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うっさいバーカ!

 まだ朝日が昇らない夜明け前。その最も世界が暗い時間帯に、俺は隠れ家近くの草原を散策していた。

 

 隠れ家に二人を置いて、なぜこんな場所にいるのか───その答えは目の前に()()


 草原の中心にある大きな木の根元で足を伸ばしながら座っている、白髪の少女。彼女の持つ赤い眼は、夜だというにも拘らずしっかりと俺の目を見つめていた。


 光る赤色の瞳……つい数時間前に嫌という程見せつけられたそれが、再び俺の前に現れている。

 その事実に辟易しつつ、俺はその少女の元までゆっくりと足を進めていった。


 近づく俺に、彼女は手を上げて声をかけてくる。

 彼女の『その言葉』を聞くのは、これで三度目だ。



「こんばんは!」


「……こんばんは」



 ウンザリするようなこの返事も、これで二度目である。



 隠れ家で眠るアルトを見ていた時、突然頭の中で声が響いた。

 いわゆるテレパシーというやつで、内容はこの場に訪れること。


 その声に従ってみれば、予想通りそこには魔王がいた。怪しげに微笑みながら、木の根元に座り込んで俺を待っている。


 遠すぎず、近づきすぎず、数メートルの距離を置いて俺は足を止めた。

 俺の近くに行きたくない意志には気がついているようで、彼女も「それ以上は来なくていい」と言う。


 その言葉に少し安堵し、俺は口を開いた。


「何で俺を呼んだ」


 その言葉に、魔王は微笑を浮かべたまま答える。


「たぶん次で最後だから、今のうちに伝えたい事があってね」


「伝えたいこと?」


 復唱して俺が首をかしげると、魔王は腰元から何かを取り出した。


 彼女が手に持ったそれは鈍い紫色の光を発しており、夜ということもあってその存在感は嫌という程伝わってくる。



 見た限り、それは魔石だった。

 ……でも、ソレはどこか見覚えがあるような気がして。



 頭の中に一つの心当たりが浮かんだ瞬間、俺は「あっ」と声を挙げた。

 その様子を見て、彼女は魔石を見ながら喋り始める。


「思い出したかな? これ、ラルちゃんが死んだ遺跡に置いてあった、あの魔石だよ」


「……何でそれをお前が持ってるんだ」


 俺がそう言うと、魔王は小さく笑った。まるで俺が冗談を言ったような雰囲気になり、居心地が悪くなる。


 ふと思い返してみれば、確かにパーティの皆はあの魔石を持っていなかった。

 その事はあまり気になっていなかったし、そもそもあの魔石の事など質問していない。



 魔王は手に持った魔石を持ち上げて月明かりに当てながら、仕方なさそうに喋る。


「勇者くんたちが魔石も回収しないまま遺跡を出たの、ラルちゃんが死んだからだよ。アイテムの回収とか、それどころじゃなくなっちゃったみたい。だから念のため私が回収しておきました~」


 魔石を持った手を振りながら首を傾ける魔王。


 相変わらず飄々としているその態度に嫌気が差す。こいつとまともに会話するべきではないと、脳が告げている。


 俺はわざと面倒くさそうな声音で、彼女の声を遮るように言葉を発した。


「その魔石がなんだってんだ。早く用件を言ってくれ」


「やーん、ラルちゃんせっかち。すぐに続きは話すってば」


 言い終えると魔王は腰を上げて立ち上がった。


 そしてその場で軽く跳躍し、木の上の方にある枝に着地してそこに座り込む。どうやら物理的にも見下したまま話をしたいらしい。


 睨みつけるように上を向いて魔王の顔を見れば、彼女はすぐさま口を開いた。



「むかしむかし、そのまた昔のことです。地上には神様の使いである、神秘の精霊という存在がいました」


 子供に昔話を読み聞かせるように、何かを語り出す魔王。


 突然何を言いだすんだ、なんて感情はもう湧かない。黙って話を聞いた方が、コイツとのコミュニケーションも直ぐに終わる筈だから。



「神秘の精霊はとても特別な存在です。力強い勇気や素晴らしい優しさを示した人間を大層気に入り、その人間には何でも一つだけ願い事を叶えてやる機会を与える、寛大な精霊でした」


 怪しく紫色に光る魔石を軽く上に投げては、落ちてくるそれを再び掴む。

 そんな遊びを繰り返しながら、魔王は話を続ける。


「しかし世の中には、昔からわるーい者たちがいました。人間も魔物も関係なく、精霊の力に魅了された悪しき者達は……恐ろしい計画を企てたのです」



 それが、これ。


 

