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コンコンッ
一息付いた時、部屋のドアが叩かれる。
はい、と短く返すと、ハキハキとした声の女性が部屋へ入ってくる。
「お嬢様、失礼致します。
お茶のご用意が出来たのですが、お手隙でしたらお召し上がりになられますか?」
「ありがとうリナリー…頂くわ」
そう言うと紅茶を入れてくれる。
香ばしい香りが部屋の中に広がった。
彼女はわたしの専属の侍女、リナリー。
ゲームの中でも唯一味方でいてくれた人物で、ヒロインを虐げるシーンでは常に傍にいたところが印象的だ。
一見冷たそうに見える風貌だが、代々スティーキン家に仕え一番信頼置ける人物だ。
紅茶を一口飲んだところでリナリーがケーキを切り分けてくれる。
今日のケーキはブルーベリータルトだ。
「この度は社交界デビューおめでとうございます。こちらは出席者のリストでしょうか?旦那様のお話ですと、王家のご子息もご出席なさるとお伺いしておりますが」
「…えぇ、ただ最低限の挨拶だけで済ませようと思っているわ」
そう投げやりに返すとケーキを一口パクリと食べる。ブルーベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、とても幸せな気持ちなった。その様子をリナリーが嬉しそうに微笑みながら見つめている。
「お嬢様がそう言うのであれば、わたくしは何も申し上げません。
パーティーへは同行できませんが、リナリーはいつでもお嬢様の味方です」
「ありがとうリナリー、貴方がいてくれて心強いわ」
そう伝えると空になったカップに紅茶のおかわりをくれる。
「何かお嬢様のお力になれる事があれば何なりとお申し付けください
わたくしはお嬢様の為に尽力致します」
そう言うと真っ直ぐにわたしのことを見つめてくる。
まるで心の中を覗かれているようで心臓が跳ねた。
思い切ってエルヴィスのことを聞いてみようか…だがヒロインに関係のある人物だ。
もし深く詮索しすぎて、自分は疎か家やリナリーにも危害が及ぶ可能性もある。
まだその時ではない。
直感でそう感じたわたしはリナリーに向き直る。
「…ありがとうリナリー…今はまだ何もないけれど、これからお願いする事が増えると思うの。
その時は力を貸してくれる?」
そう言うと、リナリーがふわりと優しそうに、嬉しそうに、微笑んでくれる。
「もちろんでございます。
お嬢様のお力になれることがわたくしの誇りなのです。
旦那様でも奥様でも、ノエル様でもなく…ジェシカお嬢様、
貴方様のお側で、貴方様のお力になりたいのですよ」
驚いてしまった。
…初めてかもしれない。
ゲームではこのようなシーンもなく、ただ従順にジェシカの悪事のサポートをしているように窺えたが、リナリーがここまでわたしのことを思ってくれているなんて…
心の底がとても温かく、思わず涙が出そうになる。
あぁ…わたしが頑張ろう、わたし自身が悪事をしないように、それをリナリーに手助けさせないように、わたしが頑張ろう。
そう心に決めたのだった。