穂玉怒る
ハンクの馬車は商売街を抜け、再び現れた門を通過していく。どうやらこの第二の門が王都の入り口らしい。
荷台のなかで俺は云百年ぶりに飲める酒に思いをはせていた。
生前、俺はずっと学生として人間の中に溶け込んでいた。そっちの方が都合が良かったし、生きていた年数に比べて見た目が俺は若かったからな。しかし、そこには罠があった。
未成年飲酒禁止。とんでもない法律ができてしまったのだ。おかげで酒を飲むことはおろか買うこともできない。まじでなんの拷問とか思ったよ。
そういうわけで俺はしばらく禁酒期間に入ってたわけだ。でも、ようやくそれともお別れ。今日はがっつり飲んでやる!
「うっ?!」
「!?」
急にガタンと音を立てて馬車が止まった。うかれてた俺はそのまま床に頭を打つ。
「すまんね。王都は馬車が通れねーんだべ。こっからは歩いていくんだ。」
どうやら馬車は馬車専用の置き場があるのでそこに置いておくらしい。俺たちは荷台から下りてハンクの後ろについて歩き出す。
商売街は地面むき出しだったが、王都は道がきちんと細されていて少し茶色っぽい白い石が敷き詰められていた。王都というだけあって特別仕様なようだ。
ハンクいわく、王都は三重の円のような構造になっていて、一層目には貴族とかお金持ちご用達のお店が立ち並んでいる。商売街の店では果物とかがそのままごろっと売られていたが、王都では主に調理された食べ物や加工されたものが売られるらしい。商売街が産直みたいなところで、王都の一層目が大型スーパーマーケットみたいだ。
二層目には庶民、つまり一般ピープルの住宅がある。千里眼で見る限り、和室は望めそうにないような家だ。白い石をくりぬいて作ったような家であり、少し味気ない感じがしたが、屋根はとてもカラフル。
三層目には貴族・王族の住宅。豪邸だらけ。
なんだろうね。お金もちは大きい家が好きだ。庭もでかけりゃ家もでかいし色派手だな。
ちなみにこの国の王様の住む城もそこにあるらしい。しかもでけえ。なんせ千里眼で見なくても一層目にいる俺たちの目に入るくらいでっかい。俺の知っている信長や秀吉の建てた城じゃない、むしろインドのタージ・マハル的な感じのドームのような城である。美しい装飾や派手な色合いがいかにも商売国家だ。
「荷物は盗まれたりはしねーの?」
「大丈夫だ。そのために騎士様がおるだよ。商売街では自己責任だけど、王都にはいりゃ騎士様が防犯にあたってくれんだ!」
お、騎士もいるのか。冒険者に次ぐファンタジー職業ズだな。
「騎士は国から派遣されてくるんですか?」
「ああ。羅魔瑠帝国には騎士を育成するための学校があって、そこで実践訓練とかつんで、最終的には等級選定試験を受けて、騎士として就く場所が決まるんだべ。」
「場所ですか?」
「んだ。等級にも三つの段階があってだな、三等騎士は商売街や王都の一層目の見回り。」
なるほど。こっちの世界では騎士が公務員のような存在ってわけか。
「二等騎士は騎士学校の教師、または王族や貴族の護衛。一等騎士は帝国直属の軍・龍翼に入隊できる権利が与えられるんだべ。」
「ドラゴン?」
なんじゃそら。
「穂玉」
「私も知りません。」
俺は穂玉に小声で尋ねよう・・・としたがすでに読まれてた。相変わらずオッソロしい奴だ。
しかし、そんな俺らにかまわずハンクの口は回る回る。
「この国のシンボルはドラゴンでな、羅魔瑠帝国は別名龍の巣と呼ばれてるんだ。ほんで、帝国の翼たる龍翼は一等騎士と亜人で結成された最強の帝国軍!数々の戦争でも無敗を誇るすごい軍隊なんだべ!!」
おうおうおうおう・・・なんか今の一瞬でかなりの情報量来た感じだけど俺の脳内処理能力がおっつかない。うん、とりあえずすんごい強い部隊がいることがわかった。
「さあ、ついただよ!」
そうこう話すうちに、どうやら目的のお店についたようだ。全体が木造で円柱状をしているが、上に部分は斜めにスパッと切れている。茶色い店のワンポイントなのか扉が黒く、大きく開かれている。看板にはポップな感じで<荒くれ者の拠り所>と書かれている。
・・・店名がめっちゃおぞましいんですけど大丈夫かこの店?全然字体と内容がマッチしてないんですけど!!この店の上部どっかの輩に切られたんちゃいます!?
