あれ?俺死んだ?
「あぢいいい・・・。七月から夏服って何処のどいつが決めたんだよ・・・。」
六月の京都の炎天下の下、俺、鬼ヶ崎 夜叉は額の汗をぬぐう。
俺は長袖のシャツを腕まくりし、学ランには手を通さず上から羽織ったような格好で登校していた。
いやだってさ、気温三十度近くで冬服って拷問じゃね?誰だって着崩したくなるよ。京都の盆地なめたらあかん。
「昔はもっと涼しかったのになー。」
俺がもっと若かったころの京都の平安京は木造建築が立ち並び、木がいっぱいあった。てゆうか、右京なんてほぼほぼ山だった。
今の京都ときたらビル群が立ち並び、新幹線やら電車やら車が馬の代わりに走り、交差点では人がうじゃうじゃと横断している。まるでごみのようだ、と言ったのはどこの誰だったか。まさにその通りだ。
俺はその中に溶け込むように混ざりながら、交差点を渡る。
「夜叉様ー。お助け下され。」
悲痛な声をあげながら、何かが人ごみを潜り抜けて俺の足元めがけて飛んできた。
それは見た目からして三歳くらいの子供だった。頭にはお地蔵様がかぶっているような傘をかぶり、一本足の下駄を履いている。
普通の人からしたら、随分と奇抜な格好をした子供と思うだろう。だが、それだけではない。
子供はぜえはあと息を切らし、ゆっくりと顔をあげた。
「大蜘蛛めが酔っぱらってまた暴れておりまするー。」
顔の真ん中に一つだけある目が潤みながら俺を見上げた。
一つ目小僧。名前ぐらい聞いたことがあるであろう。目が一つだけしかない子供の妖怪。つまり、今俺の目の前にいるこの子供は妖怪なのだ。
立ち止まってしゃべっていると周りから変な視線が飛んでくるので俺は一つ目小僧を抱え、交差点を急いで渡りながら会話を続ける。
「え、またー?あいつもこりねーなあ。」
「はい・・・。ですが、夜叉様のような大妖怪が京都にいてくださるので我らのような小粒が安心して生きていられるのです。なんといっても、あの酒呑童子なのですから!」
そう、俺もまた人間じゃない。
平安時代、その名をとどろかせた大妖怪・酒呑童子だ。
あれ?こいつ毒酒かっくらって首飛ばされて死んだんじゃなかったけ?と考えたやつ。
いっぺん死んで出直して来い。いやよく考えてみろよ。
確かに俺は酒に目がないけど。否定しないけど!毒酒に気づかないわけねーだろ!!
・・・・ま、ちょっと危なかったけど。
とにかく俺を殺しに来た奴らは返り討ちにしてお地蔵さんの足もとに埋めといたよ。
てか俺そこまで悪さしてねーし。
京都で不自由していた妖怪を集めて養ってたらなんか知らないけど目つけられちゃったりしたんだよね。
この辺は人間の歴史に埋もれちゃって文献が改変されてる部分があるから仕方ないけどさ。
とにかく、俺、酒呑童子は死んでない。
変化の術を駆使して若くなったり、年を取ったりして生き抜いてきた。今の時代も現役高校生として普通に高校に通ってる。
「で、どこにいるの?」
「京都水族館で暴れていて、鞍馬天狗たちが何とか止めていますが、時間の問題です。」
「よしきた。」
俺は一つ目小僧に連れられて京都水族館を目指して走りだす。
時代が時代なので、昔のように妖怪達をまとめて導くようなことはしていない。今は自由気ままに京都の妖怪の争いごとに首を突っ込んでは喧嘩をしたり、今回のようにけんかを止めてくれと言われて止めに喧嘩に入ったりもする。
良心からっつーか、どっちかっつーと俺がただ喧嘩が好きなだけだからな。
「危ない!!」
突然、誰かの叫ぶ声が後ろからした。
振り向くと、交差点で小学生くらいの子供がボールを抱えて立っている。
マジかよ。
これ助けなきゃあかんやつ?
歩行者信号はもう赤に変わっている。
前方からは大型トラックが子供に向けて猛スピードで突っ込んでいく。
ええい、どうにでもなれ!
ズルッ
「は?」
走り出そうと踏み込んだ瞬間。
不吉な音が足元からした。俺の体は少し宙をうき、後ろへと傾く。
一瞬視界を横切ったのは、黄色い転倒専門果物の皮だった。
ゴンとかいう衝撃音とともに、後頭部に鋭い痛みが走った。
今までの喧嘩や戦でつけてきた怪我の痛みとは違う。命の危機を感じる痛み。
焼けるような痛みが頭部に走る中、俺の脳みそはやけに冷静に思考が回っていた。
え、ちょっと待ってよ。冷静に痛みの解説してる場合じゃないよ。
俺今バナナの皮ふんずけて滑って転んで頭打ったの?
いやいやいやいやいや、平安時代の大妖怪がバナナの皮でずっこけて死ぬの?嘘でしょ?
今まで歴史の偉人たちで暗殺された奴らめっちゃ鼻で笑ってきたけど、まじですいません。
一番間抜けな死に方してます、俺。
あー、なんか横からめっちゃ名前を呼ばれてる気がする。
でも、その声もだんだん遠ざかってきた。やっぱ死ぬのか。
俺は意識を手放した。