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シスちゃん初めまして

山なし谷なし日常回


 魔力切れで倒れてしまった白髪の少女を連れ帰ってから、時間が経って現在は夜。


 俺とアルトは居間で待機しており、現在はトリデウスが別室で、つい先程目覚めた少女の検診を行ってもらっている。魔物の体の事は魔物に任せろと言われたので、とりあえずあの子のことはトリデウスに全て任せた。


 しかし、彼女を連れてきてしまったのは俺たちだ。このまま何もしないのは気が引ける。何かないだろうか───なんて考えていると、寝室からトリデウスが出てきた。途端、俺とアルトは椅子から立ち上がる。


「どうだったんだ、あの子?」


 俺がいの一番に口を開くと、トリデウスは軽く笑いながら肩を竦めた。


「なんて事ない、本当にただの魔力切れだったのだ。様子を見るにあの魔物、自らの魔力量を知らなかったようでな」


「じゃあ……体に異常とかはない感じ?」


「いたって健康さ」


 その言葉にホッと胸を撫で下ろす。

 助けた、なんて言葉を使うには烏滸がましい気がするけど、それでもやっぱり連れてきてよかった。魔力切れで動けなくなっていたから、山であのまま放っておいたら獣か何かに食われてたかもしれないし、強制連行は正解だったようだ。


 ひとまず安心して俺が座ると、アルトが低い声を発した。


「……素朴な疑問なんだけど」


「どうしたのだ?」


「あの子、何であんな状態で裏山を彷徨ってたんだろう。見るからに野生タイプの魔物ではなかったけど、旅ができるような装備は何一つ身に付けていなかった」


「ううん……」


 アルトの言葉を聞いて、顎に手を添えながら逡巡するショタ爺。

 少し間を置いて、再びトリデウスは口を開いた。


「……恐らくだが、彼女は“居住区”の出身なのではないかな」



 居住区──魔物が人間同様“普通に生活をしている”場所のこと。……らしい。俺も最近知ったばかりだ。


 魔物には大きく分けて『知性タイプ』と『野生タイプ』の二種類が存在する。まぁ、言葉の響き通りの違いだ。


 トリデウスや魔王のように言葉を使ったり魔法を使えるのが知性タイプ。聖剣のダンジョンで俺を襲った狼みたいな魔物が野生タイプといったところ。


 普通の動物と魔物の違いは、単純に魔力を持ってるか否かということだけだ。この世界は別に全ての生物が魔力を有しているわけではない。


 少し脱線したが、要するに先程の“居住区”という場所は知性タイプの魔物たちが生活をしている場所ということだ。そこでの生活は人間たちと大差ないと聞いている。


「何かしらあって家から追い出されたのかもしれん。身なりも綺麗で、魔法を使えて、しかし自らの魔力量を知らないという勉強不足、そして手ぶらでの旅。……多分、どこぞの教育途中の令嬢だったのだろう」


「貴族制とかあるなんて、知性魔物も人間と変わらないんだな───ぁっ、ていうかさ」


 少し気になったことがある。


「俺たちが倒したから魔王がいなくなった訳だけど、その……居住区の魔物とか、魔王軍の奴らとかは今どうなってるんだ?」


 魔王が死んだあとの魔物たちの事。魔王の呪いを解くことに精一杯で、その事を失念していた。

 俺のその質問に、意外にも早くトリデウスは答えてくれた。


「本来なら魔王様のご子息かご息女……最悪血縁関係のある者が跡継ぎになるのだが、あの方は子を生さなかったし、噂に聞く妹君も消息不明──果ては血縁者が存在しないときてしまってな。結局、魔王軍の中核にいた穏健派の魔物が新たな魔王になったよ。まだ二週間だが……上手くやってくれている。故に魔物たちも案外平和だ」


 彼なら人間といざこざを起こす心配もあるまい──そう言いながら、トリデウスはキッチンで自分のお茶を用意し始めた。


「そもそもお前たちが討ったあの魔王様が過激派を先導していただけで、本来なら人間と魔物が争う理由など無かったのだ。……もっとも、彼らも所詮は魔王様の玩具に過ぎなかったようだが」


 魔王が死んだことで過激派は鳴りを潜め、魔王の恐怖から解き放たれた穏健派の魔物たちによって、魔物社会は立ち直りかけている。そのうち人間たちとも共存できるよう尽力するだろう───と。


 別段何も解決はしていないが、少なくとも魔王がこの世を去った今、彼女が存命だった頃より戦いが悪化するような事はないだろう……だって。やっぱりアイツが元凶だったんじゃねぇか。ほんとに悪いヤツだなあの性悪女。



「──ラル、トリデウス、話を戻すけど……結局あの子はどうするんだい?」


 アルトの一言で話しが逆戻りした。でも今回はそれが本題の筈だったので助かる。


 魔物社会とか人間との確執とかよく分からんし、俺は魔王の呪いが解けて勇者パーティの皆とまた一緒にいられれば何でもいい。


 とにかく、今は目の前の事だ。


「俺が話してくるよ」


「大丈夫そう?」


「アルトより魔物と話した経験は豊富だからな。それに同じ女の方が警戒も薄れるだろ」


 白髪の子があの見た目で男の子だったら大失敗だけど、まぁ多分大丈夫でしょ。俺にまかせろー(バリバリー)