 魔王は手に持った魔石を前に突きだし、それを俺に見せつけた。

 彼女の言っている意味を察することが出来ず、俺は怪訝な表情になる。


 それを見て、魔王は困ったような顔になった。

 察しが悪い子だね、とも言われた。うるさいですね……。


「要するにね、昔の人は神秘の精霊の力を抜き取って、その力を特別な魔石に封印したの。妖精に気に入られなくても……願い事を叶えられるように、ね」


「……えっ、ちょっと待て。じゃあその魔石って──」



「うんっ、そう! これは遥か古代に作られた神秘の魔石の……現存する最後の一つ。全ての法則を捻じ曲げてあらゆる事象を()()()()引き起こせる、古代兵器だよっ!」



 無邪気な笑顔でとんでもないことを暴露しやがる白髪少女。


 告げられた事実があまりにも突拍子もない事で、思わず唖然としてしまった。

 ぽかん、と口を開けたままの俺に、魔王は構わず話を続ける。


「はい、ここでクイズです」


「……くっ、クイズ?」


 俺が聞き返すと、魔王は魔石を懐にしまい込んだ。

 そして再び、その光る赤い瞳で俺と視線を重ね合わせる。


「私が全世界にかけた呪いは『私が死んでも』解呪されることはありません」


 当たり前のように、あっけらかんと告げる魔王。



 ……は?



「え?」



 俺の疑問の声を相槌と勘違いして、彼女は構わず続ける。


「そして私は何があってもこの魔法を解呪するつもりはありません。それこそ死の間際であっても、です。……さて、では世界中に蔓延した呪いを解呪するには、どうすればいいでしょーか!」


 回答時間は一分です、と続けた魔王はそこで話を止めた。



 ニコニコしたまま見下ろしてくる彼女の顔を見ていれば、先程の発言が本気だという意志が否が応でも伝わってくる。

 たとえ自分の命を天秤に掛けられたとしても、迷わず『解呪しない』選択をすると、そう言った。


 ではどうすれば呪いを解くことが出来るのか?

 その答えは考えるまでもない。先程からの会話の流れで、既に回答は出ているのだから。



 それにしても、なにあっさりと『全世界にかけた呪い』とか言ってるんだコイツ。

 本当にあの指パッチンで、あの街だけじゃなく全世界を操ったって言うのか?


 勿論、それがハッタリだという可能性もある。俺たちをビビらせたいだけなら、そういう嫌がらせも考え付くだろう。

 実は呪いにかかったのは水上都市の人間だけで、他の地域は無事……と、そこまで出た辺りで考えるのを止めた。


 相手は魔王、その手には世界を変えうる力を持った古代兵器。

 今更呪いの規模で嘘をつく必要がない。わざわざ確認しに行って痛い目に合うのも馬鹿らしい。



 はぁ、と深い溜め息を吐き、赤い瞳で俺を見下ろしている少女に答えを告げた。

 

「……お前を殺して神秘の魔石を奪う。そして魔石に呪いの解呪を願うんだ」


「ピンポーン! 大正解!」


 俺の答えに満足したのか、魔王は楽しそうに返事をした後、木の枝から飛び降りた。

 そして俺の目の前に着地して、笑顔で「賞品はないけどね!」と一方的に言ってくる。


 その態度に少しイラついたが、なんとか感情を表に出すことなく飲み込んだ。


 別に文句の一つや二つを言ったとしても、こいつは流すだろう。だが怒りを表したところで、どうせそれを逆手に取って煽ってくるだけだ。余計にストレスを感じる必要は無い。

 


