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ポルターガイストをくらえー!


 勇者のアジトに着いた俺はソファに座り込み、そこで憑依を解除した。あまりエリンちゃんの体を操り過ぎるのも良くないと思ったからだ。


 どうやら憑依は行った本人も対象にされた人間にも負担がかかるようで、俺は若干息切れ(幽霊なのに?)して、エリンちゃんはそのままソファで眠ってしまった。


 魔法使い……ファミィちゃんが「疲れてしまったのね」とか言ってエリンちゃんをベッドに運んだので、彼女はとりあえず大丈夫だろう。


 ちなみに言うと、幽霊は憑依した人間の記憶を辿ることが出来る。最初は動揺して名前を言えなかったが、しっかりとエリンちゃんの記憶を見ていけば、ファミィという名前は直ぐに知ることが出来た。


 まぁ、今回は共同墓地から退避する為に緊急的に憑依したので、これからはむやみに憑依をするべきではないかもしれない。記憶を見てしまうのは普通にプライバシーを覗いているのと同義だし、なにより俺自身がつかれてしまう。


 幽霊とかいう不安定な存在なのだし、あまり無茶はしない方がいいだろう。


「それにしても……まさか勇者が引きこもっているとは」


 ソファの上をふよふよと飛びながら、小さく呟く。エリンちゃんの記憶を読み取った際に、一番早く流れ込んできた情報がそれだ。

 どうやら思った以上にダメージを受けているようだが……。


「いやいや、それどころじゃないだろ」


 エリンちゃんの記憶にあったもう一つの事象を思い出し、首を振った。

 どうやら北方の街に、魔王軍の手先が侵攻してくるらしいのだ。北の街は軍などの戦力がほとんど存在しないし、手続きも経ずに最前線まで行って戦えるのは勇者だけだ。


 それに侵攻を阻止するには、今すぐにでも北の街へ向かわなければ間に合わない。それほどまでに時間が無い。


 というわけで、勇者には今すぐにでも脱ニートをしてもらわないと困るのだ。




「ここか」


 勇者の部屋の前に着いた。俺は幽霊なので、ドアをすり抜けて入ることが出来る。

 深呼吸をしてから扉を透過してと入室すると、中は悲惨な光景だった。

 

「うわぁ……」


 思わず声が出てしまう程度には、部屋が荒れている。いろいろなものが散らばっているし、壁には穴が空いているし、照明は割れている。しまいには、勇者の命と同等に大切なはずの聖剣が、無造作に床に転がっている。


 これは……呆れるなぁ。お前ちょっとナイーブ過ぎないか?


 目線をベッドの上に移せば、そこには膝を抱えて固まっている勇者が見える。彼の近くまで寄ってみると、目を開けていることは分かった。どうやら眠ってはいないようだ。


 それにしても、目つきが悪い。眼の下にクマめっちゃできてるぞ。


「おーい、勇者ー」


 ためしに声をかけてみたが、やはり聞こえてはいない。勇者といえども、死者の声は聞けないか。

 うーん、どうすっかな。なんとかコイツに発破をかけて動いてもらわないといけないんだけど……。



 何かないかな~と辺りを見渡していると、机の上に何かを見つけた。そこにあったのは白い紙とペンだ。

 ──そうか、筆談ならいけるな。


 思いついた俺はサラサラと紙に文章を書き、それを両手で持って勇者の目の前に突き付けた。

 彼からすれば白い紙が宙に浮いていることになるが、勇者はほんの少し怪訝な表情をしたものの、すぐに目を伏せてしまった。


【北の街に魔王軍の手先が来る 早く戦いに行け】


「……ファミィ、わざわざ透明化の魔法を使ってまで、僕にちょっかいを出しに来たのか?」


 ハッ、と力なく笑う勇者。なんか勘違いしてるけど、そこはどうでもいい。コイツに動いてもらわないと困るのだ。


 説得が必要だと感じ、紙に素早く文字を書き足していく。我ながら文字を書くスピードはかなり速いと自負しているので、ほぼ普通の会話と遜色ないテンポでコミュニケーションが取れるはずだ。


【なぜ動かない お前は勇者だろう】


「……キミに何がわかる」


【分かるわけない いい加減立ち直れ】


「──ッ゛!!」


 その文字を見た瞬間、怒りの形相に変わった勇者が立ち上がった。思わずビビって後ずさってしまった。

 なっ、なんだってんだ。


「ラルが……ラルが死んだんだぞッ! まだ戦えると思っているのか! 僕がッ!?」


「えっ、えぇ……?」


 なんでそんなキレてるの……。旅を邪魔してきた女盗賊が死んだだけだろ。

 いやまぁ、確かに勇者になる前から面識はあったけど。それでも仲良しとか、そういうわけじゃなかっただろうに。


「彼女はッ! 彼女はぁ……! 僕の……ボクの……っ」


 怒りに染まったかと思いきや、力なくへたり込む勇者。指先が震えていて、今にも泣きそうな表情になっている。


 なんだよ、大袈裟な。まるで家族や恋人が死んだみたいなリアクションしやがって。

 そんなに繊細な心の持ち主かよ、お前。


「……君は知らないだろう、ラルのことを」


「知ってるわ! 俺が本人だよ!」


「彼女とは昔からの仲だったんだ……旅の途中で出会っただけの、君たちとは違う」


「昔からの、って。お前なぁ……」


 わざわざ声に出して文句を言うが、彼には聞こえていない。

 おいおい、独白とかやめてくれよ。全部知ってるっつーの。




 

