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決してデートではないぞ ほんとだぞ

 王国の中でも三本の指に入る程の発展を遂げている、水上都市ゼムス。

 煌びやかな街並みや涼しげな海に、陽気で明るい街の人達……と、活気で言えば王国の中央都市よりも盛んに思える。


 そんな大都会で今、勇者パーティは憩いの時を過ごしていた。


 相変わらず魔王軍の動きは無く、凶悪な魔王の幹部たちも勇気ある冒険者たちの手で攻略されつつある。


 この世界で魔王と戦っているのは、なにもアルト達だけではない。

 聖剣を持たずとも魔を討たんとする彼らもまた、この世界の『勇者』なのだろう。




 ──つまり平たく言うと、特に忙しくないので勇者パーティは水上都市を観光してます。




「綺麗ですね~」


「うむ、流石は世界有数の水上都市だ」


 広場にある大きな噴水を見て感嘆の声を上げるエリンちゃんと、噴水近くで遊んでいる子供たちを微笑ましそうに眺めるユノア。あと俺。

 

 この水上都市にしばらく滞在することが決まったので、俺たち三人は食材の買い出しに駆り出されていた。


 滞在を決めたのは、なにもこの都会で遊び呆けるためではない。

 旅の道中で後々必要になるであろうアイテムの入手や、情報収集もかねてのことだ。


 まぁ、旅で散々傷ついた身体と心を癒す……という目的もあるので、一応ときたま遊んだりするのも目的には含まれている。



 これは世界を救うために散々命を懸けてきた彼らの、いわば長期休暇だ。

 勇者のパーティとはいえ、やはり人間。ストレスだって発散できるときにした方がいいに決まっている。


 ゼムスの人々も歓迎ムードだし、心置きなくリフレッシュもできるというものだ。



「あれ? ユノアさん、あそこに行列が……」


 噴水近くのベンチで一休みをしていたエリンちゃんが指差したのは、とある喫茶店だ。

 なにやら建物外にまで行列が伸びており、一目で大繁盛しているのがすぐに分かる。



 少し気になったので、俺たち三人は噴水広場からその喫茶店の近くまで移動した。


 そこには──


「ゆうく~ん、楽しみだねぇ!」


「うん! 早く食べてみたいなぁ」


 なんというか、若いカップルが多く見受けられた。


 店の外にある張り紙をよく見れば、そこには『限定メニュー登場! スペシャルパフェとアルティメットパンケーキはカップル限定!!』との宣伝文が。



 ……スペシャルパフェは、まぁ無難な名前だと思うんだけども。


 なんだアルティメットパンケーキって。美味しそうというよりめっちゃ強そうなイメージ持っちゃうじゃねぇか。カップルが注文するようなスイーツの名前じゃねぇぞ。


 

 少し怪訝な顔をしながらも、店内から漂ってくる甘い匂いが鼻腔を通り抜け、思わず心が刺激されてしまった。

 そんな蜜に誘われたカブトムシのように、俺とエリンちゃんは窓に張り付いて店内の様子を窺った。

 

「うわぁー、おいしそう」


「うまそう」


 つい声が重なるシスターと幽霊。俺の声は聞こえてないだろうけど。


 店内のカップル席のテーブルに置かれていたのは、そこそこ大きい器に盛られたパフェと、思わず涎が出てしまいそうになるほど甘そうなトッピングがされているパンケーキだった。


 おそらくアレがスペシャルメニューという奴なのだろうが……あのかわいらしくて美味しそうなパンケーキに『アルティメット』だとか変な名前付けた店主は、確実にネーミングセンスないな。

 


 それにしても、美味しそうだなぁ。


「私も食べたいなぁ」


「俺も~」(便乗)


 エリンちゃんに便乗しながら店内を眺めていると、奥の方のテーブル席に、女の子の二人組が見えた。

 横のシスター少女も気がついたみたいだが、あの二人もカップルのようだ。その証拠に、二人とも例のスペシャルメニューを吟味しながら談笑している。


  

