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二人で一人の勇者

 遺跡の最奥、その広場。


 数分前まで大勢の魔物が闊歩していたその空間は、今は静寂に支配されている。

 当然だ。何故ならこの場で息をしているのは、一人生き残った自分だけなのだから。


 いつも声が大きかったあの子も、殺し合いの中であろうと饒舌だった彼女も、自分の前で命を落とした。


 ……いや、僕自身が殺した。



 

 地面についていた両膝を動かし、ゆっくりと立ち上がる。

 ほんの少しだけ前に進んで、下を見てみた。


 そこには虚ろな瞳のまま息絶えた白髪の少女の死体がある。

 彼女の口角は吊り上がっていて、死ぬ寸前まで笑っていたことが分かった。


「……嫌なやつ」


 小さく悪態を呟きながら、彼女の衣服を漁り始める。

 上半身の衣服、腰、懐や首の後ろなど、あらゆる箇所を手で探った。


「これか」


 そうしていると彼女の腰回りに小さなポケットを見つけたので、そこへ手を伸ばしてみる。

 中を確認してみれば、案の定そこには紫色の鈍い光を発している魔石が収納されていた。



 きっとこれが、事前に聞いていたあの古代兵器だ。

 この魔石を使えば一度だけ、どんな望みも叶えられる。あまりにも馬鹿げた力が、こんなちっぽけな魔石に宿っている。


 当然、これが目的でここへ訪れたのだ。

 魔王が自分で呪いを解除しない以上、世界を覆っている彼女の魔法を破るにはこの魔石を使うしかない。



 彼女と約束していたんだ。

 魔王を下して、この魔石で世界を救おう……と。


「こんな物の為に……」


 掌に乗せた特別な小石を見つめながら呟く。

 

 彼女を殺して得たのは、この小さな魔石だけ。

 世界を救うためにもがいて、ようやく隣に立ってくれたあの子を消し去って、今こんな薄汚れた宝石を見つめている。


 わかっている、これが世界の呪いを解ける唯一の希望だということは。



 けれど、そんな希望を手にした筈なのに、何も感じない。

 目に見える殆どの光景が色を失っている。


 白黒の世界で唯一輝いているこの魔石が、鬱陶しく感じてしまった。



 もう、終わらせよう。この魔石を使えば全てが終わる。


「願いを……きけ」


 そう告げた瞬間、魔石から発されている紫色の光が強まった。

 僕の言葉に呼応した魔石の様子を見るに、いま願い事を言えばそれが実現されるのだろう。



 ──思い出すのは、ゼムスでの惨状。

 血眼になって自分の命を奪おうとする大勢の人間たち。

 思いを告げて自ら離脱していった仲間の三人。



 歪んだ世界。

 

