父ちゃん達の背中
たぶん数日たったある日。
まだ言葉がわからないから暇な毎日をゴロゴロと過ごしています。しかしいい加減一日中部屋のベッドでゴロゴロ寝返りを打つのも飽きてきた。母ちゃんが居眠りしている隙にベッドから抜け出して部屋を詮索しよう。
今まで話さなかったけど、この部屋の外にはまだ出たことがない。しかし何時も何時も『カン、カン、カン、カン……』、とひっきりなしに鉄を叩く音が四六時中聞こえてくる。恐らく父ちゃんは鍛冶師なんだろうと予想。
鍛冶には昔、いや前世から興味があったから開き直って暇になった今、ちょいと覗いてみようではないかと思った訳でして。と言うかそろそろ外とかに連れ出してもらわないと暇過ぎてもう一度泣きわめくよお袋?
床に敷いた薄い布団の上から寝返りでコロコロ回って脱出。
いつも父ちゃんがいつも消えて行く部屋のドアの前まで来た。
「はぁ~、はぁ~……ふぅ」
結構疲れた。まだハイハイできないのがもどかしい。
ドアの形は地球のドアとほとんど変わらないものだが、ドアノブが付いていない。代わりにちょっと大きい穴の空いた押しボタンのようなものがある。それを押し込んだり穴に手を入れて引っ張ったりすることでドアを開けるのだが、
(困った。手が届かねぇ……)
赤ん坊の体ではドアに手が届かない。
どうしよう?
ドアの前でポテンと座って頭を捻る。
「……■■■、■■■■■? ■■■■■■■■■■■■?」
あ、あ~あ、母ちゃんが起きちゃった。自由時間終了……と、思ったら母ちゃんが俺を持ち上げて顔を寄せて人差し指を口の前に持ってきて『し~』、をしてきた。静かにしろ、と?
異世界でもそのジェスチャーは同じなのか。
俺を抱えてドアに手を掛け、ゆっくり静かに開ける。
中を見せてくれるのか? ありがとうございます。
ドアを開けた瞬間煙が爆発したのはビックリしたけど。
「ゴホッ、ケホッ……」
母ちゃん、辛いならムリしなくてええんやで?
それでも母ちゃんはちょっと涙目になりながらも奥へ進んでくれた。
少し歩くと、一番奥の煙と音の根源らしき不吉な扉の前まで着いた。鉄でガッチリ固められてて重そうだ。
なんだか背中がピリピリしながらも、母ちゃんはソッとその扉を開けて中を覗かせてくれた。
その先の部屋では案の定、父ちゃんが金槌を振るっていた。
青白い煙が一寸先までほとんど遮断した部屋で、父ちゃんが金槌を振り下ろす度に周りの煙が同調するように青白く輝き、散った赤い火花が回りの煙と混ざりあって鮮やかに父ちゃんの周りを跳ね回っている。光源が炉しかないから父ちゃんの影が大きく部屋の壁に写し出されててちょっと怖かったけど、かっこよかった。
しかもその姿が前世の父ちゃんに重なって余計に目が放せなくなった。無意識に前世の父ちゃんを思い出してしまう。
大工だった前世の父ちゃんはいつも女のヌードについて語りだしたら止まらないどこに出しても恥ずかしい親父だったが、仕事をしている時だけはかっこよかった記憶がある。あの姿だけは子供の頃から憧れた。かっこよかったし楽しそうだったから。前世の俺が将来を決めるぐらいには。
もう前世の親に会えないだろうと覚悟してたから、予想外に懐かしいモノを見たせいで知らない間にまた泣いていたらしい。また泣きだしてしまった俺にムッチャ慌てた母ちゃんが騒いじゃって結局覗きがバレて母ちゃんが怒られてた。父が母を叱る光景は色々新鮮だったな。
無言で睨み付ける父ちゃんに正座してシュンとなってる母ちゃんがあんがい可愛かった。
ちなみに俺は母ちゃんの膝の上。
だって母ちゃん、離してくれないんだもん。
半年後。
ハイハイできるようになったぜえええぇぇぃよっしゃあああああ!
ここまで長かったああああ! 苦労したぜ全く! たかがハイハイ一つでここまで苦労するとは……あ、目に煙が……。
言語もいい加減理解できた。
俺はどうやらドワーフと人間のハーフらしい。家族はドワーフの父ガレン・ドロットと、人間の母フォキナ・ドロットの三人家族。
そして肝心のここは、『ヒュアニーク』と呼ばれる地下の村なんだそうだ。ガチで地の下らしい。
家の外に母ちゃんと出たときの衝撃はすさまじかった。石壁の部屋の外って目算で約直径数十キロほどの横幅と高さ数キロほどの大空洞だったからだ。その壁に横穴を空け、そこを家や各所に使っている地下都市で、下にいくほど幅が狭くなっているから逆さの円錐台みたいな感じになっている。
他にも岩壁に設置されてる巨大時計だとか、天上を蓋するドデカイ蓋とか、底にある十ヶ所に別れた大きいコロシアムだとか、しゃべれるようになったら色々聞きたいことは多い。
種族は確認できてる内、人間、ドワーフ、サイクロプス、獣人の四種族が住んでいるみたいだ。他にもいるかもしれないが今のところわかっているのはこれだけ。外を見せてもらえたとき、母に指差したり目線で必死にうったえかけてみたら聞き出せた。
ドワーフはラノベ同様の筋肉髭親父ばかりだったが、小柄ではなかった。主食が鉱石ってのも知らなかったな。ドワーフの女はまだ見たことがない。
サイクロプスは身長が3m近く、額に第三の眼を持っている。
獣人はラノベとほとんど同じだったな。獣の耳と尻尾。ただ、獣の種類が少ない。ネコミミ、イヌミミはいまだ見ていないな。
人間は少し前世の人間よりスペックが高い程度。魔法は使っているところを見たことが無い。
部屋に充満する『晶煙』と言うらしいこの煙は、結晶や鉱石が主食のドワーフにとって興奮剤、そして集中力増強効果みたいなものがあるようで、煙がこもるように家の奥に鍛冶部屋がもうけられている。
お陰で母ちゃんが苦しそうだ。俺は半分ドワーフの血が混じってるから大丈夫だったらしいが、お陰で母ちゃんが苦しそうだ。将来換気扇でも作ろうかな?
「ゴッホ、ゴホ!」
「……」
父ちゃんが咳をしている母ちゃんの背中を黙ってさすっている。
……そうだな。
せっかくドワーフと人間のハーフとして生まれ変わったんだ。ラノベの世界限定だった理想の武器、頑張れば俺にも作れるかもしれない。
ずいぶんかわった異世界転生をしたもんだが、これは意外とラッキーな転生だったかもしれないな。俺の好きな事ができる世界であり、それが得意な種族に転生したんだ。
まずは恩返しに換気扇を作る事から始めてみようかな。母ちゃんも喜ぶだろうし。
ただ疑問、と言うか不安が一つ。
情報収集を開始してから一度も【太陽】や【空】と言った【地上】に関連する単語を一度も聞いていないという事だ。
この体に転生して早半年、俺は一度も太陽を、日光ですら拝めていない。
完全に太陽どころか空まで蓋してる天井があるうえに、まだ自由に外出できないからだ。
太陽が無いのがここまで苦痛と思わなかった。
早く日の光を浴びてー!
塵になってもいいから太陽の光に全身を焼かれたいよぉー!
あの暖かさが恋しい!
日光浴して~……。
……転生先が地の底の底の底ってことは無いよね?
そこ、フラグとか言わない!