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女騎士、噂の幽霊にビビる


『強くあれ』


 幼少期から私を鍛えていた父は、常にその言葉を口にしていた。

 大切なものが守れるようにと、何も失わないように、と。


 だから私は強くなろうとした。強さがあれば何も失わないのだと信じて、父と共に剣を振るった。


 

 けれど、生半可な強さは、この世界には通用しないようで。



 私の住む村に、魔王軍が攻め込んできたのだ。村の地下に封印されている古代の兵器を狙って、精鋭揃いの数千の軍勢を、ちっぽけな村へ差し向けたのだ。

 強ければ、奴らを追い返すことが出来ただろうか。家族も、友人も、失うことはなかったのだろうか。


 だが、私は強くなかった。ゆえに、なされるがまま、村は蹂躙され破滅の一途をたどった。


 生き残ったのは、父が家の地下室へ放り込んだ私だけ。カタカタと震えながら地下室でおとなしくしていれば、いつの間にか魔王軍は村から撤退していた。


 残されたのは、破壊し尽くされた村と、無残に捨てられた村人たちの死骸。



 すべてを失った。強くなる為の理由は無くなり、生きようとする意志すらも消え失せた。

 せめて、みんなと一緒に眠ろう。そう思って、地べたに捨てられていた剣を拾って、喉元に突き立てて。


 ───その時だった。彼に出会ったのは。


『よせッ!』


 剣を握る私の手を、彼が──勇者が握った。

 死んではいけないと、剣を取り上げられた。


 説得されて、共感されて、勧誘された。



 あの日、私は勇者パーティの騎士になった。





★  ★  ★  ★  ★





「……んっ」


 突然視界が真っ赤に染まり、不意に声を漏らした。考えるまでもなく、今閉じている瞼を照らしたのは、カーテンの隙間から差し込んだ陽の光だろう。

 ゆっくりと体を起こしながら、寝ぼけ眼をさすって瞼を開いた。


 いつもと変わらない光景。私の前にあるのは、見慣れた病室の内装だ。


「はぁ……」


 溜息を吐いた。相も変わらず入院を続けている状況と、毎日同じような夢を見る自分に呆れたのだ。


 冒険に出られないからなのか、まるで縋り付くように『勇者との出会い』の夢ばかり見てしまう。


 家族を失って、新たに仲間を手に入れた思い出。確かにあの時のことは脳裏に焼き付いているが、これでは過去にこだわっているようで、とても気持ちのいい朝を迎えられるとは思えない。


 二か月前に入院してからずっとこの調子だ。いい加減、快眠という感覚を思い出したい。



「……うわっ、もう昼じゃないか」


 ふと枕元に置いてあった懐中時計を見てみれば、時刻はすでに正午過ぎだ。明らかに寝すぎ、これでは騎士の名が廃るというもの。

 

