魔剣ホープ
僕は体中が痛くて動くのも億劫のはずなのに、僕の体は吸い寄せられるように剣の方に這いずって行った。
近くで見ると、その剣は立派なものだった。鍔は十字型だが、刃の方に少し湾曲してあり、模様が掘られていた。豪華とは言えないものの、質素とまではいかない、拘りを感じられるものであった。刃は両刃になっており、真ん中から左右に均等な幅になっている。
そして柄の先には短い鎖が付いており、その先に金槌の形をした石が付いていた。
僕は吸い寄せられるように手を伸ばし、剣の鍔に触れた。
触れた瞬間、僕の体の奥底から、何かが大きく鼓動したように感じた。心臓ではない。もっと奥深く。僕の根幹のそのまた奥底にあるなにかが、大きく鼓動した。そんな気がした。
反射的に僕は手を離し、尻餅をついた。
『お、お?おおおおおおおお!!』
途端、僕の頭の中に言葉が響いた。
『ついに来たか!俺を扱うことができる奴が!』
「……は?」
僕はすっとんきょうな声を洩らしていた。急に頭の中に見知らぬ声が聞こえてきたのだ。そりゃあ驚きもする。
「だれ……?」
僕は虚空に問いかける。
『ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名はホープ。お前の目の前にある剣だ』
「剣……?うそ……」
僕は驚きで狼狽する。なにしろ、剣というものは家に祀ってある木刀以外見たことがなかったのだから。しかも、それが意思を持って言葉を伝えてきているときた。
理解が追いつかなくて混乱する……
『うん?この時代には精霊ってもんが伝わってないのか?』
「精霊?」
『どうやらそうらしいな――』
僕が落ち着いてくると、急に体の痛みを思い出してきて、いつっと小さく声をあげてしまう。
『怪我してるのか。そんな体じゃ話も落ち着いて出来そうにないな。ちょっとこっちにこい』
僕は言われるがままに、剣に近づいた。
『よし、柄を握れ』
僕が柄を握ると、また、僕の奥底の方で鼓動がした。
『炎舞・癒炎』
ホープがそう言うと、剣の刃に、炎が灯った。
「うわっ!」
『手を離すな!』
ホープの声で手を離す既のところで留まる。
『熱いか?』
「ううん。熱くない……温かい……」
僕は頭を振る。
剣に灯ったその炎は、見ているだけで心がやすらぎ、傷の痛みを包み込む、母の抱擁の様だった。
『よし。じゃあゆっくり触れろ』
言われるがまま、僕はその炎に柄を握っていない方の手を伸ばす。指先が炎に触れると、触れている部分から、体の中を暖かさがじんわりと染み渡ってきた。その暖かさの伝わりと共に、体の痛みが引いていき、擦り傷はは塞がり、腫れた部分は腫れが引いていった。
『これは、俺の能力の一つ。癒やしの炎だ。名を《炎舞・癒炎》という』
僕が目をぱちくりさせて驚いていると、ホープが言った。
『これでゆっくり話ができるな』
僕は柄から手を離し、台座の傍にゆったりと座った。
「えっと……君はおばけ?」
僕がそう聞くと、ホープはカラカラと軽快に笑った。
『おばけか。そんな風に聞かれたのは初めてだな。そうだな、改めて自己紹介だ。俺はホープ。お前の目の前の剣……正しくは、それに宿った精霊だ』
「精霊?おばけとどう違うの?」
『おばけってのは、亡霊とか、幽霊とかいうもののことであってるか?』
僕が頷く。
『ああ!違うとも!』
ホープは明るく元気に肯定した。
『亡霊ってのは、人や動物が死んだ時に、未練があって、死んでもしにきれねえって強く思ったときに、魂の欠片が輪廻に導かれるのを拒んで、この世に顕現したものだ』
「精霊っていうのは違うの?」
『精霊というのは、生きている人や動物の願いや祈りが集まって、形を持ったものだ。だから俺達精霊の方が、よっぽど清らかで尊いのさ』
「へー」
『そうだ。お前の名を聞いてなかったな』
思い出したかのようにホープが言う。
「僕の名前はケント。ケント=キリツグ」
『キリツグ?お前がか!そうかそうか!なるほどそれなら合点がいくな!』
「どういうこと?」
『いや、それは今はいいだろ。そんなことより、お前に伝えなくちゃいけないことがある』
ホープが真剣な声色に変えて言う。
『お前には俺の仲間を探す使命がある』
突然のことで、なんのことやらといった感じで、僕は首を傾げる。
『その反応だと、本は読んだことがないようだな。今日は一度帰るといい。お前の両親に、俺のことを話せ。そうすればわかる。お前の使命についてな。そしたらまた来い』
「え、うーん……わかった」
それ以降、僕が洞窟を出ていくまで、ホープの声は聞こえなかった。