二人じゃないとダメなんです!
「やべー、緊張してきた!」
少年・カズは目の前の城を見上げていた。正しくは城ではなく、城を模した建造物である「当局」である。
カズの背には、彼の身長ほどの大剣。
「ついに今日なんだよなぁ。何の魔法になるんだろうなぁ」
中に入らず、その場を落ち着きなさげにうろうろと歩き回る。
と、そのとき。
「うわっ!」「きゃあ!」
当局に入ろうとした少女とぶつかってしまった。
カズにぶつかった少女は、尻餅をつく。
「ごめん、周り見てなかった!」
カズは少女に手を伸ばす。だが少女は、キッとカズを睨みつける。
自力で立ち上がると、スカートをぱたぱたと払う。
日差し避けか平らな帽子を被っている。シンプルなシャツとスカート、一見大人しそうに見えるが。
「ちょっと、ちゃんと周りを見なさいよ!」
「ごめんって。なあ、君も儀式受けに来たの?」
「そうよ。でも、あなたには関係ないでしょ」
鼻を鳴らし、少女は当局に入っていった。
「……やけにピリピリしてたな」
無理もないだろう。儀式は、一生に一度のものであるからだ。
16歳の誕生日、当局建物内にある大聖堂の中で儀式が行われる。儀式とは言うが、ただ大聖堂にいる「神」と対話するだけである。儀式を受けることによって、魔法を取得できるのだ。
魔法とは、人知を超えた力である。指先から炎を出して操ることができたり、物体を操ることができたり、相手の心中を読むことができたり。
取得する魔法は一つだけ。その取得した魔法を、訓練により応用力を効かせて使うのだ。
魔法を使った職業は何十とあるが、カズが目指している職業は一つだけだ。
カズの父親は魔法剣士という職業に就いている。現在、人類を脅かす存在として魔物が存在している。魔法剣士は、魔物や魔物を信仰する魔法使いたちから人々を守る職業である。
カズも魔法を取得して、父親みたいな魔法剣士になりたいのだ。
「よし! 行くぞ!」
カズは頬を叩くと、当局へと足を踏み出した。
#
一時間後。
カズは、当局の大聖堂の中にいた。カズが通っていた中学校の体育館くらいはありそうな広さである。
今日、7月7日に16歳となったのは、カズの他にも数十人いた。彼らの儀式が終わる順番を待っていたのだ。先着順である。
儀式は原則一人で行わなければならない。神と対話する人間が二人以上いると、正しく魔法を取得できないからだ。
暗い。豪華な装飾があるが、こんなに暗ければ意味をなさないだろう。
(大聖堂ってこんなんなんだ……、怖!)
大聖堂は儀式を受ける一回のみしか入ることができない。
カズは辺りを見回しつつ、先ほど受けた説明を思い出した。
(確かしばらくしたら神からなんか話しかけてくれるんだよな……)
暗闇に目が慣れた頃、それは突然だった。
『あなたは、力を望みますか? あなたが望むのならば力を与えましょう』
「――ッ!」
静かで、それでいて力強い声が大聖堂に響き渡った。
神から話しかけられたのだ。
(俺は魔法を取得して、魔法剣士になるんだ!)