「そういえば今日の見舞いは……あぁ、勇者か」


 予定を思い出しながら窓の外を見てみれば、そこには病院の中へ入ろうとする勇者の姿が。


 これはまずい、さすがに寝起きすぎる。とりあえず彼が来る前に、洗顔と歯磨きだけでも済ませておかないと。




 数分後、私がいる個室のドアがノックされた。急いで顔を拭いた私はベッドに座り、入室の許可を告げる。


「どうぞ」


「失礼。あぁ、おはよう、ユノア」


「既に昼だが。……やっぱりバレるか、寝起きだってこと」


 私の返答に苦笑いしつつ、勇者はベッド近くの椅子に腰かけた。その手には紙袋が握られていて、そこからは芳ばしい匂いが漂っている。

 私の視線が紙袋に行っていることに気が付いたのか、勇者がそれを渡してくれた。


 紙袋の中には、焼いてある肉をパンで挟んだ料理が入っていた。これは私の好物で、見舞いに来るときはファミィやエリンも買ってきてくれる。


 ただ、寝起きには少し重いので、これは後で食べることにしよう。


「体調はどうだい?」


「可もなく不可もなく……かな。心配しなくても大丈夫だよ」


 そう言いながら、腕を上下に振って笑ってみせる。言葉やその様子から私が元気なことを察した勇者は、「よかった」と小さく呟いた。


 そこから始まるのは、いつもの談笑だ。私の身の回りの些細な出来事を話したり、最近の勇者たちの近況を聞いたりする、病院生活で唯一好きな時間。



 私が入院を始めたのは、今から二か月前だ。


 魔王の幹部との戦闘で負傷した私は、傷と共にとある呪いを付与されてしまった。

 それは対象から徐々に生命力を奪っていくという、いかにも魔物が考えそうな陰湿な呪いだ。


 付与された呪いはどんな医術や魔法でも解呪することはできず、私にできることはなるべく動かないことで活力を節約することのみ。


 生命力の源である魔力を病院で摂取しながら、植物のように過ごすだけのつまらない毎日だ。



「ふむ、幽霊とは……珍しい仲間ができたな」


「だよね。ゴーストなんて今まで会ったことなかったから、なかなか距離感が難しいよ」


 新しくパーティに加わったというゴーストの話をしている勇者は、いつになく笑顔だ。



 ──あぁ、とても、見たことのある表情だ。



 野営中に焚火の前で談笑していた時も、君はラル・ソルドットの話をするとき、そんな顔をしていたね。


 君は気づいていないだろうが、心の底から楽しそうな表情で話していたよ。


 彼女の話をするときだけ、君は饒舌になる。

 私がソルドットのことを質問すれば、嬉々として答えてくれる。

 パーティメンバーである私たちのことよりも、ソルドットのことの方が詳しかった。



 詳しい事情は知らない。でもすぐに分かった。

 彼が本当に大切に思っている人間は、私ではなくソルドットの方なのだと。

 決して超えることのできない壁が、私と彼女の間には存在するのだと。



 昔から剣一本で生きてきた私には、他人へ向ける愛というものが分からない。生き残った私を救ってくれた彼に抱いているこの感情が、何なのかが理解できない。


 それでも、君は私の大切な人だ。


 だが、君の大切な人は私ではないのだろう。



 それを理解したある日の夜、私は自分の中にあった熱が急激に冷めていくのを実感した。


 そんな心持ちだったからだろうか、幹部の不意打ちを避けられなかったのは。つくづく私は弱い人間なのだと思い知らされる。

 彼の話を聞いている今も、私は生気のない眼をしているに違いない。



「それでさ……」


「ふふっ」


「……ゆっ、ユノア?」


「いや、すまない。聞いていた噂よりも元気そうで、安心したんだ」


 そう言いながら微笑みと、勇者は照れたような表情になった。実際、彼が元気で安心したのは事実だ。

 笑った理由は、自分が情けないと感じたから、だが。



 ソルドットが勇者を庇って死んだ──そんな話を病室でファミィから聞いた時は、生きた心地がしなかった。

 もしかすれば、勇者もあとを追って……なんて想像をしてしまったくらいには、私も動揺した。


 彼女が死んだから、私が代わりに彼の大切な人になれる。そんな風には考えなかった。

 絶対に代わりなんていない。それほどソルドットが彼にとって大きな存在だと思っていたから。


 私にはどうしようもない。彼に何も与えることができない。もしソルドットのあとを追うのだとしても、私に止める資格はない。



 でも、どうやら心配は杞憂に終わったようだ。


「今度、ゴーストも連れてくるよ。ユノアは確か真眼の加護もってたよね?」


 そう言って私に語りかける彼は、ソルドットのことを話してる時のような表情だ。

 つまり、彼の言うゴーストは、彼女の代わりになっている──ということだろう。


 ……はは。出会って一月も経っていないゴーストが勇者を支えてるっていうのに、私は病院で寝てばかり。

 剣を握れない騎士なんて、必要ないに決まってるじゃないか。


「うん、私の加護ならそのゴーストも視認できると思う。会うのが楽しみだよ」


 嘘だ。本当はゴーストの顔なんて見たくない。私が出来なかったことをいとも容易くやってのけて、ソルドットの後釜に収まった狡猾な悪霊の正体なんて。


 でも、そんなことは言葉にしない。せっかく立ち直った彼を傷つけてしまうだけだから。

 呪いで死にゆくその日まで、私は彼の話を楽しそうに聞いて相槌をうつ、ただの患者だ。



「あっ、ごめんユノア。そろそろザッグさんとの鍛錬の時間だ……」


 腕時計を確認し、申し訳なさそうに告げるアルト。

 下手をすればゴーストへの嫌悪感が顔に出てしまいそうな気がしたので、正直に言うと助かった。

 私は笑顔を作って、ひらひらと手を振った。


「気にしないでいい。わざわざ見舞いに来てくれてありがとう、勇者」


「何言ってるんだ、手間なわけないだろう。いつだって来るさ。……それじゃ」


 私を気遣う言葉を告げた勇者は椅子から立ち上がり、別れの挨拶のように軽く手を振ってから、病室を出ていった。

 彼が部屋を出てすぐに、私の口からは深い息が出てきた。ボロが出る前に、帰ってくれて良かった。



 今度彼がゴーストを連れてきたら、その時は何を話せばいいのだろうか。私はゴーストにどう接すればいいのだろうか。

 煮え切らずに答えを模索していると、病室のドアの近くから声が聞こえた。病院の人間だろうか。すでに昼を過ぎているので、食事が運ばれてくることはないはずだが。


「ったく、アルトのやつ……。女の子の見舞いに行く日くらい、鍛錬なんか休めってんだ」



「………」 


 声が聞こえた方を見ると、そこにはぶつくさ何かを呟いている、体が半透明の少女が浮遊していた。

 思わず声を失ってしまい、彼女をジッと見つめる。


「これだから勇者は───んっ?」


「………」


 ついに私と目が合った彼女は、怪訝な表情をした。そして額に冷や汗をかき、引きつった笑みに変化する。

 

 半透明の体、宙に浮く存在、閉まっているドアを開けずに入室。

 どう考えても幽霊の類なのだが、少女のその姿が信じられない。




「……あの、もしかして俺のこと……見えてる?」


「ぁっ、あわわ───いだっ!!」



 その『ラル・ソルドット』の姿をしている幽霊をみた私は腰を抜かし、ベッドから転げ落ちたのだった。






幽霊:ユノアちゃん入院してたのか~


女騎士:!!?!!??!?

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