 それを修復したいのなら、この魔石に告げればいい。



「ぼくの願いは───」






★  ★  ★  ★  ★






 黒い。

 前も後ろも、右も左も、上も下も全てが黒い。


 そんな黒くて光が一切存在しない暗い空間なのに、自分の体だけは鮮明に見える。


 まるで自分だけが光を浴びているかのように、暗い空間の中でハッキリと存在感を放っていた。


「……死後の世界、とか?」


 ボソリと呟いてみると、少しだけ自分の声が空間に響いた。



 冷静に考えれば、俺はトリデウスの遺跡で二度目の命を燃やし尽くした筈だ。

 今でもアルトの縋るようなあの表情が脳裏に焼き付いている。


 消えたあとに自分の意識があること自体驚きなのだが、明確に『どこかの空間』にいることも信じられなかった。


 前世で死んだときは、気がつけばあのファンタジー世界に女として生まれていたから、てっきり死んだらすぐに別の命として転生するもんだと思っていたが。



 頭の中に疑問を幾つも展開しながら、とりあえず足を動かしてみた。


「おっ、歩けるのか」


 足からしっかりと固い地面を踏みしめるような感触が伝わってくる。


 目指す場所も帰る家もないし、とにかく前に進むか。




「……ん?」


 数分ほど歩いていると、遠くに何かが見えた。

 歩いて近づきつつ目を凝らしてみて分かったが、そこには白い椅子とテーブルが置かれている。


 ついでに言えば、二つある椅子のうち、片方には誰かが座っている。


 近づいてくる俺の存在を感じ取ったのか、その人物は此方を向いて手を振ってきた。

 距離が遠くてその人物の顔がよく見えないので、とりあえず小走りでその場へ向かってみる。



 そうして、ようやくすぐ傍まで来た俺に、その人物が声をかけてきた。



 ……ちょっと、待って。


 何でコイツがここにいるんだ。



「おー、ラルじゃねぇか!」


「………じ、じいさん……?」



 目の前で白い椅子に座りながらテーブルの上の紅茶を飲んでいたのは、ボロボロの服を纏った初老の男性。

 顎全体を覆っている長い髭が特徴な、見るからに浮浪者染みた薄汚いおっさん。


 そこにいたのは、俺がまだ幼い頃に馬車に撥ねられて、無様に野垂れ死んだ義理の親父。


 スラムで捨てられた俺を育て、生きる術を教えてくれた、物好きな盗賊。



 ───ソルドットのじいさんだった。








「ギャーッハッハッハ! 十六歳で死んだのかよお前ザコすぎだろ!」


「うっ、うるせーな!」


 椅子に座った俺の前で大笑いするじいさん。

 俺の死んだ年齢を教えただけでこれだ。


 コイツ本当に嫌い……。


「オレが十六の時なんざ貴族相手にブイブイ言わせてた時期だぜ? かーっ、まったく! 人生これからって時にヘマしやがってクソガキ!」


「は? なめんな、テメーと違って魔王倒したんだよ」


「それで死んでりゃ世話ねーっての! 相討ちとか盗賊の恥さらしだぜ、ぎゃはは!」


「盗賊に恥も外聞もあるかよバーカ!」


 必死になって抗議してもすぐに言い返してくるじいさん。ああ言えばこう言う、そんな鬱陶しいタイプの人間だってことを忘れてた。



 俺を拾って育ててくれたのは事実なのだが、そこを差し引けばソルドットはそこら辺の盗賊となんら変わらないチンピラだ。


 それどころか盗賊の技術に関しては右に出る者がいないレベルなので、その分むしろ他の奴らよりタチが悪い。



 まぁ俺みたいな捨て子を育てる程度には、良心もあったみたいだが。 


「……それより、じいさん。ここはどこなんだよ」


「は? お前、察し悪いな。老人かよ」


「まだ十六だっつの!」


「ピーピーうるせーなぁ。……どう考えても、ここは死後の世界だろうが」


 後頭部をかきながら呆れたように言ってくるソルドット。

 彼のその言葉を聞いて、改めて自分が死んだのだと実感した。


 やっぱりここは死んだ後に訪れるような、特別な空間なんだ。

 そうでなけりゃ、俺がガキの頃に死んだコイツがここに居る理由が見つからない。



 ──つい、溜め息を吐いた。


 もしかしたらまた幽霊みたいになって戻れるんじゃないか……なんて一瞬考えたけど、それも夢に過ぎなかったようだ。

 

「はぁー……」


「なんだよ、大袈裟な溜め息なんかしやがって」


「いや、マジで死んだんだなぁって思ってさ。なんやかんやあって幽霊になったりもしたから、ちょっと期待してたんだ」


 ありのままの心境を吐露しながら、テーブルの上に置いてあったティーカップを手に取った。

 誰が用意した物かなんて知らないが、喉が渇いたので飲んじゃおう。


 ……あんまり美味くねぇな、これ。

 そういやこの世界に来てから、紅茶なんて飲んだことなかった。


 なんかティーポットの中が減らないし、どうやらここでは紅茶が飲み放題らしい。

 でもクソ不味いので、これならじいさんと話してる方がマシだ。


「じいさんはずっとこの変な場所にいたのか?」


「あ? ちげーよ。………ハァ、察しろ」


「えぇ……。んなこと言われても分かんねぇよ」


 首ひねって考えても、答えは出てこない。

 ずっとここに居た訳じゃないなら、じいさんは何処に居たんだ?

 


 少しの間逡巡して、ようやくそれらしい答えが思い浮かんだ。


「あっ、悪い事して天国から追い出されたんだろ!」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ」


「えー、じゃあ何?」


「あのなぁ、ちょっと考えたら分かるだろ。死んだ人間なんてごまんといるのに、都合よく俺がテメーの前にいた理由なんて」


 じいさん、なんだか本当に呆れてるような気がする。

 えっ、これ俺が悪いのか?

