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魔王ですかぁ!?

 ポルターガイストを引き起こしてから約半日。今の時刻は深夜といったところか。


 意外にも立ち直った勇者のフットワークは軽く、すぐさま準備を済ませて業者の馬車に乗り込んだ。そんな勇者の様子を見てファミィちゃんは訝しんでいたが、反対にエリンちゃんはかなりご機嫌だ。


 町を出るときに「勇者さまが戻ってきた……!」とか呟いてたし、ニートしてる時の勇者のことは忘れたいようにも見える。強さに憧れてパーティに入ったのだろうし、気持ちは分かるなぁ。



 そして今いる場所は、街道のはずれにある開けた草むらだ。時たま出現する魔物と戦闘しながらの移動だったので、勇者はともかくエリンちゃんやファミィちゃんには休憩が必要。それに足がつぶれないように馬車馬の休息もかねて、今日はここで野営をするようだ。


 北の街まではあと数時間で到着するし、魔王軍の進行具合を考えれば、奴らが攻めてくる一日前には到着できるはず。


 普通の軍や精鋭隊からしたらあまりにも時間が足りないが、たった一日……いや半日であろうと闘う準備ができるのは、勇者パーティの特権といったところだろうか。




「……ふぅ。まさか野営前に戦闘するとは思わなかった」


 袖でグイっと額を拭いながら、聖剣を地面に刺して切り株に座った勇者が呟いた。焚火や夜食の準備で油断しているときを狙われたようだが、危なげなく魔物を撃退した。腐っても勇者といったところか。

 

「エリン、もう周囲に魔物はいないんだね?」


「はい。魔力索敵にも検知されませんし、辺り一帯は安全です」


「じゃあ……ふわぁっ……もう寝ようかな」


 そう言ってあくびをする勇者を見た瞬間、エリンちゃんが正座をした。……なんというか、期待を隠しているような表情をしながら。

 


「あっ、あのっ、勇者さま。よかったら……その、私の膝を枕にでも……」


 チラッ。


「え?」


 チラッ。


 ……何度も勇者の様子を窺うエリンちゃん。な、なんと大胆な。

 あーっ、そこ! なにちょっと嬉しそうな顔してんだアルト!


 ダメだからな。だめだめ。エリンちゃんは疲れてるんだから、ちゃんと横になって休まないとダメだ。てか膝枕とかマジでダメだぞ。俺の前でイチャつきやがったら呪い殺すからなアルト。


 俺はもはや必需品と化した紙にスラスラと文字を書き込み、アルトの顔に思いっきり貼り付けた。


「はいどうぞ!」


「ぶっ!? いてて……! ま、またか」


 痛む顔を抑えて若干呆れながら紙を確認するアルト。


【エリンちゃんに無理させたら聖剣の鞘で顔面をぶん殴ります よろしいですね?】


「いやよろしくないって!」


 叫びながらアルトが聖剣を抱きかかえた。またポルターガイストされたくなかったら、不用意に女の子に触れるのは控えるがいい。


 俺が勇者の目の前でふよふよ漂っていると、ファミィちゃんが地面に簡易的なシートを敷いた。流石に地面にそのまま寝転がったら体が痛くなってしまうし、野営の際はいつもこれの上で眠るらしい。


 当のファミィちゃんは、辺りをキョロキョロしながら聖剣を抱きかかえている勇者を見て呆れている。


「……はぁ。また見えない何かに遊ばれてるの?」


「やっぱり近くにいるみたいで……」


「そういえば、ファミィさんにもポルターガイストさんは見えないんですか?」


 ふとシスター少女に質問を振られたファミィちゃんは、目を閉じて首を振った。


「さっぱり。可視化魔法を強化すれば見えるかもしれないけど、今はそんな時間ないしね」


 そう言いながら魔法使いはシートの上に寝転がった。

 実際、俺のことが見えるようになったら、どうなるのだろうか。死ぬ前からファミィちゃんには嫌われてたっぽいし、やっぱり除霊とかされちゃうのかな。


 まぁ、もし見えるようになったら。


 とりあえずエリンちゃんに謝りたいな。死んだのは君のせいじゃないって、訂正もしておきたい。トラップなんて仕掛けたヤツが100パーセント悪いのだし、それなら怒りの矛先を魔王の幹部に向けることになるし、実際そうしてほしいところだ。