「じゃ、言いたいことは伝えたし帰ろうかな」


 ジッと俺を見つめていた魔王はあっさりと視線を外し、自分の後ろに大きな魔法陣を展開した。以前にも見たことがある、転移の魔法陣だ。


 本当にマイペースな奴である。自分の用事が終われば、相手のことなど気にせず即退散。身勝手が過ぎる。



 彼女をこのまま帰すのは、なんだか負けた気分になる。……ほぼ負けているような状況だが。

 だが、なんだか気に食わない。問題には答えてやったんだし、俺も一つぐらい質問したっていいだろう。


 白髪を揺らしながら魔法陣へと歩を進める少女を、大きな声を挙げて呼び止めた。


「おいちょっと待て!」


「ん?」


 俺の声に反応し、魔王は足を止めた。

 そして振り返った彼女は、再びその赤い瞳で俺の目を見る。


 俺はそのまま言葉を続けた。


「何でこんなことをするんだ。勇者を苦しめるのが目的か? それとも俺をからかいたいだけなのか? ……お前、本当は何がしたいんだ」


 自分を見つめている赤い眼を睨み返しながらそう告げた。

 どうしても今、未だに不明瞭なこいつの『本当の目的』が聞きたかった。



 勇者を倒す。それなら俺をスカウトしに来た日にでも、寝込みを襲えば一発だった。

 人間に勝利する。そんなこと今回の洗脳を『勇者を殺す』ではなく『自分に従う』といったものに変えれば良いだけである。

 

 ……まさか、楽しみたいだけ、とか言わないよな。

 いや、コイツなら言いかねないけども。

 俺やアルトの苦しむさまを眺める為だけに、世界中の人間を操った……だなんて、いかにも魔王が言いそうなことだ。



 ゴチャゴチャと奴の目的を頭の中で勘ぐっていると、魔王は少しだけ目を伏せた。

 ほんのちょっとだけ迷っているかのように、下を見ながら無表情で逡巡している。


 気持ち悪いくらい無邪気な笑顔だったり、怪しげな微笑みだったりと、常に楽しそうで余裕あり気な雰囲気を崩さない魔王の意外な表情を目の当たりにし、思わず唾を飲んだ。端的に言って不気味だと感じたからだ。



 すると魔王は「まぁ、いっか」と極めて小さく呟くと、再びその赤い視線を俺と合わせた。

 その表情はいつも通りの、怪しげな笑みだ。



「私の目的は楽しんで死ぬことだよ」



 特に含みのある言い方ではなく、さも当然のことの様に言ってのける魔王。

 あまりにも普通に告げられ、言い返そうと考えていた言葉を忘れてしまった。


 つまり、俺は黙ってしまった。



 楽しむ。そこは予想通りだった。

 しかしながら『死ぬ』という部分が引っかかる。どうしてもこの部分が無視できない。

 楽しんで、死ぬ。その言葉の意味が分からず、何も言い返せなかった。



 そんな俺に構わず、彼女は続ける。


「実は私ね、妹がいるんだ。誰にでも優しくて虫も殺せないような、そんな子」


 俺が望んだ以上の情報を急に告白する少女。

 頭の整理が追いつかず、ただ彼女の言葉をそのまま聞くだけしかできない。


「でもちょっと事情があって。私が生きてる限りあの子は幸せになれないんだ。だから本当なら今すぐ死んでもいいぐらいなんだけど───」


 そこまで言いかけた辺りで、魔王は楽しそうな笑顔に変わった。

 その歪んだような笑みは、つい数時間前に見たあの醜悪な表情を思い出させる。


 

 自分の都合で世界を悪しき形に書き換え、それを楽しむ身勝手な悪魔の笑顔。



「それはそれとして、自分の人生も楽しみたいなって。だから一番良いのは───私が楽しいまま死ぬことなの! 壊れていく世界と必死な勇者くんも見れたし、中々楽しかったなぁ!」


 屈託のない笑みで言ってのける()()

 その発言と表情で、彼女が決して分かりあえない存在なのだとハッキリ認識させられた。


 自分が楽しむために世界を変え、その責任を取ることもなく身勝手に死ぬ。

 彼女がしたいと言っているのは、いわゆる勝ち逃げだ。自分にだけ都合がいい最高の選択肢。



 物申したい気持ちが込みあがってきて、俺の口は遂に開かれた。


「……じゃあお前、このあと勇者にわざと殺されるってことか?」


「え? 違うよ~」


 やだなぁ、ラルちゃんったら。そんな風に冗談めかしながら俺の胸の中心を指でつつく。

 何だか表現しきれない殺意がこみ上げてくるのを感じ、右手で彼女の指を振り払った。

 

 明らかな拒否反応と嫌悪の表情をされているにも拘らず、魔王は素知らぬ顔だ。


「私が死ぬのは『負けたとき』って決めてるから。本気で戦うつもりだし、勇者くんたちが私に勝てないようなら……また別の楽しみを見つけるだけだよ」


「別のって──あっ、おい!」


 俺が言いかけた辺りで魔王は踵を返し、魔法陣に向かって歩き出す。


 そしてその体が完全に魔法陣の中に溶け込む寸前に、彼女は振り返って大声を上げた。



「一週間後にあの遺跡の中で待ってるから! そこで決着つけようねー!」


 