 

「……いや、わかんないし。勿体ぶってないで教えてくれよ」




「だー、もう! お前のこと迎えに来たんだよ!」




「えっ?」


 照れくさそうにしながら告げた彼の言葉を聞いて、呆気にとられてしまった。


 なんでそんなことを? そういった疑問が表情に出てしまったらしく、俺の顔を見たじいさんが言葉を続けた。


「これでも親だぞ。子供の迎えぐらい行くさ」


「……えっ、じいさんが? あの家事も料理も出来なくて臭くてイビキがうるさくて女にだらしなかったあのじいさんが?」


「言い過ぎだぞお前!?」


 俺の発言にキレて椅子から立ち上がるじいさん。

 すぐさま傍まで寄ってきて、俺の髪を両手でワシャワシャし始めた。


「わぁっ、やめろよ!」


「うるせぇ盗賊のくせにサラサラな髪とか綺麗な肌しやがって。ヘアケアとかスキンケアなんて教えてねぇぞ」


「………そ、そりゃ、人に見せるものだし……」


「何だ、いっちょまえに恋愛かぁ? マセてんねぇ」


「うーるーさーいー!」


 俺の頬を指でつつくじいさんに向かって叫ぶ。これじゃ俺が遊ばれてるだけだ。

 くっそ、子ども扱いしやがって。

 



 でも、いつのまにか、じいさんは笑っていた。

 ──気がつけば、俺も。



「……じゃあ俺、これからじいさんと地獄にでも行くのか」


「天国だ地獄だなんてものは───あぁ、いや、そうじゃないな」


「ん?」


 じいさんと同じように椅子から立ち上がると、彼がそっと俺の頭を撫でた。

 優しく丁寧に……まるで割れ物に触るかのような感触で、少しくすぐったい。



 ふと見上げて彼の顔をみてみれば、じいさんは優しい表情になっていた。


「おつかれさま。頑張ったな、ラル」


 そう言って俺の頭を撫でる彼の手は、ほのかに温かい。

 彼の労いの言葉と温かい手は、いつしか忘れていた、親からの愛情だった。


「……うん」


 それを受けた俺は嬉しくなってしまい、自然と顔がほころんだ。







「───あぁ?」


 すると、じいさんが珍妙な声を挙げた。


「ど、どうしたの?」


「いや……はぁ。おい、マジかよ」


 じいさんは俺ではなく、その後ろを見ているようだった。

 彼の行動に疑問を抱き、俺も振り返って後ろを見てみた。



 そこにあった──いや、飛んでいたのは『蝶』だった。


 蝶は体全体が眩く発光していて、一目でコイツがただの虫ではないという事が分かる。

 少し警戒し、身構えた。


 しかしそんな俺とは正反対に、じいさんは体から力が抜けるかのように肩を落とした。

 思わず彼の方に首を向けて、疑問の声を挙げる。


「じいさん、コイツは……!」


「………ラル……お前、罪な女だな」


「は、はぁ?」


 唐突に訳の分からないことを言い出すじいさん。

 言葉の意味が理解できず、呆然とする俺。



 すると、じいさんが俺の背中を押した。


「うわっ!」


 そのせいでバランスを崩しそうになり、数歩前に歩きながらなんとか体勢を立て直した。

 気がつけば、すぐ隣に先程の光っている蝶がいる。


 ……えっ、なに、どういうこと。



 未だに状況が飲み込めない俺に、じいさんが声をかけてきた。


「お前さぁ……自分のことを惚れた相手ぐらい、ちゃんとケジメつけてから死ねよな」


「な、何言ってんだよ」


「その蝶よく見てみろ」


 彼に顎で促され、横にいる蝶の方に首を向けた。

 ジッと、集中してその蝶を見つめてみる。



 すると、なんらかの映像の様なものが、脳内に流れ込んできた。




 見えるのは、俺が二度命を落とした、あの忌々しい遺跡の光景。


 その中央で、一人の少年が小さな小石を両手で握り締めながら、両膝を地面につかせて目を閉じている。


 まるで人間が神に祈りを捧げるかの如く、両手を深く握りこんで俯いている。



 

「あ、アルト……?」


「なんだ、アルトっつーのか。……そいつ、お前のこと呼んでるぞ」


「はぁ!?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら告げる彼の言葉に、つい大袈裟な反応をしてしまった。


 いや、でも、こればっかりは仕方ないだろ……!