★  ★  ★  ★  ★





 寝室のドアを開けた先には、ベッドに腰掛けている白髪の少女がいた。意識もはっきりと回復しているようで、部屋に入ってきた俺を見た途端体を強張らせている。


「こんばんは」


「…………」


 返事はないものの、ただの警戒であって敵意はなさそうだ。黙ってるけど睨みつけているわけじゃない。


「そこ、座っていいかな?」


 ベッドの近くにはトリデウスが診察で使ったであろう椅子が置いてある。

 立ち話もなんだし、まずは同じ目線で話がしたいところだが。


「………どうぞ」


 ぼそり、と。掠れたような声音で彼女は返事をしてくれた。


「ありがとう、失礼するね」


 刺激しないようになるべく優しく、棘がないように話をしなければ。

 やさしく、やさーしくね。教会で俺を治してくれたあのシスターさんみたいにね。


「改めて、初めまして。お──」


 俺、と言いかけて止まった。もう今は女の俺が『俺』という一人称を使ったら、少女は違和感を覚えて警戒を強めてしまうかもしれない。


 アルトやトリデウスの前ではすっかり『俺』だけど、少女からすれば俺は普通に女な訳だし、親近感と言う面で考えてもこの子の前では『私』を使った方がいいのでは……?


 うん、そうしよう。『私』は使い慣れてないけど、前世じゃ話す相手によって僕とか俺とか使い分けてたし、これくらい造作もない。


「私はラル・ソルドット。良ければ君の名前を教えてくれない?」


 努めて明るく振る舞い、笑顔を張り付けて名前を聞いた。

 初対面の対応としては間違ってない筈。あの魔王ですら俺との初対面では元気よく挨拶してくれたんだから。


「…………シス、です」


「シスちゃん、でいいのかな」


 コクリと頷く白髪少女──シス。とても魔物らしいシンプルな名前だ。覚えやすくて助かる。


「ありがとう。そう呼ばせてもらうね」


「……はい」


 小さい声で返事をするシス。どうやら意思疎通は問題ないらしい。


 さてさて、まずは名前を聞いたわけだが……ここから俺はどうすればいいのか。


 想像以上にシスは出来た魔物というか、まともな子だ。敬語もしっかり使えるし、俺が人間だからといって取り乱すような事もない。

 

 ならば不安要素も大してないけど──教会のシスターさんに習うとすれば、こういう時は無闇に相手の事情を聞いてはいけない。


 何で魔力切れになるまで魔法使ったのーとか、何であんなところに一人でいたのーとか、目に見えた地雷は回避していかねば。死ぬほど落ち込んでいた奴がいるとして、俺がそれを荒治療できる存在はアルトだけだ。


「この辺には私たちしか住んでないから、安心して休むといいよ。追い出したりはしないから」


 ……いかん、優しい口調って難しい。今の言葉「動けるようになったらさっさと出ていけ」みたいな感じに聞こえてしまうかも。白髪少女も眉を顰めているしこれは良くない。


「えぇっと……!」


「…………」


「あっ、お、お腹減ってない!? 私料理はそこそこ出来る方だから、お腹減ってたら遠慮なく言って!」


「………少し、減ってます」


「ほんと!」


 会話続かなそうだったから助かった! よしご飯作ろう!


 くっそぅ……人生の九割を盗賊に費やしてた裏目がここにきて露骨に出てきやがった。まともな会話が続かねぇ。俺に出来る事はご飯を作ることだけだ。


「ちょっと待っててね、サッと簡単なもの作って来るから!」


 善は急げだ。早くキッチンへ行こう。



 ──そう思って椅子から立ち上がり、寝室のドアに手をかけた瞬間。



「あの」


 シスに呼び止められてしまった。何事かと思って振り返ると、そこには困惑したような、複雑な表情をした彼女がいる。


「何で……事情、聞かないんですか」


 先程よりは力のある声で告げるシス。その目もしっかりと俺を捉えている。


 何で──と言われても、そこは教会のシスターお姉さんからの受け売りだからとしか……いや、まぁそれを直接言うわけないんだけども。


「……君が話したくなったら、話してほしいかな。それまでは聞かないし、言いたくない秘密なら無理に言わなくてもいいよ」


「…………そう、ですか」


「俺たち──んんっ………私たちは君の味方だから。ここでは好きに過ごしてくれていいし──あんまり気張りすぎないでね」


 なるべく笑顔のまま伝えきって、俺は部屋を後にした。


 

 あの少女の抱えてる事情はもちろん気になるけど、見るからに精神的ダメージ多いっぽいし、無理強いはいけない。


 こういう時は北の街でアルトを励ましたとき同様、ほんわかとした雰囲気でそっと助け舟を出す程度が丁度いいんだ。


「おーいアルト」


「ん?」


 ソファに座っているアルトを呼んだ。すると彼は首だけをこっちに向ける。


 ──うん、初対面の魔物を相手にシスターの真似事は少し苦労したけど、アルトの顔を見たら元気出てきた。今朝はいろいろ空ぶったりもしたけど、まだまだ頑張れそうだ。


 まぁ、それはそれとしてコイツには頼るけど。


「夕飯、シスの分も一緒に作るから手伝って」


「シス? ……あぁ、あの白髪の子か」


 うん、わかった。そう言って俺と一緒にキッチンに並ぶアルト。そういえば一緒に料理したことってなかったかも。


 よーし、では初の勇者と盗賊のクッキングタイムを始めましょう。


「いくぞー」


「おー」



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