからだ。
森で長年使い続けた、二クロの剣だ。
◇ ◇ ◇
正面から強く当たる風が、二クロの黒髪を更に乱す。
冷たい風だ。
心の中はほとんど恐怖に満ちている。
――竜に乗って空中を飛行しているからだ。
前で竜を操作しているガートに全力でしがみ付いている。
「女かよ。がっはっは!」
二クロがガートの言葉を聞き入れたからか、ガートはすっかり機嫌を取り戻していた。
二クロの後ろには、他の男たちを乗せた二体の竜も飛んで来ていた。
そして、もう一体飛んでいる。
他に比べてサイズは小さく、背には誰も乗せていない。
「あのリュウは何をしに来てるんだ?」
その竜が気になり、二クロはガートにそう尋ねた。
「一緒にダンジョンに潜るヤローだ。ヤローが名前だ。俺らの手助けをしてくれるんだぜ? お前みたいにな」
「強いのか? 乗せてもらってるこのリュウの方が大きくて強そうだが」
「小さいから強んだ。俺らが乗る硬種竜はデカくて鈍い」
はっきり言って、二クロは『小さいから強い』しか聞き取ることができなかったが、大切な内容だとは感じられず、今はそれ以上尋ねることはしなかった。
やげて、一分にも満たない飛行の後、二クロたちは大きな山に着陸した。
着陸と言っても、陸ではなく、尖塔のような山の縁に着いたから『着陸』とは言い難いだろうか。
とても高いところにいる。
正面に、山への入り口と思われる巨大な石造のゲートがあった。
ゲートの両端に、お互いを向き合うようにして彫刻された女性の石像が二つ見受けられ、ゲートに模様もあり、少し神秘的な構造に感じられた。
二クロ一同が皆それぞれの竜から降りると、三体の大きな竜は同時に飛び立ち帰り、共にダンジョンに潜るらしい竜――茶色の鱗を持つヤローは残った。
再び石造のゲートの方を向く二クロ。
ガートは躊躇なく二クロの背中をボンッと押し、ゲートへと進めさせ、皆も続いてゲートの方へと歩き始める。
「殺めたモンスターは籠に入れろ。入らなければ両断すればいい」
そう言って、ガートが背中に掛けている大きな籠を示しながら二クロに説明する。
二クロも背に、子供の身長程もある大きな籠を抱えている。
自分の剣を見つけた際に、武器と共にこの籠も一人一つ必要とのことで持ってきたものだ。
「モンスターを籠に入れるのか……」
一翼団は、竜の餌とするモンスターの肉を確保するためにダンジョンに潜っていると聞いている。
この籠にモンスターの肉を集め、持ち帰るのだろう。
「今日は中層で回る。浅層よりモンスターが多いいから楽しいぞ。にっひっひっ」
「……オレ、鎧とか着てないけど、大丈夫なのか?」
共にいる男たちは皆、頑丈ではなさそうだが鎧を装着しているのに対して、二クロは腹と胸を晒しているために少々不安だった。
「大丈夫だ。俺ら猿どもに囲まれていれば問題はなかろう。何より、その翼がお前を守ってくれるだろうさ。ま、そんな弱っちい翼に意味があるかはわからんがな」
その一言に、ガートと男たち一同はまた大きく笑い出し、二クロは居心地が悪くなった。
ガート含める男たちは皆、背に黒いマントを掛けていたのだが、彼らはそれを翼と表しているのだろうか。
その意図は、二クロにはいまいち分からなかったが。
「……なんだよ、爺さん」
ダンジョンへ通ずるゲートの目前にやってきた時、ゲートの傍らで佇んでいた爺さんが二クロたちの前へと歩んできた。
ダンジョンの見張りのような存在だろうか、と思っていたぐらいで気にしなかったが、どうやらその通りでもないかもしれない。
道を妨げるように立つ爺さんに、ガートがそう尋ねた。
「中層へ潜られますかね」
爺さんはそう返す。
「それがどうした」
「王からの伝言で、『中層への潜入を禁ずる』とのことです。浅層での徘徊をお願いします」
そうとだけ言って、爺さんは道を開けた。
「……ふっ」
鼻で笑うガート。
しかし二クロは、唐突にそんな余裕は無くなってしまった。
何故なら『中層』と聞いて、リセラの話していたもう一つの言葉を今更ながらに思い出したからだ。
『ラオは中層にいる筈』と、俯くリセラは、そう言っていた。
ガートが押し、片方だけ開かれるゲートに進み入っていく二クロは、竜のラオが救われて喜ぶリセラの顔を妄想していた。