 てかなに、え? 俺のことを呼んでるって?


「どゆこと」


「おおかた、古代兵器でも使って蘇らせようとしてんだろ。ほれ、もう転送始まってんぞ」


「えっ」


 じいさんの指差した方向、つまり下を見てみると───俺の足が消えかかっていた。

 それはまるで、幽霊としての俺が死ぬ時と同じような感覚で。


「なっ、なんで!?」


「しらねーよ。……まっ、何でも願いを叶えられるアイテムなんざ持ってたら、死んじまった好きな女を蘇らせるなんて───男のしそうなことだよなぁ」


 くっくっく、と小さく笑うじいさんの顔を見ていたら、なんだか腹が立ってきた。


 他人事だからって傍観しやがってクソ親父め……!



 てか、マジで言ってんのか?


 アルトあいつ、魔石の願い事を俺に使いやがったのか! 世界を救う唯一の希望を、俺に!?


 あぁもうっ、あの馬鹿……!


「アルトのやつ、勇者のくせに……何考えてんだ!」


「ギャハハハ! チビな盗賊が勇者の女房(ワイフ)かよ!? 出世したなぁオイ!」


「だっ、誰がワイフだぁ!」


 汚い笑い方をする彼に叫び散らしている間でさえ、無情にも転送は続いている。もう下半身が全て消えてしまった。



 ……マジでアイツ、魔石を『俺の復活』に使ったのか。

 何考えてんだよ! もしかしてアイツ、魔石は何回でも使えるって勘違いしてねぇか!?


 てか、これじゃ世界……魔王の呪いにかかったままじゃん。全世界の人間、勇者の敵のままじゃん!

 何でアイツはいつもいつも俺の言うこと聞かないんだぁ!?(半ギレ)

 

「じっ、じいさん! これってキャンセルできないかな──って、あ゛ぁ゛!? 手が消えてるぅ!」


「できるわけねーだろ。神話時代の法則改変できる古代兵器に抗えたら人間じゃねーよ」


「なに冷静に語ってんだよ!」


 顔を真っ赤に抗議してる間に、首から下までが全部消えた。

 これはつまり、俺の体が()()()に行ってるってことか……!


 やだやだ! だって詰んでるじゃん! 全人類が敵とかハードモードすぎるだろ!?

 魔王も死んじゃったし呪いどうすればいいんですか!(涙目)



「……えっ、やだ、消える! 来ちゃう! 三度目の人生来ちゃう!」


「生まれる! みたいに言うな。これもお前の責任だろ」


 ちょっとほんとに───あぁ口が消えた!


「……くくっ、ぎゃはは! 焦り過ぎだろお前!」


 なに笑ってんだてめー!? わっ、目も消える! 生き返っちゃう!