 

 ……さて、勇者パーティはみんな寝るようだけど、俺はどうしようかな。

 幽霊だからなのか、眠気は無い。だから睡眠は必要ないし、暖を取る必要もないから焚火のそばにいなくてもいい。


「んー。周囲の探索でもするか」


 呟いた俺はふわふわと浮遊しながら、野営地を離れた。エリンちゃんが魔力探知をしてくれたので探索の必要はないのだが、念には念を、だ。

 ……本当は暇なだけだけど。





★  ★  ★  ★  ★





 やばいやばいやばい。


「……で、どうかな?」


 にっこりと笑いながら、妖艶な表情で俺に顔を近づける白髪の少女。その行動は当然、俺が見えている事のなによりの証明だ。

 そして俺はというと、幽霊なのに地面に尻餅をついていた。


 どっ、どうしよう……!?




 ───遡ること数分前。周囲を探索していた俺は、不意に後ろから声をかけられた。俺は幽霊だし誰からも視認されないはずなので、その声を無視した。当然、俺に声をかけたわけじゃないと思ったからだ。

 しかしながらその声をかけてきた本人は、どうやら本当に俺に挨拶をしていたようで……。


 気がつけば、俺はその白髪の少女に押し倒されていた。ムッとした表情だったし、無視されて不機嫌になったのだろう。


 だが幽霊とはいえ、急に押し倒されたらビックリもする。そんな俺が彼女に文句を言おうと口を開いた瞬間──


『こんばんは、ラル・ソルドットさん。私は魔王! あなたを魔王軍にスカウトしに来たんだ!』


 満面の笑みで、そう告げた。




 ──時は現在に戻る。

 いやいやいや、なにそれ。現在に戻る、じゃないが。

 えっ、何? こんな可愛い女の子が、あの魔王? ていうか、魔王本人が俺をスカウト?


 ──???(理解不能)


「もしもーし、大丈夫ー?」


「うわっ」


 彼女に掌でペタペタと頬を触られ、我に返った。おてて柔らかくて温かい。……じゃなくて!!


 冷静に状況を分析すれば、女の子だという事を差し引いても、俺は勇者の宿敵である魔王に押し倒されていることになる。なんだそれヤベェな。

 


 とりあえず怒らせないように、尚且つ安全に事を運ばなければっ。


「えっと……その、なんで俺を?」


 遠慮がちに、呟くように質問した。


 何故見えているのか、なんて質問はしない。どうせこの世界には、俺の思っている以上に幽霊を視認できる奴は沢山いるのだろう。それが魔王となれば、不思議でもなんでもない。


 問題は俺をスカウトする理由だ。俺は生前有名だったわけでもないし、今はただのしがない幽霊。めちゃくちゃ強い特別な能力とかも持ってないし、俺を誘う理由が分からない。


 お互いの顔が超至近距離のまま、白髪の少女──魔王は不思議そうな顔をした。かわいい。いやそうじゃない。


「あれっ……もしかして、自分の価値わかってない?」


「そ、そんなこと言われても……」


 俺はただ狼狽するばかりだ。盗賊技術も幽霊のことも普通の人よりちょっと知ってる程度だ。

 一体俺の何が彼女の琴線に触れたのだろうか。



「うーん。じゃ、この際だから教えてあげる。実はね、幽霊体(ゴースト)ってかなり珍しいんだ。しかもキミみたいに物体に触れたりできる子なんてごくわずか」


「そうなの……」


「そうなの♪ ていうかラルちゃん、憑依(ポゼッション)も簡単にやってるみたいだけど……あれを使えるゴースト、キミ以外じゃ既に魔王軍を退役したおばあちゃん幽霊ぐらいしか見たことないよ」


 んふふ、と微笑みながら告げる魔王……ちゃん? いやこの呼び方はやめておこう。魔王でいいや。


 とにかく。彼女が言うに、幽霊は珍しいらしい。幽霊になってからまだ一日とはいえ、他の幽霊は今のところ見つけていないし、確かに数自体は少ないのかもしれないな。

 