 確かに男女限定とは書かれてなかったしな……なんて考えていると、俺たち二人の後ろにいたユノアが「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。

 

「そういえば……ファミィもこの店のスペシャルメニューが気になるとか言っていたな。なにやら自分の姿が男性の様に見えるようになる魔法も練習していたし……エリンも連れて行こうかな、なんて呟いていたぞ」


 本当ですか! と振り返ってユノアの方を向くエリンちゃん。

 自分もスペシャルメニューにありつけると分かった金髪少女は目を輝かせているが、そこで少し疑問が思い浮かんだ俺はユノアに質問した。


「女の子同士の人たちもいるし、そのままの姿でカップルだって嘘つくのはダメなのか?」


「エリンとファミィでは歳の差のせいで、姉妹のようにも見えてしまうからな。ファミィが男性に変身して顔の似ていない男女同士になれば、せいぜい身長差のあるカップル程度の認識になると踏んだのだろう」



 はぇー、細かい。抜かりねぇな。

 ついでに一緒にエリンちゃんも連れて行く予定だったなんて、姉貴肌すぎる。ステキ!


 いいなぁスペシャルメニュー。

 ……まぁ、これも生者の特権か。食べたかったけど仕方がない。



 幽霊である俺は、ものを食べることが出来ない。



 一応何か食べ物を食べようと試してみたことはあったけども、どれも口の中に入れた瞬間にすり抜けてしまって味わうことなんて出来なかった。

 集中すれば物体に触れたり誰かを抱きかかえることもできるのに、妙なところで幽霊らしいな、とは思う。


 

 できることは多くても、やっぱりゴーストはゴーストだ。美味しそうなスイーツは潔く諦めよう。



「……ん?」


 上機嫌なエリンちゃんを眺めていると、ユノアがジッと俺を見つめていることに気がついた。


「ユノア、どした?」


「……ふむ」


 手を顎に添え、目を伏せて何かを考え込むような様子を見せる女騎士。


 その不可解な行動に首をかしげると、程なくしてユノアが近づいてきて、ボソッと俺の耳元で囁いた。



「帰ったら、話がある」


「え? ……ぅ、うん」



 小さな声で取り敢えずの了承を伝えると、ユノアは「さ、そろそろ帰ろう」と食料の入った紙袋を持ち直した。

 俺とエリンちゃんも同様に紙袋を持って彼女の後を追う。



 そうして見えてきたユノアの顔は、なにやら得意げな表情だった。





★  ★  ★  ★  ★





 翌日の昼。俺はユノアの体に憑依して噴水広場のベンチに座っており、隣には私服のアルトがいた。

 噴水広場には複数のカップルが散見され、はたから見れば俺たちも一組のカップルに見えなくもない。



 うん? おかしいね、なんだろうねこれ。



「……あの、ユノア──じゃなかった。えっと、ゴースト。なんだか顔が赤いけど……具合でも悪いのかい?」


「へっ? あぁっ、いや、何でもないぞ? ただちょっと暑いかなーって、ハハハ……」


 あからさまな棒読みで取り繕ったが、自分が動揺して赤面状態なのは既に把握している。


 おちつけ、おちつけー……すぅ、はぁ、よし。


 狼狽していたが、何回か深呼吸をして、少しは落ち着いた。


 そして近くでカップルがキスをしやがったのでまた狼狽した。

 こらーっ! バカーっ!!(八つ当たり)



 こんなところに留まっていたら心臓が持たない。

 とりあえず、まずはこんなバカップルだらけの地獄から逃げよう。


「まだあのカフェが開くまでは時間あるけど、とりあえず移動しようぜ」


 そう言いながらベンチから立ち上がる俺。うんうん、かなり自然に言葉が出たな。

 不自然なところはないし、緊張もバレてない。ふふん。


「わかった。そうしようか」(なんかすごく早口だったけど……緊張してるのかな)


 アルトが苦笑いしてるのも、きっと気のせいだ。

 ユノアの体を借りてるわけだし、クールな女に見えてるはず。……はずっ!