 うぅっ、じいさんの声ももう聞こえな─── 





「今度は長生きしやがれバーカ!」






★  ★  ★  ★  ★






 はい、転送されました。

 目の前には驚いた顔で膝立ちしてるアルトがいます。



 ……んー、とりあえず、コイツのほっぺ引っ張っておくか。



「………うぇ、ひっ、ひは(いた)い……」


「うっさい」


 なおも強く両方の頬を指で引っぱる。マジで千切れるんじゃねぇかってくらい、ひっぱる。


「ひへぇっ! ふぁふ(ラル)っ、やへへ(やめて)ぇ……!」


「だめー」


 もっと強く、まだまだ強く、更なる高みを目指して。ぐいーっと、コイツのほっぺたをゴムだと考えるんじゃよ。

 はい、ぐいぐい。ぐいーっ。


「え゛ぇ゛ぁ゛っ!! ひひへふ! ひひへふ(ちぎれる)ぅ!!」


「……しょうがないなぁ」


 涙目で抗議するアルトが少し可哀想になったので、頬から手を離してやった。

 もう彼の両頬は真っ赤だ。



 個人を取って世界を見捨てた代償としては安すぎるくらいだが、とりあえず制裁はこのくらいにしておこう。



 俺は軽く腰を折り、膝立ちをしているアルトに顔を近づけた。なるべく眉間に皺を寄せて。

 怒ってるんだぞ俺は。ほんとだぞ。


「おいアルト」


「……な、なに」


「自分が何をしたのか言ってみろ」


 俺の鬼のような雰囲気に気圧されたアルトは俯いてしまう。

 さらに俺が「んー?」とプレッシャーをかけてみれば、程なくして彼は口を開けた。



「ま、魔王の呪いを解かなかった」


「それで?」


「………多くの人々を敵に回したまま、私情を優先した……」


「あとは?」


 まるで問題を起こした生徒を問い詰める学校の先生のように、強めの口調で圧迫していく。

 その雰囲気に圧されつつ、アルトは小さく声を絞り出した。



「きみを……生き返ら、せた」



 沈鬱な面持ちで呟き、アルトは顔を伏せた。見るからに、叱責の言葉を待つ体勢だ。




 ──さて、ここまで聞いたわけだが。


 どうやらアルトが、自分がやった行為の意味を正しく理解していることは分かった。


 魔石のことも世界の事も、自分の思いを優先したことで状況が圧倒的に悪くなっている事も、薄々気がついてはいるだろう。


 まぁ、簡単に言ってしまえば、これは確信犯というやつになる。魔石のことを勘違いしていなかった点については安心したが。

 でも「知っててやった」とは「知らずにやった」よりタチが悪い。



 そこを加味して、俺は再び彼に問いただした。


「どうしてその選択肢を取った?」


「……それは」


 俺の質問に対して、言い淀むアルト。

 あえて急かさず、そのまま待ってみることにする。



 数十秒後、意を決したようにアルトは顔を上げた。その視線を、俺と重ね合わせている。


「エリンとファミィ……二人に言われたんだ」


「……? なにを」


()()()って。だから必ず生き延びるって、約束した」


 強い眼差しのままそう告げるアルト。

 しかしここで引くわけにはいかない。


「それが今の状況とどう関係がある?」


「あるさ!」


 急に叫ばれたことで、少し肩をビクつかせた。

 び、びっくりさせんなよ、もう。



 ……んん、なんとなくアルトが言いたいこと、察したぞ。

 お前まさか──って、だめだめ。ここは敢えて知らないフリだ。 


 彼の口からハッキリと聞かないと、意味が無い。


「何が言いたい」


 なので質問を使って促す。

 お前のことなんてお見通しだぞ。ほれ、言いたまえ。


「僕は……」


「ぼくは?」






「───もう一度きみを失ったら、僕は生きていけない」





 

 真っ直ぐ俺の目を見つめながら、臆面もなくそんな恥ずかしい言葉を言ってのけた。



 ……あー、うん、いや、その……。





 やっ、やっぱり!?



「きみがいてくれないと生きていけないんだ……! きみが必要なんだっ!」


 わっ、ちょっと、泣くなって……。

 これ以上はそんな必死に言わなくても大丈夫だってのに。


「分かってる、わかってるよ! ぼくは弱い人間なんだ……一人じゃとても生きていけない弱虫なんだ!」


「あの、アルト……」


「でもきみをっ!! ぼっ、ぼくはきみを───」




「わかったから、ちょっと黙ってろ」



 アルトの言葉を遮り、彼の頭を抱きしめた。



 寧ろむりやり喋れなくするかのように、強く抱きしめて俺の胸に押し当てる。

 しかしあまりにも急な出来事のせいか、アルトが狼狽してる。


「……っ!」


「分かってるから。それ以上は言わなくてもいい」


 あの世界でソルドットのじいさんにやって貰ったように、アルトの頭を優しく撫でる。

 安心感を与える為に、ゆっくりと、割れ物を扱うかのように丁寧に。 


 母親のように……とはいかないだろうけど、俺なりの包み方で彼を落ち着かせよう。



「大丈夫だからな。俺はここにいるぞ」


「………」


「暴れない暴れない。大人しく抱きしめられてろって」


 撫でるだけじゃなく、後頭部を軽くポンポンと叩いてやる。背中を叩いて安心感を与える要領だ。

 それをしばらく続けていると、次第にアルトから体の震えが抜けていった。


 

 ふふん、どうよ俺のリラックス術は。参考元は昔世話してくれた教会のシスターさんとさっきのじいさんだぞ。

 慈愛と優しさを受け取るがいい……!