俺と穂玉は口角を引きつらせて立ちすくんだ。
「ほらほら遠慮せず入るべ!」
「いやちょま心の準備があああああ!」
ハンクによって俺といなりはそのまま店内へ押し込まれ・・・。いやこのおっさん意外と力あるな!
「あん?なんだこの坊主。」
店の中央には大きな丸太をくりぬいてできたカウンターがあり、お酒?と思われるものがずらっと天井まである棚にきれいに並べられていた。
そして・・・カウンターの中央には白いシャツに黒いギャルソンエプロン姿のメチャクチャごつい人がシェイカ―を超高速で振りながらこちらを見る。
しかもカウンターに座る奴らの足元には血の付いた剣やら盾、なんかの首。・・・・・・首?いや、あえて突っ込まないでおこう。
てかなんで酒屋のマスター的な人がボディビルダー並みの筋肉つけてるんすかー!?本性の俺よりも筋肉量あるよそれ!異世界って筋肉質だなおい!!
「よお、ルゴソ。久しぶりだべ!」
「ハンクか。また俺におごらせる気か?」
「はははっ!よくわかってるな。」
おおう。ハンクのやつこのマッチョと普通に会話してやがる。どんな精神力だよ。薄々感じてたけどハンクって結構したたかだよね。
「ハンク、お前常連なの?」
「んだ。ルゴソはオラと同じ村の出身でな、幼馴染なんだべ。この国によるたびおごってもらったりしてるんだよ。」
「で?お前におごる分には構わんのだがな、そこの坊主と女・・・見慣れない格好だな。」
「お初にお目にかかります。穂玉と申します。」
「どうも。俺は夜叉だ。ご馳走になるよ。」
挨拶もそこそこに、俺と穂玉とハンクは他の客たちが座っている側の反対側に座ることにした。
それを確認すると、マッチョマスターがそばの樽の封をあけ、グラスに酒を注ぎだす。
「おい、マスター。いいのか?ハンクさんはともかくこんなどこのどいつかもわからねえ奴らにマスターの酒を飲ましちまって。」
突然音を立てて向かい側の男がたちあがり、剣の切っ先を向けてきた。
え、なんすかこいつら。
予想外の展開に俺は目を見開いた。
「そうだそうだ!」
「ここは女の来るとこじゃねえぞ!!」
うっわ。外野がうるせえ。てかこの世界は女性差別の世の中ですかね?
「おい、そこの二人。ここはなー、俺らみたいな大物の来る店なんだよ。とくにそこの女。さっさと出て行け。」
俺と穂玉の前に筋肉ムチムチのスキンヘッド男が片手に長剣を持ってでてきた。上半身はほぼ裸で心臓部と肩だけに鎧がついている。目の周りには黒い入れ墨を入れており、いかにも柄が悪そうだ。
「なんなら俺が一生お前の面倒見てやってもいいけどな。がははははは!そこの坊主は俺の荷物持ちにでもしてやらあ。」
こいつら頭大丈夫か?俺を荷物持ち呼びするとは言い度胸じゃねーか。
俺がばきばきと手首を鳴らし、男をしばき倒そうと立ち上がった時。
「夜叉。」
穂玉が俺にストップをかけた。
「え、俺も暴れたいんだけ・・・・ほ、穂玉さん?」
「ここは私がやります。」
静かだが有無を言わせない声。口元には笑みが浮かんでいるが、目は全くと言っていいほど笑っていない。
白銀の髪が青白い妖力でパチパチとはじけ、ゆらりと妖気が揺らめいている。
か、完全に怒っていらっしゃるー!!!