 まるで子供同士が遊びの約束をするかのように無邪気にそう叫ぶと、その姿を魔法陣の奥へと消した。

 程なくして彼女が発生させた魔法陣は消え去り、その場には俺だけが残される。


 一週間後、あの遺跡で。

 その一方的に結ばれた約束は、恐らくタイムリミット。


 約束を破ったら……なんて考えるだけ無駄だ。

 どのみち、此方にはあの歪んだ子供の遊びに付き合う以外の道など、残されてはいないのだから。






★  ★  ★  ★  ★






 隠れ家に訪れてから半日。あの最悪な夜明けを迎えた日の、昼ごろ。  

 清々しいくらいに澄み渡る青空と、暖かな日差しを与えてくれる太陽。


 狂った人類と重苦しい状況に反して、世界は平和な晴天そのものだった。


 そんな青空のもとで、隠れ家近くの草原に腰を下ろしている少年が一人。彼がいるのは、数十時間前に魔王が座り込んでいた大樹の根元だ。


 木の枝から生え広がっている大きな葉がちょうど日陰になり、大樹の根元はちょうどいい休憩場所となっている。

 そこで涼しげな風を感じながら、少年──アルトはただ空を見上げていた。

 


 その様子を遠くから見ているのは、当然俺だ。


 今俺の手には少し大き目のバスケットが握られている。

 時間帯で言えば昼。そして彼はまだ昼食をとっていない。


 ということで、彼に食べてもらうためにサンドイッチを作ってきた。意外にもトリデウスの隠れ家は食材が豊富だったので、レパートリーと量は沢山ある。


 避難先と食料の提供……と、今回ばかりは彼に頭が上がらない。戻ったらアイツの分の昼食も作ってあげよう。

 

 

 頭の中で何の料理をするか考えつつ、バスケットを両手に持ってアルトのもとへ飛んだ。

 相変わらず彼はトリデウスの発明品を身に付けているので、近づいてくる俺にもすぐに気がついた。


 すっとアルトの隣に座り、前にバスケットを置く。

 程なくして、俺から自然に会話を切り出した。


「これ、昼飯作ってきたんだ、サンドイッチ。昔お前が作ってくれたやつより美味しいぞ」


 なるべく明るい声音で告げながら、バスケットの蓋を開いた。中には宣言通りサンドイッチがぎっしり詰めてあり、二人で食べるにしてもかなりの量だ。

 

 俺が開いたバスケットの中身を、アルトが覗いた。

 そして数秒ほど考えるような仕草を取った後、ボソッと声をかけてきた。


「……ラルって、ご飯食べられるの?」


「──あ゛っ」


 サンドイッチを手に取った瞬間に言われ、思わず変な声が出た。



 アルトに言われて思い出したが、俺は食べ物を口の中に運ぶことができない。入れようとした瞬間にすり抜けてしまうのだ。


 鼻歌なんか歌いながら夢中で料理をしていたので、その事を失念していた。

 つまりこの大量のサンドイッチは、全てアルトの分ということになる。


「ご、ごめん……残してくれていいから」


 申し訳なさそうに手に取ったサンドイッチをバスケットに戻そうと───した手を、アルトが握ってきた。

 急に手を握られ、思わずびっくりしてしまう。


「わっ! な、なに……?」


「食べるよ、全部」


 落ち着いた声音で言ったアルトは、俺の手からサンドイッチを優しく取った。

 そしてそれを口に運び、深く味わうように咀嚼をしている。


 そんな彼を、無意識に俺は観察し始めた。

 


 やつれた瞳、ボサボサの髪、瘡蓋になっている頬の切り傷。

 どれを見ても彼が普通の状態ではないとすぐに分かる。


 気絶してそのまま眠った彼は、何やら悪夢のようなものに晒されていた。今もまだ疲れている状態なのだろう。


 しかしアルトは何度もバスケットの中に手を伸ばし、黙々とサンドイッチを食べ続けている。

 