 


 ───遡ること一日前。

 拠点に戻ってきた俺にユノアが提案してきたのは、スペシャルメニューが食べたいなら私の体を使えばいい──というものだった。


 幽霊の俺からすれば、それはもう魅力的な提案だったさ。

 それに今のユノアの精神力なら、半日以上俺が憑依しても問題ないと、山奥の呪術師からも太鼓判を押された。

 そんなわけで、俺は安心して彼女の体を借りることができたのだった。

 

 でも、肝心のスペシャルメニューが『カップル限定』だってことを、すっかり忘れていた。

 ユノアが体を貸してくれても、一人じゃアレにはたどり着けない。

 個人的には他の美味しそうなものでも構わなかったのだが、それでは折角肉体を貸してくれたユノアに申し訳ない。


 

 ……というわけで、男であるアルトに来てもらった。



 いやいや、最初は俺も反対したんだけどね?

 他に選択肢なんかないだろうって、ユノアに圧力をかけられたから、仕方なく折れました。


 体を借りるわけだし、俺もそこまでワガママは言えない。

 それに知り合いの男性なんて、こいつの他にはあのショタか妻子持ちの副団長さんしかいないし、消去法でアルトになるのは当然だ。俺の意思じゃない。……ほんとだぞ!



 

 はい、回想終わり。とにかくこれは仕方のない事なので、間違っても俺がアルトと『デート』をしているわけではないのです。


 コイツとは恋人じゃないし、そもそも傍から見れば俺はユノアだ。

 アルトにも俺が憑依していると伝えているので、間違っても俺とアルトが『デート』をしてるなんて勘違いする奴はいない。うん、安心。


 

 今は噴水広場から移動して、喫茶店の前に並んでいる。

 開店はもう少し先だが、既に四組くらいのカップルが列を作っているので、混み合う前に並んでしまった方が良いからだ。


「ゆうく~ん♪ えへへっ」


「楽しみだねぇ」


 俺たちの目の前にいるカップルがイチャついてやがる。

 まぁ、本来この場には本当のカップルしか居てはいけないので、文句を言うのはお門違いだ。

 ていうか君たち昨日もいなかった?



「ゴースト、あと五分で開店だって」


「ふーん。今日は思ったより混んでなかったな」


 アルトと会話しながら後ろを見ても、俺たちが最後尾だ。どうやら今日は混雑しない日らしい。


 正直安心した。目の前の四組いるカップルたちだけでもかなりダメージがデカいので、昨日ほど混んでいたら……耐え切れずに成仏していた可能性すらある。



 ジッと開店の時を待っていると、店内から女性店員が一人出てきた。

 その手には大きめな写真機を持っており、前列のカップルたちを撮影している。


 どうやらその場で写真が印刷されるタイプのカメラのようだ。

 写真撮影を終えた後に出てきた写真をカップルたちに渡している。


 写真を取られているカップルたちは頬にキスをするポーズやらなにやらしていて、かなり恥ずかしい写真ばかりだ。

 



 ──あっ、忘れてた。

 昨日ファミィに言われてたんだった。


『──あそこのカフェの店員、一人だけ勘が鋭い奴がいるのよ。なにやらカップルらしいラブラブな雰囲気の写真を撮らせて、本当の恋人同士なのかを審査するらしいの』


【それじゃあ、ファミィたちも厳しいんじゃ】


『私たちは散々練習したし、元々仲良しだからほっぺにチューするくらい余裕よ。相手はエリンだし。それより、あんたは真正面から彼女を騙さないといけないんだから、気張りなさい───』



 だとかなんとか。




 ……よっ、余裕だが? 昨日の夜は散々イメージトレーニングしたし、むしろ俺がアルトをリードしてやるんだが?



