創造神と愛し子 ③
創造神と愛し子、完結です。
同時投稿で新作をアップしています。
良かったら覗いて見て下さい。
リーフと一緒に村へと向かう森の中、再び儂は驚いていた。
「こら、足下をちょろちょろしてたら踏んじゃうよ。あなたも髪の毛を咥えるのは止めて?巣じゃないんだから」
リーフの足下には野生の栗鼠が、頭や肩には何羽もの小鳥がいる。
それだけでなく鹿や狐、臆病な兎まで、リーフにまとわりついている。
この少女の聖なる光はささやかなもの。
野生の動物たちを引き寄せるほどのものではないのだが。
「リーフよ。そなたはいつもこうなのか?」
髪を小鳥につつかれたまま、振りかえるリーフ。
「こうって…ああ、この子達のこと?そうだね、物心ついた時から森に入ると寄ってきたかな」
「不思議だと思わなかったのか?」
「う〜ん、母さんも同じだったから。でも最近普通じゃないって自覚したけどね」
苦笑しながら動物たちと戯れるリーフをじっと見ると目を逸らし恥ずかしそうに答えた。
「村の人達と一緒に森に入るとこの子達が寄って来ないのに最近まで気付かなかったの……」
……聡いのか?自信が無くなってきた。
「それより、おじさん来てくれてありがとう」
「約束したから来るのは当然だろう」
「あはっ、そうなんだけど。おじさんには何の得も関係も無いことだからね。何となくおじさんは来てくれるって思ってたけど、本当に来てくれたから」
「……そうか」
相変わらず深い森は鬱蒼としているが、前に来た道と違い村へと続くこの道は木々の隙間から陽射しが入り、美しかった。
だが道らしい道ではなく、ほんの少し誰かに踏まれた草が折れただけのものだ。
「この道は誰かが見つけたのか?」
「ううん、何となくわかるんだ」
何となく、か。
森の護りがあるのだろう。
自然の護りは神の守護とは違う。
自然が気に入った者に与えるのだ。
この森は大樹が多いことから見てもとても古くからあるものだろう。
時を永く生きればそれだけ力が宿る。
この森は大きな力ある森なのは昨日からわかっていた。
その森の護りを与えられた人間なら種を託すのに問題はないだろう。
そうして美しい森の小道を暫く歩くと急に視界が開けた。
見渡す限りの畑。
その合間に点々とある小さな家。
家の煙突から上がる煙でかろうじて人がいるとわかるが、外には一人もいない。
作物が育てば、麦なら緑や黄金色に染まるであろう畑にはひび割れた大地があるだけで。
儂は胸が痛んだ。
「もう少ししたら村長さんの家で寄り合いがあるんだ。……おじさん、他の人には見えないんだよね?だったらそこに行けば、皆のことわかると思う」
小さな村の寄り合いで交わされる会話は取り繕う必要など無く、ありのままの村人がわかる。
リーフはそう言っているのだろう。
儂が頷くとリーフは、村で一つだけ大きな家の裏へと向かった。
「このまま何もしないでいたら飢えて死ぬだけだ!」
「ならどうする?何か案があるのか?」
「……っそれは」
「よせ。今の状況に焦るのは当然だ、責めても何もいい事などありゃせん。それにこの状況は神様でもない限りどうにも出来んさ」
「だったらどうしたらいいんだ。嫁も娘も大丈夫だと笑ってくれるが、日に日に痩せていくのを見てるだけなんて」
「領主様には知らせたのか?」
「ああ、随分前だがな。だが、去年の作物の病気はこの村だけじゃない。領主様とて全てに手がまわらんのだろう」
漏れてきた会話は男のもの。
連れて来られた家はリーフが言った村長のものだったのだろう。
家には村に住む男達が集まっているようだ。
「いっそ、村を捨てて他の土地に移住するか」
「ご先祖様が愛した森を捨ててか?」
「……俺だって出来る事なら村に居たいさ。森だって捨てたくない。だけど、死んだご先祖様より生きてる家族の方が大事なんだ」
「………………」
誰も否を唱えない答えは皆同じ気持ちだからだろう。
「村中の食べ物を集めて皆で分け合ったとしても、保つのはせいぜい一ヶ月。街で買うにも去年の凶作で値段は高騰していて、かき集めた金ではどれだけ買えるかわからん。腹を括らねばならんかもしれん」
この会話を聞いて儂は疑問が湧いた。
村人達が大切にしている森。
今通って来たからわかる。
あの森は豊かで食べられる植物も多かった。
それに動物達も少々狩りをしたくらいでは絶滅したりしないだろう。
一年この小さな村を支えたくらいでは何ともならないだろうに、何故村人達は森を利用しないのか。
家の中の者達に気付かれないように小声でリーフに聞いてみた。
「何故村人達は森を利用しないのだ。どこでもある程度は森の恩恵を受けていよう?」
儂の問にリーフは悲しげに首を振る。
「あの森は特別なの。昔村が出来る前、森に人を癒す力を持った人がいた。その人は傷を負い森を訪れた人を見返りを求めず癒した。でもその人の癒しは今いる聖女様のようなものでなく、その人の命を削るものだった。日に日に弱るその人の周りに、癒された人達が集まり支えた。それがこの村の始まり。死ぬまで癒し続けたその人はこの森をとても深く愛していた。だからその人を慕った村人は決して森を蹂躙しないと誓ったの。それは今も変わりなく続いている」
それでか。
だがこの状況で誰一人森の事に言及せぬとは。
流石リーフが育った村だ。
決めた、リーフと村人達を信じよう。
もし誰かが悪意を抱いたとしても、ここの村人なら自分達でどうにかするだろう。
決断した儂はリーフを森へと誘導する。
「おじさん、ちょっとしか聞いてないけどもういいの?」
「十分だ。それに何か起こってもリーフ、そなたがいる。そなたは決して悪いようにせんと儂は信じておる」
「……っ、おじさん」
「喜ぶのはまだ早い。儂が持つ案は今すぐ状況を覆すものではない。それに今からそなたに渡すものは危険なものでもある。使い方を間違えれば、人々は争い下手をすれば国同士の戦争すら起こりうる。そうならないようにリーフと村人達は守らねばならん。出来るか?」
「国同士の戦争……。っっ、出来る!っていうか、してみせる!おじさんの信頼を絶対裏切ったりしないって森に誓う!」
昨日見たよりも強く輝く新緑色の瞳。
それと……本当にこの娘は面白い。
初めて見た。
人が持つ聖なる光が輝きを増す瞬間を。
リーフの持つ輝きは先程とは桁違いに増し、儂の目には太陽の光ほど眩い。
見る者が見ればリーフの光が聖女や聖人と呼ばれる者達のものと相違無い事に気付くだろう。
人は『運命』という言葉を使うが、神からすればそれは人が常に選択してきた結果にすぎない。
だが、儂は初めて『運命』というものを信じてみたくなった。
儂とリーフは出逢うべくして出逢ったのだと思いたい。
リーフは儂の人という概念を覆した。
悠久の時を過ごす儂に、人とは未知の力を秘めた存在なのだと自ら示し、喝を入れた。
それは儂の心を揺さぶり、欲望と言う名の焔を灯したがリーフはそのままが良い。
儂はリーフが紡ぐ人生という名の物語を見守ろう。
そしてそれは、その魂が何処の誰に転生しようとも変わることはないだろう。
これは儂がリフレシアと出逢う遥か昔の物語。
そして今も尚続く、儂と後に愛し子と呼ばれる存在との絆の始まりである。
次回は投稿未定ですが、上がり次第投稿します。
時間はam11:00です。