 ……無理をしているんじゃないか。そんな風に少し心配していると、アルトが噎せた。唾液などの水分をよく吸収するパンを勢いよく食べているせいだ。

 俺はすぐさまバスケットの中から水筒を取り出してアルトに手渡した


「ほら、水」


「んぐっ、けほっ! ……ごっ、ごめん」


「急いで食べなくてもいいって。今は他に誰もいないし、ここは落ち着いていい場所なんだから」


 軽くアルトの背中をさすりながら、宥める様に告げる。


 身も心も限界である今の彼に、強い言葉など言えるはずがない。

 エリンとファミィが助けてくれて、ユノアに託されたんだ。俺がアルトを支えないと。



「……ねぇ、ラル」


 水で喉の異物を流し込んで落ち着いたアルトが、ふと声をかけてきた。

 なんだ? と彼の方を向くと、その目は俺ではなく真っ直ぐに前を見つめていた。

 

 なおも疲れたような眼で、それでも力強く前を向いている。


「君に告げた通り、魔王が本当にあの遺跡で待っているなら……僕は迷わず戦いにいくよ」


「……アルト」


「だから、そんなに心配そうな顔しないで」


 優しくそう言ったアルトが、俺の方を向いて微笑んだ。どうやら今の俺の顔は、自分の想像以上に情けない表情になっていたらしい。

 

 


 今まで勇者として積み上げてきた信用も、街を救って得た大勢からの信頼も、苦楽を共にしてきた唯一無二の仲間たちすらも、その手から零れ落ちて。

 

 世界中の人間が自分の敵に回っても、折れずに戦うと言っている。もう一度立ち上がれると、そう告げている。


 でも、その瞼は僅かに揺れていて。その手は少しだけ震えていて。

 それだけで、彼が強がっているのだと分かった。無理をしているのだと、察することができた。

 きっと俺でなくても、パーティの皆なら気がつくだろう。近くにいた人間ならば、今の彼を見ればすぐに分かる。



 しかし、ここにあのパーティの皆は居ない。ここに居るのは、食べ物も食べられないし、ロクに戦えもしない、無力な幽霊(ゴースト)の俺だけだ。



 ──自分にできること。


 それを考えていたらいつの間にか俺は、隣に座っているアルトの手を握っていた。

 まだ残留する恐怖を表すその震えを抑え込むように、ぎゅうっと握る手に力を込めた。


「なぁ、アルト」


 声をかけ、真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。その瞼はまだ僅かに揺れている。その手は未だに震えている。

 俺が手を握ったとしても、完全に恐れが無くなるわけではないだろう。そんな事は当然だ。



 恐怖を消すことはできない。なら、一緒に背負うしかない。


 彼が強がるというのならば、俺も一緒に強がってやる。


 仲間がいないなら、託された分まで俺が一緒に戦う。



 今度こそ───アルトの隣で。



「勝手気ままなあのクソガキ、俺たちでぶっ倒そう」



 不敵な笑みを浮かべて、彼の瞳を見つめながら強く告げる。

 それを聞いたアルトも、すぐに強気な表情に変わった。


「あぁ、もちろん。必ず勝ってみせるさ」


 強く握っている俺の手を、彼も握り返す。

 そして再び正面を向いた彼に続いて、俺も真っ直ぐに前を見つめた。



 アルトには聖剣がある。俺にはこの身体がある。これだけあれば十分だ。

 きっと、大丈夫。俺たち二人なら。



 気分が高揚していく。

 止まった筈の心臓が、強く高鳴っている。


 ……死んでるはずなのに、顔が熱い。

 



「ラル。きみが隣にいてくれるのなら……僕は絶対に負けない」


「……う、うん」


 今だけは恥ずかしくても彼の言葉を受け入れなければ。

 いや、雰囲気的にバカとか言えないし……。


「きみがいれば、無限の力と勇気が湧いてくるよ」


「……ぅん」


 先程よりも小さい返事をした。恥ずかしいけど、返事ができてるだけ偉い。


「大切な人が手を握ってくれるだけで、こんなにも安心できるなんて知らなかった」


「………ぅ」


 アルトが安心できてるならそれに越したことはない。

 ……ない。ないったらない。ない……はず。


「まるで恐れを感じないよ。きみの存在が、僕の恐れを打ち消してくれるんだ」


「……」


 はず……はずぅ……。



「昔からきみには世話になってばかりだ。本当にありがとうラル。……今、僕の隣に居てくれることが、どれだけ嬉しい事か───」


「わっ、わぁーっ! うるさいうるさいっ! それ以上喋んなバーカ!!」


 

 ここで叫んだ俺は悪くない。

 ……俺はわるくない! お前ちょっとだまれ!?


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