「少々お灸をすえてさしあげましょう。いいですよね?マスター、店内ですみませんがよろしいでしょうか?」
「は、はい・・・・。」
「かまわん。」
おい、マスター!バリトンで『かまわん』とか言ってんじゃねー!!いいのか?店でバトル始まっても!?何か壊れても俺は弁償できねーぞ!?
「ほーう?俺らに対して一人で十分だと?随分なめたまねしてくれんじゃねーか。野郎ども!やっちまいな!」
威勢のいい掛け声とともに立ち上がる男達。
あーあー始まっちゃたよ。
「おいおい、ヤシャいいのか!?こいつは王都の闘技大会の去年の優勝者だべ!?いくらホタマでもさすがにに・・・。」
「いいから見てろって。」
慌てるハンクを制して俺は頬付きをして穂玉とそれに向かい合う男どもを見据える。
7対1。
俺は穂玉を止めることをあきらめた。
「おらあ!」
スキンヘッドと後ろの男たちが一気に穂玉にとびかかる。しかし、穂玉はそれよりも速かった。
最初に飛び込んできた男のすねに蹴りをくらわせ、態勢を崩し、首筋にかかと落としを食らわせる。男は白目をむいて床に倒れた。
「一人ー。」
「カウントダウンしてる場合か!!」
ハンクの突っ込みを受けながら穂玉の流れるような動きを観察する。
昔より速くなったか?
もともと穂玉は俺よりも力は弱いが、スピードは俺以上である。さすが、というべきか。開始三秒で一名アウトって。
「なめんじゃねーぞくっそ!」
かかと落とし直後、スキンヘッドとは別の大男の剣が穂玉の頭めがけて水平にふられる。しかし、穂玉は背中を少し後ろにそらせてあっさり回避。同時にバク転で大男の顔面に蹴りが入る。
あの蹴り。妖力が足に込められている状態だから相当な痛みなはず。妖力はそのまま妖術としても使えるが肉体強化もできる。たぶん鼻の軟骨いってるかも。
「二人―。」
二人の男が同時に穂玉を捕まえようとかかるが、穂玉は上に飛び、そのまま回転して横二名の顔に蹴りを入れる。
「三人、四人―。」
「はあ?ふざけてんじゃねーぞ!?」
「どっちが。」
音もたてずにカウンターに着地した穂玉はスキンヘッドの横の男の首を蹴りとばし、スキンヘッドの剣をよけて床におりる。
「五人―。」
穂玉が床に足をついた瞬間、男が後ろから剣を穂玉の背中に向ける。が、穂玉は背面に一回転してとび、その剣の切っ先に乗る。そして、デコピン。
え?デコピンだよ?普通のデコピン。ただこれをでこにくらうと脳天までショックがいって軽く脳震盪おこすけどさ。
「六人ー。」
「死ねええええ!!」
スキンヘッドが横から剣を振りかぶるが穂玉はそれを素手で受け止める。パキンと澄んだ音がして剣が粉々に砕ける。
「な・・・なんだと!?」
「言いましたよね?お灸をすえると。」
動揺するスキンヘッドをよそに穂玉は六つに割れたきれいな腹筋をチャラにするかの如く強烈な蹴りをおみまいする。
「ぐはあっ!?」
店内のイスをなぎ倒し、スキンヘッドは壁に激突してそのまま気を失った。かわいそうに腹筋がのびてます。
「七人目ー。はいお疲れさん。」