 ん、これで俺の言葉もしっかり聞こえるだろ。


「アルト……確かに俺、ちょっとは怒ってる」


「………」


「でも、それだけじゃないよ」


 そう言いながら、ゆっくりと腕を解いて彼を解放する。

 そして右手で、アルトの前髪をかき上げた。



 見えたのは、戦いで負傷した傷だらけの額。


 そこの傷が少ない部分を軽く撫でて、顔を近づける。

 




 そして───彼の額にキスをした。





「ありがとう、アルト」



「………」


「ん、ちょっと鉄の味」


 口の中に伝わった赤い鉄分を感じつつ、ぱさりと彼の前髪をおろした。キスされた場所はそれで隠れる。これなら恥ずかしくないだろ。



 そのまま微笑みながら彼を見つめていると、アルトは口をパクパクさせながら唖然としていた。

 

 なんだよ、大袈裟なリアクションしやがって。

 トリデウスの隠れ家近くでサンドイッチ食べてたあの時なんか、キザったらしいこと言ってたくせに。


 はっは、まだまだ初心なやつだな。

 今回は俺の勝ちだ! まいったか!



「ほらアルト、早く立って」


「……えっ?」


「はーやーく」


 わざとらしく彼を急かし、立ち上がらせた。

 すると、俺を大きな影が覆った。


 俺が小さいってのもあるけど、やっぱりアルトも少し背ぇ高いな。


「ほら、手つないで」


「う、うん」


 差し出した俺の手を、動揺しつつ優しく握るアルト。

 それを確認してから俺は空いているもう片方の手で、胸ポケットから魔石を取り出した。


 これはトリデウスの隠れ家に通じる転移石だ。


 生き返ったら死ぬ時一緒に消えた筈のアイテムも元に戻る……だなんて、都合が良すぎる。

 まぁでも、そんな神話時代の『都合のいい』力で蘇ったんだから、それぐらいのアフターケアがあっても不思議じゃないか。




「よし、とりあえず帰ろうぜ」


「帰るって……彼の隠れ家に?」


「他にないでしょーが」


 展開した魔法陣に向かって、手を繋いで歩き出す二人。


 この世界で帰れる場所は、今の所トリデウスの隠れ家しかない。

 これ以上巻き込まない──とか決めてた気がするが、魔王も倒したし他に味方も居ない。多少図々しくても、しばらくは彼の所で厄介になるつもりだ。





「ねぇ、ラル」


「ん?」


 魔法陣を通った瞬間、アルトが声をかけてきた。

 俺が返事をする頃には、既に目の前に見覚えのある小屋と草原が見えていたので、魔石は正常だったと一安心。



「呪いの事……これからどうしよう」



 そう呟く彼の顔は、少しだけ暗い。自分の責任は理解していても、やはり不安なものは不安なのだろう。

 

 そんな人間に言ってやる言葉なんて、決まっている。

 わからない、なんて言ってはいけない。ここは見栄を張ってでも、彼を導くべきだから。



 ふっふん! まぁ、実は少し心当たりがあるんだけどな!


「前にアイツから聞いた話だと……魔王って妹がいるらしいぞ」


「え? 聞いてないんだけど」


「言ってなかったからな。とりあえず落ち着いたらさ、その妹ってやつを探そうぜ。もしかしたら呪いを解く方法も分かるかもだし」


 自信ありげに言い放ち、再び歩き出した。

 もういろいろありすぎて、疲れてしまった。めっちゃくちゃクタクタなので、早く休みたい。



 先行して歩きつつ、笑いながら彼の手を引いた。




「ほら、はやく帰ろ!」


「……うん」




 同じように笑ってくれた彼と一緒に、隠れ家へと向かっていく。

 友人には迷惑をかけてしまうが、俺と知り合ったのが運の尽きだと諦めて貰おう。



  

 そんな図々しい気持ちを抱きながら、ドアに手をかけた。

 



 ───あ、そうだ。


 急にドア開けてビックリさせてやろう。




「ただいまーっ!!」



「ぎゃああっ!! 敵襲なのだぁぁ!?」





まだ続くんじゃよ

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