播州弁才女
「定期テスト」、正式名称第2学期中間考査。
それは夏休み課題を何とか乗り越え2学期を迎えた生徒に対し、無慈悲にも襲い掛かる災難である。
鍵谷が転校して3日目、僕、北沢翔もその災いの渦中にいた。
朝起きたら、少し遅く起きた様で急いで朝ご飯を食べて歯を磨いて学校に行く。電車は一つ遅れてしまったが遅刻することはない時間なので少ししか心配しなかった。
しかし僕はこの時点で怠惰を2つ犯していた。
1つ目、昨日ぼんやりとその意識があったにもかかわらず、今日からテスト週間だということを忘れていたこと。
2つ目は、そのためテスト勉強に必要な課題類をほとんど家に置き忘れてしまったことである。
過ちに気付いたのは電車に乗った後だった。いつも音楽を聴いているので周りの音はあまり気にしないのだが、電車が最寄り駅に到着する直前、ふとイヤホンを外すと、2年生の先輩だろうか、しきりにテスト週間という言葉が会話の中で流れているらしいことに気付いた。
僕は大変それを聞いてハッとし、同時にやってしまったという後悔に駆られた。
学校に着いたら、定刻通りについたであろう隣の席の鍵谷が先日もらった課題に取り組んでいた。
僕が忘れてしまった課題があるというだけで羨ましいのに、よく見てみたら鍵谷の課題は恐ろしいほど進捗が良かった。あの一番厄介な数学の課題が、もうすでに範囲残り2~3ページというところだったのだ。
僕は自分の行動をとても後悔した。と、同時に鍵谷は僕とは比べ物にならないぐらい頭がいいのだと分かった。悔しかった。僕はこれでもこのクラスの中だったら中の上ぐらいの実力はあると思い込んでいたからだ。
その日は、鍵谷とは話さなかった。課題の邪魔にはなってはならないと思ったからだ。
と、いうか結局テスト期間中もテスト中も、鍵谷とは一言もしゃべらなかった。
地獄は、その2週間後、個票が返却されてようやく終息した。どんなに地獄だったかは、本筋から外れるうえ書き連ねていたらキリがないので割愛する。
個票をみれば、前回よりは順位が上がっていてひとまず安心した。
鍵谷とはさすがにテスト期間中ずっとだんまりだったのが気まずくなったので、個票返却のタイミングで声をかけてみることにした。
「鍵谷さん、テストの結果どうだった?あ、いやいやなら別にいいけど」僕は必要以上に慎重に喋ったようだった。
鍵谷はにっこり笑って、
「いやいや、別に見てええで。全然大丈夫。ってか見てよこれ。、いやあ課題頑張った甲斐あったわ、」
向こうは久しぶりの会話に何のためらいも無い様だった。少し安心した―そして言われるままに個票を見た。その時だった。
驚いた。クラス1位、学年5位と書かれているではないか。課題の進み具合から、なんかそんな予感はしてたけれど、こいつは有能だ、とはっきりわかった。
「嘘、だろ・・・」
「ところがどっこい、ほんまやねん!ついでに生物の順位見て」
半ば放心状態にあった僕だが、そう言われ見てみると
「い、一位ィ?」思わずそう言ってしまった。
みんなが振り向く。
「ちょっと北沢君、声大きい!」
急に周りの群衆は鍵谷のほうへ寄ってきた。周りが急にうるさくなる。というか気づけば僕は座っているのにもみくちゃにされていた。
そのまま、鍵谷との会話は中断された。なんとなく違和感があった。あんなにテスト期間中話すこともなかったのにいきなり普通に会話してくるとは、まあ安心したけど、でもやはり少し想定外だったのだ。
その後はとくにこれといったこともなく、授業も終わり、部活の時間になった。まだ個票返却時に残った違和感を感じていた。
係りの仕事があって、少し遅れて部室に向かうと、そこには鍵谷がいた。なにか書類を顧問に渡しているようだった。
しばらくそれを入り口で眺めていたら、鍵谷が振り返った。そしてこっちに歩いてきた。
「北沢君、もう来とったんや」
「おう、見ての通りこれから部活だよ。」
「結局迷うたけど科学部に入ることにしてん。これからよろしくね」
「科学部っつっても、4つ班があるけどどの班に入るつもりなの?」
「生物班かなぁ、実際得意やもん。見たやろ?ってか北沢君も個票、見してーや」
「いや、もうぜんぜん鍵谷さんとは比べ物にならないんで勘弁して下さい」
「ケチやな〜」
「あ、そういえば僕も生物班なんだよ。」
「 そうなんや、ほな一緒に帰れるやん」
ここまで来て、さっき感じた違和感がぐっと強まった。でも押し込めた。
「そうだね、みんな来てるみたいだし作業始めようか。」
と、僕は半ば話を中断させ、部活動を始めるためにPCを取りに行った。鍵谷は部長の方に行った。
そのあと僕はそのまま作業を始めた。鍵谷も同様の作業をしているが、お互い集中しているのか話すことはなかった。
気が付けば、また終了のチャイムが鳴る。いつも通り荷物をまとめて帰る準備をする。そうしていると、鍵谷がもう荷物を持って部室の出口の前で待ってることに気付いた。その顔は少し笑って見えた。なんとなく申し訳なくなった僕は
「あっ、鍵谷さあ、電車遅れそうだったら先帰ってくれ、俺時間かかりそうだわ。」と、伝えた。すると、
「時間大丈夫みたいやから待っとる〜」と返ってきた。ありがたいが申し訳ない気持ちが増幅した。と、同時に違和感も増幅した。
ふいに、その違和感が言語化された。
鍵谷は、なぜここまで僕に親しくするのか。
僕はこれもまたさっきみたいに押し込めて、準備に徹した。
でも、この違和感はそうしている間にも無意識に気になってしまった。思わず下を向いて作業を続ける。
帰り支度が終わり、待ってる鍵谷のほうに急ぎ目で駆け足をして向かう。鍵谷は相変わらず少し笑って見える。それを見ると、違和感を抱いていたのが変に恥ずかしくなって、少し照れてしまう。
「悪ぃ、待たせちゃって。」と、僕は謝った。鍵谷は
「まぁ電車来るまで暇やったし、ええ暇つぶしンなったで」
と、なにも気にしていないようだった。
僕はそのとき気づいていなかったが、これが意図して二人で帰った初めての日であった。