 ……だっ、だとしても。

 そもそもの問題として、俺が魔王軍に入る理由が存在しない。いくら可愛い白髪女子に誘われても、あくまで勇者サイドの人間である俺は魔物にはなれない、というかなりたくない。


 そんな俺の意思が表情に現れてしまっていたのか、魔王は俺の顔をまじまじと見つめると、ゆっくりと俺の上から退いた。それどころか立ち上がるときに手を貸してもらってしまった。



 あわわ……自分以外の女の子の手、初めて握った……(童貞)(いや処女?)(謎は深まる)


「うーん、たしかにまだ魔王軍に入るメリットはないか。ラルちゃん、今は勇者くんと一緒に居たいらしいし」


 なななに言ってんだふじゃけるな!!


「バっババッバカなこと言わないでね!? 今はアイツが不安定っぽいから様子見てるだけだから! なんならアイツがちゃんと立ち直ったら魔王軍入ってもいいくらいだから!!」


「うわぁすっごい早口」


 クスクスと小さく笑う魔王。明らかに俺のことを軽く見ている。


 くっそう、この女舐めやがってぇ……! いじめるぞ! 憑依して三日ぐらいお風呂我慢するぞ! その綺麗な白髪ボサボサになってもいいのか!?



「まぁ、急がなくてもいっか。今日は一旦帰るよ」


「一生会いに来るな! お城に引きこもってろ!」


「またね~」


 俺の必死の抗議を無視して、魔王は手をヒラヒラさせながら魔法陣を通って何処かへ消えた。




 うぅ、一体なんだったんだ。魔王だのスカウトだのポゼッションだの、言うだけ言って帰りやがって。


 あんな綺麗で意地悪な女の子をこれから倒すなんて、勇者も大変だな。少し同情するぜ。


「あー、なんかダルい」


 魔王との遭遇イベントとかいう異常な体験をしてしまったので、かなり疲れた。

 もう野営地に戻ろう。事実だけ見れば魔王に出会ってしまったわけだし、これは勇者に相談しておかないと駄目だな。






「んぅっ、ゃぁっ、勇者さまぁ……!」


「………」


 戻ってきた俺の目に最初に映ったのは、同じシートの上で眠っているエリンちゃんとアルト。アルト側は寝惚けているのか、目を閉じて寝言を言いながらエリンちゃんの体をまさぐっている。


 右手は彼女の胸、右足は彼女の足の間、そして顔は超至近距離。エリンちゃんは若干抵抗しているものの、勇者の力が強いのか、離れることが出来ていない。


 少し恍惚とした表情で何やら期待しているようにも見えるのだが、おそらく気のせいだろう。


「……」

 

 鞘に収まっている聖剣を無言で持ち上げる。そして聖剣を引き抜き、本体を地面に捨てて鞘を両手で握った。そして二人の傍まで近寄り、鞘を使ってアルトからエリンちゃんをグイッと避難させる。


「……あっ、あれっ? もしかして……ポルターガイストさん?」

 

「………」


 そして勇者の上に立って鞘を両手で握りこみ、天高く鞘を掲げた。





 オデ ラッキースケベ ユルサナイ 





「死ねぇぇぇェェッッ!!!」


 思い切り振りかざした鞘は勇者の顔面にクリーンヒット。こうかは ばつぐんだ!


「ぶゲェッ!! ……えっ? えっ!? なに!?」


「魔王軍に入るぞコラァ──ッ!!」


 もう一発くらえ!


「ちょ、まっ──あガァッ!!」


 ふざけんなよお前ふざけんなよ!? マジで信じられねぇ死ね!

 俺が魔王と対峙して神経すり減らしながら頑張ってる間にお前はセクハラしてたのか! 年下の女の子に手ぇ出してたのか! ちゃっかり一緒に寝てたのかぁ──ッ!!


「ぽっ、ポルタ―ガイスト!? やめっ、なんで──い゛でぇ゛ぇ゛っ!!」



「バカ! 死ねバカ! ばかばかっ!! バ──カッ!!!」





お前きらい!!!

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