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部屋の前まで戻ると、兄は上手く立ち回れるからと、またサロンへと戻って行った。
中へ入っていくと、待っていたリナリーが驚いたようにこちらを見る。
「お帰りなさいませお嬢様。何かあったのですか…?」
わたしの早い帰りにリナリーが心配そうに声を掛けてくる。
それもそうだろう。ドレスを着てサロンへ降りたと思えば一時間も経たずにまた部屋へと戻ってきたのだから。
「…ちょっと不躾な人達に絡まれてね」
兄や母に迷惑をかけてしまったことに悔しく思っていると、リナリーはそれ以上何も聞かずお茶の用意をしてくれる。
「…お嬢様は誰よりも頑張っていることをリナリーは知っております…
自分から齧り付くように勉強をしていた貴方を
家庭教師から逃げていた頃が懐かしいですね…
それ以上に淑女としての振る舞いやダンスを熱心に、奥様に学んでいらっしゃいましたね」
リナリーは、沈んだ心にゆっくりと、紅茶の香りと共にわたしの心を慰めてくれる。
(あぁ…だめだわ)
リナリーにそう言われてか、あまりの悔しさでか、涙が零れた。
本当に悔しかった。あの場で失礼なのはそちらだと、言い返せばどれだけ楽だったのだろうか。
ただその勢いだけで行動すれば家に迷惑がかかる、それ以前に悪役令嬢への一歩を前進してしまう気がして、とても怖かったのだ。
兄に言われた通りに、冷静に淑女らしく、感情に身を任せずにその場を振り切ったはずだった、はずだったのに…
(…結局、迷惑をかけてしまった)
次から次へと零れ落ちる涙を、わたしは止められなかった。
そんなわたしの姿を、リナリーは何を思ったのか紅茶を差し出しながらわたしの目の前に屈みこんで言った。
「誠に失礼ではありますが、お嬢様
泣いて、どうにかなるのですか?」
(え……)
いきなり厳しめの言葉が下りてきた。
驚いたようにリナリーを見ると、ニコリと微笑まれる。
訳が分からずにいるわたしの心情などお構い無しにリナリーは続ける。
「貴方様の努力を知る者として、ご無礼と承知の上言わせて頂きます。
貴方様が泣くだけで何か解決するのであれば、どうぞ泣いてくださいませ
それをわたくしはお止めしません。
…ただお嬢様…何の解決策も嵩じることなく、悔しさや歯痒さで泣くのであれば、今すぐにお止めくださいませ。
もっと今よりも悔しいことや、歯痒く辛いことがこれから先あった時、泣くだけで誰かが助けてくれるなどと、甘い考えをお持ちなのですか?」
いきなりそう言われ、驚きと同時に気付かされた。
「…違う、わたしは助けて欲しいなどと、そんな甘いことは今の一度も思っていないわ…」
顔を上げるとリナリーの顔を真正面から見つめる。
すると、柔らかく微笑むリナリーが零れる涙をハンカチで拭ってくれる。
「…そうでございます
お嬢様は、誰よりも強く努力されております…
それはこの家の者であるならば皆知っております。
旦那様も、奥様も、ノエル様も、もちろんわたくしも。
今のお嬢様を、誰も責める者などおりません」
そう言うとわたしの心の中にふわりと温かいものが広がった。
今のわたしをこんなにも見守ってくれる温かい人達がいる。
冷めきってしまったのであろう紅茶も、いつの間に入れ直してくれたのだろうか、湯気が立ちいい香りが部屋を包む。
「ありがとうリナリー…貴方にはいつも助けてもらってばかりね」
そう言うと嬉しそうに微笑みながら、温かいタオルで涙を拭ってくれる。
「…ノエル様は、最初から分かっていらしたようでしたよ
お嬢様がすぐ帰ってくるかもしれないからと、わたくしに温かいタオルと温かい飲み物の用意を頼んだのは、紛れもなくノエル様なのです」
驚きで目を見開く。
わたしがこうなることを予測していたのだろうか。
確かに全て兄の言う通りに、先程まで言動や行動に気をつけて振る舞っていたが、まさか全て兄の掌の上だったとは…
いきなり気が抜けたように、ソファーへ深く沈み込む。
温かいタオルで涙を拭ってくれたこともあり、驚いたこともあり…いつの間にか涙は止まっていた。
「…そう、お兄様が…」
脱力しながら入れてもらった紅茶を飲むと、リナリーは紅茶のおかわりを注いでくれた。




