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夜話  作者: 篁頼征
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茅生が宿



 このような夜更けに、はて、何の御用でございましょうか、お坊様。人を尋ねて道に迷ってしまわれた。それはお気の毒様でございました。おまけにこの生憎の雨。お体も冷えてしまわれたことでしょう。ご覧の通りの賤が家。その日をやっと食べていくばかりの貧しい暮しで、大したおもてなしもできませぬが、雨風くらいは何とかしのげましょう。ささ、火の傍へ。お口汚しではございますが、どうぞこれを。少しは体も温まりましょう。…左様でございますか。ありがとうございまする。はい、ここいらに人は住んではおりませぬ。ええ、この婆くらいでございましょうとも。隣近所は皆、貉狸狐の類でございますが。時折ちょっとした悪ふざけをするくらいで、別段困ってもおりませぬ。ええ、騙そうとして必死に化けても狸などは尻尾がひょこんと出ておりますし、狐などはどうしても目が…。ほほほ。却ってわたくしの気鬱を晴らしてくれようとしているようでございますよ。こちらも木石ではございませぬゆえ、稀に芋などを馳走も致します。ええ、良いお隣様方でございますとも。


 時にお坊様。この荒地には、これより先は山ばかり。とてもお坊様のような方が行かれるような場所では…。お人を捜していらっしゃる。ああ、左様でございましたな。それは難儀でございましたでしょうね。はい、はい。年の頃四十ばかりの女性でございますか。左目の下に黒子と、手首の内側に赤い痣でございまするか。そのような方がいらっしゃったかどうか…。ええでも少しお待ち下さいまし。十年程前でございましたか。そう、十年程前の夜に三十ほどの女性が一夜の宿をと扉を叩かれたように存じます。ええ、このような荒れ家、お客様など滅多に来るものではございませぬゆえ、良く憶えておりますとも。そう、立ち姿のすっきりした女性でした。左目の下に少し目立つ黒子が。手首の内側に痣があったかどうかまでは憶えておりませぬが、たいそう人目を引く面立ちの方でございましたよ。たしか、麓の村の男を尋ねてきて、道に迷ったとか。言い交わした仲だと申しておりましたが、恐らくは男に騙され捨てられたのでしょうなぁ。嫁き遅れか出戻りか、心の焦りを男に付け込まれたものかと思えました。漸く探し当てた男は妻子が。

 え、何とおっしゃいましたか。その女性の話を聴きたいと。秋の夜長、物語に宜しゅうございますけれども。それでは、些か気は進まぬながら、お坊様の無聊をお慰めさせて頂きましょう。




 女は、近江の国の生まれだったと申しました。隣家の息子とは筒井筒の仲で、両親はもっと後ろ盾のしっかりした家をと望んだけれども。本人が好きなら仕方ないということで結婚を許して貰ったと。そう申しておりました。結婚して数年は仲睦まじく過ごしていたようですが、女の両親が亡くなってしまうと、暮しも早傾いて…。両人の愛情が変わらなかったのが幸いと言えましょうが、そればかりでは暮していけませぬ。男は都へ出て商売をすると言い、女を一人残して家を出たそうでございます。そして来る日も来る日も男の帰りを待っておりましたところが、男は京の近くで新たな妻を見付け、勝手に女を離縁したと。そう、その男がさきの妻子持ちの男だったと言うのでございまするが。男は全く逆のことを申していたそうで。ええ、それは隣家の狐に教えて貰いましたとも。ほほ。

 男に捨てられた女がどうなったか、でございますか。はい、一旦はこの家に戻って参りました。行くところがなくなってしまった。と申しておりましたが。数日程ここにおりまして、それからどこかへ行ってしまいました。困った時はお互い様、宛てがないならここにとは申したのですが。ある朝、荷物をまとめ部屋を掃き清めて去って行ってしまいました。その後のことでございますか。その女のことは知りませぬ。ただ、女を誑かした男が、一夜狐に化かされて、宴会に招かれたと聴き及びましてございます。なんでも、男は類稀な馳走だと思って食べたところが、狐の…いえいえ、かようなことは尊い御仏にお仕えなさるお坊様にはとても申しあげられるものではございませぬ。どうかどうか、お許しを。さだめし、女を哀れに思った信太のお狐様が、きっと天罰を下されたのでありましょうなぁ。この婆はそう思っておりますのじゃ。もう夜も更けましてございます。明日はお早くお立ちでございまするか。それではそろそろ休むことと致しましょう。


 え。何をおっしゃいます。この婆が、その女ではないかと?

 左目の下に、黒子が見えると?

 まあまあ。そのようなお戯れを。それではこの婆はまだ四十ということになりまするか。ほほほ。

 おお、月が出てまいりましたな。夜風もめっきり秋めいて。十年一昔とは申しますれど、ほんに昔のことは夢のようでございますなぁ。

秋だよなぁと思ったら移動させる小説がこれしか思い浮かびませんでした。

篁文箱からの転載です。


昔の日本人の平均寿命はだいたいが四十から五十歳くらい。

とすると四十代はそろそろ晩年ですね。

因みに平安貴族女性は運動がほぼ出来なかったことが祟ってるのだと思われますが、比較的短命です。長寿だったので有名なのは一条天皇の中宮彰子でしょうか。源氏物語の紫式部が仕えた女性です。

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