魔剣物語
その日の夜ご飯の時間、僕はホープのことをお母さんとお父さんに話した。すると、お父さんは真剣な顔になって、「ちょっとまってろ」と言い、ご飯を平らげてもいないのに奥の工房に入っていった。お母さんは、珍しく顔色を変えて心配そうにしていた。
「お母さん?」
「ケント」
お母さんは立ち上がり、僕の側に来てきゅっと僕を抱きしめた。
「大丈夫よ。きっと大丈夫」
それは、自分に言い聞かせているようだった。
しばらくすると、お父さんが戻ってきた。お父さんの手には、一冊の本が握られていた。
「ケント。これをお前に渡すのは、もっと先になると思っていた」
お父さんは真剣な表情のまま続ける。
「だが、はじまりの剣をお前が見つけたのなら、今がその時なんだろう。これを読むといい」
そう言って、お父さんは本を僕に差し出してきた。僕は何を言っているのかわからないと思いながらも、本を受取った。表紙には、『魔剣物語』と書かれていた。
1頁目を開くと、目次が書かれていた。
はじまりの剣
大地の剣
大空の剣
白の剣
黒の剣
風の剣
水の剣
龍の剣
死神の剣
と書かれていた。
目次なのに頁数の表記は無かったけど。
次の頁をめくると、見知った剣が描かれていた。今日洞窟で見つけた、ホープである。
「はじまりの剣……炎剣フェニックス……」
「お前が見つけたのはおそらくそのはじまりの剣だろう」
「はじまりの剣は、一定の強さ以上の精霊力を持つものにしか見つけられないようにした。これは私でも見つけることができない。その時が来れば、はじまりの剣がその者を導いてくれるだろう」
僕ははじまりの剣の絵が描いている隣の頁の文章を読み上げた。
「つまりケント、お前がその選ばれし者ということだ。あの山は、この村の者ならだれでも一度は登ったことはあるくらいにありふれた山だ。それなのにもかかわらず、いままで剣を発見したという話は一切無かった。それはきっと、精霊力というのが皆、おまえよりも弱かったということだろう」
「僕が……選ばれし者……」
正直、信じられなかった。子供用の銃すらまともに撃てない、才能のかけらも存在しないと思っていた僕にそんな特別な力があるなんて……
「お前には、それらの魔剣をすべて集めるという使命が課せられたのだ!!」
お父さんが立ち上がり、ビシッと人差し指て僕を指差して叫んだ。
が、その後また椅子に着いて、コホンと咳払いをしてから言った。
「けどな、お前にも選ぶ権利がある。きっと、魔剣を集める旅は危険を伴う。父さんたちと一緒にいれば、少なくとも危険はない。父さんと母さんと、静かに平和に過ごすか、お前の使命を全うするために危険な旅に出るか。お前が決めていいんだ」
お父さんは、努めて優しく言い聞かせるように言った。
僕は、お父さんもお母さんも大好きだ。二人とも優しく、時に厳しい。いい両親だと、周りに自慢できるくらいには大好きだ。だから、この生活が無くなるのは辛い。
でも、僕は―――
「お父さん、お母さん。僕、明日またホープに会ってくるよ」
その言葉で、決意が伝わったらしい。
二人は少し寂しそうな笑顔をして、「そうか」と言った。
「じゃあ、たんと食って体力付けないとな!母さん!おかわりだ!」
「たんと食べるのはケントでしょう?」
「ついでに俺も食べるだけだ」
お母さんは、そんなお父さんに笑いながら「はいはい」と呆れたように言って、僕とお父さんのご飯をよそってくれた。
僕はいつものランニング中、昨日落ちた場所を慎重に下っていっていた。雨のせいかはわからないが、滑り落ちたところには微かに跡が残っていたので、比較的容易に洞窟へ着くことができた。
雨で昨日はよくわからなかったが、幾重にも木々が重なり、洞窟への道を自然の迷路の如く隠していた。
たしかに、これじゃあだれも近づけないかもね。入り口も断崖絶壁とまではいかなくとも傾斜がかなりきついところにあるし。
『来たか』
僕が洞窟に入ると、ホープの活気のある声色が聞こえてきた。
『覚悟を決めてきたって顔してるな』
ホープが少し笑ったような気がした。
「うん。僕は、これまで才能が無いのを盾に、心のどこかで甘えていたんだと思う」
僕はホープの元まで歩み寄る。
「今、その盾を捨てよう」