 噂の女店員は既に俺たちのひとつ前のカップルの撮影を始めている。時間ないし、それとなーく予定通りにやろう。


 俺がイメトレしたのは、まず自分から先に手を握ってやることだ。

 急な不意打ちに動揺するがいい、勇者め。


 さらにアルトへ体を寄せることで、恋人特有の距離の近さを演出する。大抵の場合はこれで大丈夫なはずだ。



 しかし予想以上に女性店員が強敵だった場合。

 ……あまり気は進まないが、腕を組んで密着することにしている。胸だって押し当ててやれば流石に大丈夫だろう。



「ゴースト、そろそろ僕たちの番だけど」


「ひゃいっ!? えっ……あ、うん、分かってるぞっ」


 急に話しかけられて吃驚してしまった。

 いつのまにか、目の前では取り終えた写真を店員とカップルが確認している。

 

 うわぁ、やばい、マジで目の前じゃん。

 一瞬でも怪しまれたらおしまいだ。本当のカップルみたいに見せるなら、店員が此方を見る前から手ぐらいは繋いでおかないと。



 そー……っとアルトの手に、俺の手を伸ばす。うぅ、緊張で手がぷるぷるしてるぅ……!

 余裕だ、こんなの簡単さ。アルトの手を握るくらい、造作もないぜ。簡単かんたん。


「かっ、かんたん……!」


 そして伸ばした指先が彼の手に触れ───思わず手を引っ込めてしまった。ぎゃあ! 何やってんだ俺!

 やばいヤバイやばい、もう店員がこっち向いちゃう。


 くっ! 手を握るだけ、それだけなんだ。昨日もイメトレしたじゃないか。


 ……う、うーん。あの、やっぱり駄目じゃないかな? アルト、今日は帰らない? また日を改めて後日にでも──




「ごめんゴースト、手を握るよ」(このままじゃバレる……!)


「ふぇっ?」


 ぷるぷると行き場を失っていた俺の右手を、アルトが急に掴んできた。



 その瞬間、俺の顔に火がついたような気がした。



「おまたせ致しました。お客様たちも写真撮影を……」(むっ、この雰囲気……さてはカップルでは無いな……)


「はい、宜しくお願いします」


 おいっ、そんな強く握り直すなって! 店員見てるから!

 なんかめっちゃ鋭い眼してるし、もう絶対バレてるからぁ!



「……はい、ではお好きなポーズを」(ふむ。なるほど、なかなか興味深い。この初々しさ、試してみる価値はあるか)


 えぇっ、門前払いが来ない。なんか店員があからさまな作り笑顔してるぅ……ナンデェ?

 

 ……ぐっ、ぐぬぬ。これはチャンスなのか。そうなのか。

 ここで踏ん張れば、あの美味しそうなスイーツたちにありつけるのか。ここが頑張りどころなのか。



 いまこの場でやるしかないのか!

 




「……えっ、えへへっ! おれ──(じゃなくて!) わっ、わたしはこのポーズがいいなぁ!」(ええい、どうにでもなれ!)


 全力の笑顔をしながら、アルトの左腕を抱きしめるようにして密着してみせた。



 ──その瞬間、アルトが顔を寄せてきた。



「も゛っ、………もう~! アルくんたら~♪」(ぎゃあぁっ! 近いよお前! 冷や汗止まらないよお前ッ!?)


「あはは。せっかく撮って貰うなら良い写真にしないとね」(店員の表情を見るに……もう少しくっついた方がいいか)


「大胆なアルくん♪ ちょっと恥ずかしいよぉ♡」(無理ぃ!! おれしぬ! 死んでるけどしぬぅ!!)




「……はい、チーズ」(───理解した(わかった)ぜ、そういうことか。……うん、普通のカップル以上にアレすぎて胃もたれするレベルですね。ごちそうさまでした)






 撮影後、もはや顔の熱が限界を超えてしまった俺を支えつつ、アルトと一緒に店内へ入れた。

 スペシャルメニューは美味しかったけど、こんな事もう二度とやらない。



「ゴースト、美味しい?」


「うるせぇばーか!!」(美味しいよ♪)




このあと(店員の圧力で)めちゃくちゃ『あーん』した

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