息を吸う。
「「はい、力を望みます!」」
「……ん!?」
今、カズの他にもう一人――女の子の声がしなかったか。女声ではあるが、明らかに神の声とも違う。そして、聞き覚えのある声。
声の聞こえた方向に目を凝らす。
そこには、一つの人影があった。
「……嘘、なんであなたがここに!?」
平たい帽子は脱いでいるが、先ほど当局に入る前にぶつかった少女その人であった。
「俺も聞きたいんだけど!」
瞬間。
「まぶし!」
「きゃっ!」
まばゆい光が大聖堂を埋め尽くした。目を開いていられずに閉じる。
同時に風が起こり、その場に立っていられなくなる。
『あなたたちの思いは分かりました。では――』
そこでカズの意識は途切れた。
#
目が覚める。
知らない天井だった。
体を起こし、辺りを見回すと。
「やっと起きたわね」
「ああっ、さっきの!」
そう、当局に入る前にぶつかり、儀式でも鉢合わせた少女がいたのだ。カズの隣のベッドに腰かけている。髪の毛がぼさぼさになっていることから、彼女も先ほどまで寝ていたのだろう。
そしてカズと少女の間に立つのは、スーツ姿の女性。
「良かったです。私は佐々木と申します……、それで、あの……」
見ていて可哀想になるくらい佐々木の顔は泣きそうになっていた。
「申し訳ございません!」
直角に腰を折る佐々木。
「いや……、どういうことか説明してもらっていいですか?」
「そうです、『この人』も起きたんですし、早く説明してください」
「は、はいい……」
佐々木は顔を上げると、眼鏡を掛けなおす。
「あの、当局の手違いがございまして。大聖堂にお二方を同時に案内してしまったのです……」
「「はあ!?」」
「ごごごごめんなさい!」
当局がそんなミスをするだなんて、今まで聞いたこともない。
「その、お二人とも誕生日が同じなことに加えて、お名前が似ていまして……」
佐々木はファイルから二枚の紙を取り出した。両手に持ち、二人に見せる。
儀式を受けるための個人情報を記入した紙であった。名前から出身中学校、血液型、アレルギーの有無などを記入してある。
二人の顔写真が右上に張り付けてあった。二人とも写真写りが悪いのか、みすぼらしい表情をしている。
「あの、名前部分を見てください」
名前部分。カズの名前は二条和。そして、少女の名前は――、
「マジか!?」
「嘘!」
二人は名前を見て驚愕した。
少女の名前は二条和。ふりがなの欄には「にじょう のどか」と書かれていた。
「読み方は違うんですけど、漢字が同じだったんです……!」
「そ、そんなことあるんですか!? 今日儀式を受けているってことは、誕生日も同じってことですよね!?」
そうである。通例として、16歳の誕生日当日に儀式を受けるものと決まっている。カズと少女改めノドカは誕生日が同じなだけでなく、読み違いの同姓同名だったのだ。
「で、でも、同姓同名とか今までなかったことはないんじゃないですか?」
カズの言葉に、佐々木は頷いた。
「もちろんありました。普段ならいくら同姓同名でも案内ミスなどはしないんですけど、その。つい先日、ありましたよね」
「魔物が街で暴れた事件ですか。山奥に逃げてまだ捕まってないんでしたっけ」
「はい。当局はその対応にいっぱいいっぱいで、確認作業を怠ってしまったんです」
「「ええー……」」
これ以上泣きそうな佐々木を攻める訳にはいかない。カズは小さく手を挙げた。
「あの、理由は分かりました。儀式のやり直しってやっぱできないんですよね?」
「はい……」
「って今はどういう状況なんですか? あたしたち、魔法を取得できていないんですか? できていなかったら魔法職に就けないということですよね。その場合は賠償金など下りるんですか?」
焦った様子のノドカ。儀式は一度きり。これで魔法が取得できなかったのなら、もう一生魔法が使えないということだ。
「……その」
カズとノドカの縋るような視線に、佐々木は目を伏せる。そして、
「……申し訳ございません」
深々とお辞儀をした。
「魔法を取得できた場合、儀式の終了後に自然と自分の魔法とその使い方についてインプットされています。自分の魔法が分からないということは、魔法を取得できていないということです」
カズは自身の心臓が掴まれたような感覚に陥った。ベッドに立てかけられていた大剣を撫でる。
ずっと魔法を取得したいと思っていた。将来、父親のように魔法剣士になりたかった。そのために毎日訓練をしていたのに。
「……そんなことって」
ノドカを見ると、肩を落としていた。細い肩が震えている。
「あ、あたし帰ります。ちょっと頭冷やしたいんで」
ノドカがベッドから降りようとして、よろける。
「大丈夫か!?」
カズは急いでベッドを降りてノドカを抱きかかえた。
と、その瞬間。
「――ッ!?」
体中に電撃が走った。頭に「情報」が書き込まれる。
「……どうしましたか?」
佐々木の声が聞こえるが、返事をする余裕はない。