 簡単に言えば勇者───アルトとは、スラム時代からの知り合いだ。


 食い物の盗みがバレて大人にリンチにされた瀕死の俺を、偶然見つけたアルトが教会まで運んだ。

 そしてしばらく教会で介抱されて元気になった俺に、たびたび自分の親やシスターに内緒で食べ物を持ってきていた。


 一体何が彼の関心を引き付けたのかは分からないが、勇者を選定するあのダンジョンに入る前から盗人みたいな生活をしていた俺に、彼は何度も接触してきた。ムカつくくらいの、眩しい笑顔で。


 あのときの彼はいわゆる大人しい少年で、大胆な事をできる年頃では無かった。


 そんな時の彼が、わざわざ危険なスラム街まで訪れて、俺に食料を渡しに来ていたのだ。アルトから見て、弱虫な自分でも助けなきゃいけないほど、かわいそうな少女に見えていたのだろうか、俺は。





 ……なんかイライラしてきた。しつこいほど俺に構ってきて、そのうえで勇者の座を奪って、しまいには勇者の使命を放り投げて?

 何考えてんだコイツッ! 俺のことバカにしてんのか!?


【ふざけるな】


「……は?」


【死んだ人間を愚弄する気か それでも勇者か】


 目の前に浮かぶ紙を見て、アルトは僅かに動揺している。だがそんなこと、知った事では無い。

 怒りのあまり、ペンを動かす腕が速くなっている。まるでパソコンで文字を打つかのごとく、次々と素早く紙に文章を連ねていく。


【何でお前がいま生きてるのか考えてみろ ていうかシリアスな雰囲気で仲間を困らせるな つかさっさと北の街に行って魔王軍と戦え 民は勇者のこと待ってんだぞ】



「……ふぁ、ファミィ?」


【お前マジでふざけんなよ 落ち込んでる時間なんか物理的に存在しねえぞ いまにも魔王軍が攻めてこようとしてんのに ニートしてんじゃねぇぞ馬鹿アルト】


 次々と文章を書いた紙をアルトに投げつけていく。これでもかという程文章を詰め込んで、彼の顔に押し付ける。

 なにやら狼狽を隠せていないアルトだが、かまわず書いていく。おら、なにボサッとしてんだ!


「なっ、なんで……」(勇者になってから、誰にも名前を教えていないはずなのに、どうしてファミィが僕の名を──)


【ゴチャゴチャうるせぇ 早く動けよホラ ていうか部屋から出てけ バーカバーカ】


 書くだけ書いた後、近くにあった枕を掴んでアルトの顔にぶん投げた。怒りがなかなか収まらない。



 ──お前がこのまま引きこもって戦いに行かず、北の街が魔王軍に占領されちまったら、俺が死に損じゃねーか! お前いい加減にしろよ!?


「出てけ! 早く出ていけバーカ!!」


「うっ、うわっ!?」


 近くにあった時計、コップ、本、道具袋、靴、その他諸々の手に持てる物を全て彼に投げつけていく。説得とかまどろっこしいことなんてしてられねぇ。こうなったら俺流ポルターガイスト現象で、強制的にこの部屋から追い出してやる。


 おらっ、オラくらえっ! なんかヤバそうな宝玉とか煙玉とか椅子とかも投げてやる!


「いてっ! ちょ、ファミィっ、それは本当に危ないって!」



「うるっせぇな……! この──」


 ついでにこの転がってる聖剣もぉ!



「バカアルト──ッ!!」


「ワァァッ!?」


 俺が思いっきりぶん投げた聖剣をなんとかキャッチしたアルトだったが、勢い余って部屋の外へ転げまわった。その機を逃さず、俺はすぐさま部屋のドアを閉めて鍵をかけた。これでもう部屋に引きこもることはできない。



 紙とペンを持ってドアを透過して外へ出ると、階段をも転げ落ちたのか、アルトは一階のリビングで尻餅をついていた。

 彼の傍には焦った様子のファミィちゃんと、早くも目覚めたらしいエリンちゃんがいた。


「ちょっと勇者、どうしたの!?」


「……えっ、あれっ、ファミィ?」


「勇者さま大丈夫ですか!」


 どうやら三人揃ったようなので、これは好都合。俺はサラサラと紙に文章を書き記し、勇者パーティ三人の前にパラリと一枚の紙を落とした。それはちょうどアルトの手に渡り、その内容を三人が顔を寄せて確認する。

 



【ふはは、早く北の街に行って魔王軍を倒しにいくがいい! さもなくばお前らの生活をポルターガイストがおそうだろう~!】




「……勇者、これなに」


「ぼっ、僕にもさっぱり」


 アルトの隣の二人は怪訝な表情のまま固まっているが、数秒間紙を見つめた彼は、ゆっくりと立ち上がった。

 そして静かに上を見上げる。


「──でも、とりあえず……行かなきゃダメ、なんだろ?」


 そう言って空中に語りかけるアルト。はっはっは、残念だったな! 俺はそこじゃなくてお前の頭の上じゃい!

 まぁ、一旦は立ち直っただろ。まずはさっさと、北の魔王軍をやっつけるがいいさ。

 



「おらおら、早く行かないとまたポルターガイストするぞ~!」





まいったか!

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