ノドカと目が合った。彼女は驚いたように目を見開いていた。
「今のって」
「うん、今、『書き込まれた』」
「あ、あの? 一体どうしたんでしょうか……?」
カズとノドカは抱き合ったまま、佐々木に言った。
「「魔法、取得できてました」」
「えっ……!」
佐々木の顔が驚愕に染まる。
「本当ですか!?」
カズとノドカは、頭に書き込まれた「情報」を話す。
「「二人の力が合わさるとき、大魔法が発動する」」
「良かったです! お二人とも魔法を取得できていたのですね!」
佐々木が嬉しそうに言った。彼女からすると、儀式失敗というヒヤリハットものの過失が無くなったからだろう。
「良かったー! 魔法職に就けるんだ、あたし!」
ノドカがカズをぎゅっと抱きしめる。香水だろうか、シトラスの香りがした。
「ちょ! やめ!」
「って何抱きついてんのよ!」
慌ててカズを突き飛ばすノドカ。
「今の俺悪くなくない? ……あれ」
瞬間、頭に書き込まれた「情報」が消えたのを感じた。
「消えた?」
ノドカの言葉にカズは頷く。
「『二人の力が合わさるとき、大魔法が発動する』。……分かりました!」
佐々木が言った。
「二人じゃないとダメなんです! この魔法は、カズさんとノドカさんがお互いに触れていないと発動しないんです!」
「「はあ!?」」
「さ、握手してみてください!」
半信半疑でカズはノドカに手を差し出す。ノドカは嫌そうな表情を浮かべつつも、手を握った。
「……あ、書き込まれた」
「あたしの頭にも書き込まれた」
佐々木の言う通りであった。カズとノドカが取得した魔法は、彼らが触れ合わないと発動しないのだ。
手を離す。
「これって、スクールとか就職とかどうすんの……。あたしたちずっと二人?」
スクールとは、魔法を取得した後に通う学校である。一年ほどあるカリキュラムを終えて、卒業試験に合格すると卒業できる。そこから更に魔法大学や就職など色々な道に進むのだ。
二人が揃っていないと魔法が発動できないということは、スクールも一緒に通う必要がある。それに、将来魔法職に就く場合も二人一緒でないとならない。
「……なあ、ノドカはスクールの後の進路どう考えてる?」
今日初めて会った女の子を、下の名前で呼び捨てにするのは多少抵抗がある。だが、名字が一緒なため仕方がない。
「あたし魔法大学に入って、将来魔法技師になろうと思ってる」
魔法技師とは、魔法を使って物を作る仕事である。車や電車、建築物、電化製品……、今やほとんどの物は魔法を使って作られている。これらの物を作る魔法技師は、需要のある食いっぱぐれしない職である。
「……俺は、魔法大学を卒業して、魔法剣士になりたいなって」
「「……」」
お互い顔を見合わせる。
「やっぱダメ! お先真っ暗よ!!」
ノドカが頭を抱える。
「大丈夫だ! スクールに通いながら丁寧に説明してやる、魔法剣士の良さをな!」
「いやよこのバカー!」
「とりあえず、明日からお二方一緒にスクールに通っていただきます」
泣きそうな表情から一転、ビジネスモードに入った佐々木から分厚い資料を渡される。
「こちら入校案内の資料となります。明日は8時50分までにスクールにお越しください」
「ちょ、まだ色々問題とか!」
ノドカが口を挟むが、これ以上口を出すなとばかりに、彼女の手に追加の資料が乗せられる。
「お二方の魔法については、スクールの方に伝えておきますので、安心してください! 本日は大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。わたくし佐々木はお二方の門出を心からお祝いいたします!」
#
「なんなのあの佐々木とか言う人。帰ったら当局にクレームいれてやる!」
当局を出た途端、ノドカが苛立たし気に資料を丸める。カズは苦笑で答えた。
「ってか、二人で発動する魔法なんて初めて聞いたなあ。帰ったら調べてみるか」
「なんかあなたから焦りを感じないんだけど」
ノドカがギロリ、とカズを睨んだ。
「そんなことねえよ」
「そうでしょうね。その大剣、随分ボロボロになっている。それにあなたの手、皮が厚かった。……いっぱい練習したんでしょ。こんな変な魔法を取得して、焦らない訳がない」
「……!」
よく見ているな、と思った。ノドカのことを、ただの気が強い女の子だと思っていた自分を恥じた。
「……でもさ。あんまり焦ってはいないんだ。なんとかなる気がする、俺たちなら」
ノドカは目をぱちくりとさせる。間をおいて、
「ふふ、あなた面白いね! そうねえ、一人じゃなくて二人だから相当強い魔法かもしれないし! 案外なんとかなるかもしれない」
と、笑った。
「あ、でも目指すのは魔法剣士な。俺は自分の考え曲げないから」
「はあ!? 今それ言う!? 何がなんでも魔法剣士はやらないから!」
前途多難である。
だが、カズはこう思っていた。ノドカと一緒なら、なんとかなるかもしれないと。