第5話 わたし、喋れます。
私たちは村の近くの森に来ています。
自室にて魔法使いさんが私の能力を試せるとおっしゃりました。
私の能力がどんなものか分かりませんから、辺りに人がいないような森で行うことになりました。
辺り一面を破壊するなんていうものだったら困りますもの。
そんなわけでエレナはお留守番です。
私が危険な能力であって、暴走してしまったときは、魔法使いさんが止めてくれるそうですが、万が一もあります。
そんなふうに説明すると、不貞腐れながらも一応は納得したみたいでした。
ただ、「変な事しないでよね!」と魔法使いさんを睨んでいましたが。
今いるこの森は村人もあまり近寄りません。
魔物や野生動物を下手に刺激して暴れだしたら大変ですから、基本的に干渉しないように気を付けているのです。
そんなわけですから、森には人工的な道はありません。
人が立ち入らないのですから当然です。
ですが、おそらく獣道でしょう。
森の中に少し入ると他よりは歩きやすい道のようなものがありました。
魔法使いさんを先頭にその獣道を奥へと進みます。
本来なら地元に住む私が先導するものなのでしょうが、なにせ踏み込んだことない森ですから。
魔物や野生動物に遭遇したときを考えて、冒険者として各地を旅している魔法使いさんを先頭にしました。
そうして進むと少しだけ開けた場所に出ました。
ここだけ木々が少なく、上にお日様がはっきりと見えます。
私の部屋よりも狭いスペースですが、村からけっこう離れましたし十分でしょう。
ここら辺で試してみましょう。
そう考えていたら、同じことを思ったらしく、
魔法使いさんは歩みを止めると振り返りました。
「ここなら大丈夫そうね」
いったい私の隠された能力とはどんなものなのでしょうか。
きっとすごいものに違いありません。
転生者に第2の人生で与えられるものは、他者を圧倒するものすごい能力と相場が決まっています。
魔法を無効化する力とかどうでしょうか。
少し消極的な能力ですが、とっても有用だと思います。
はたまた、空を飛ぶ能力なんかもいいですね。
大空を自由に飛び回るなんて、ステキです。
死なない能力なんかであれば最強ですよね。
単純かつ絶対的に信頼できる能力です。
なにしても死なないんですから怖いものなしです。
私の妄想は止まりません。
きっと今の私は瞳をキラキラと輝かせていることでしょう。
それだけで夜道を照らせるくらいには輝いているはずです。
自分がチート能力を開花させて活躍する様を想像するとワクワクが抑えきれません。
「じゃあ、始めるわよ」
魔法使いさんはそっと私の胸に手を重ねました。
一瞬、セクハラされたのかとびっくりしましたが、もちろん私の勘違いです。
魔法使いさんは静かに目を閉じて、何かに集中しています。
・・・私は何をすればいいのでしょう。
このままされるがままでいいのですかね。
ちょっと落ちつきなく身じろきします。
そんな私をまったく意に介すことなく、魔法使いさんはひたすら瞑想していました。
「…これでいいはずよ」
え…?
もう終わったのですか?
「…リーダリーダなにか変わったことはないかしら?」
心なしか魔法使いさんはお疲れの様子です。
10秒もなかったと思うほんの短時間でしたが、能力開発はそれなりのリスクがあるのでしょう。
「あくまでも一時的な処置だから、ほんの十数分で能力は隠れると思うけど…」
今のところ変わったところはありません。
身体から力が湧き出る感覚とか、空も飛べる気分になったりはしていません。
やろうとしてみないとダメなのでしょうか。
「いろいろ試してみましょうか」
そんな魔法使いさんの提案に従い、私はいろいろしてみます。
まずは、身体能力の向上をチェック。
私は足元にあった石を拾い上げました。
そのまま森の奥へと視線を合わせます。
すぅー…はぁー…。
ゆっくりと一呼吸おいて…。
精神を落ちつけた後…。
大きく振りかぶり…。
全力で…投げますっ!!!
ぽてっ。
石は数メートル先に力なく落ちました。
ふむ。どうやら身体能力向上系ではないようですね。
「…あの、あまり悠長にやってると効果切れるわよ」
そんな風に魔法使いさんに突っこまれてしまいました。
ゆっくりともったいつけてやりたかったのですが、仕方ありません。
ちゃちゃっといきましょう!
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「……」
沈黙が場を制していました。
ただの沈黙ではありません。気まずい沈黙です。
私たちはどんな能力の可能性があるか話し合い、
様々な方法で能力がなんなのか調べました。
空を飛べるか試してみたり--魔法使いさんに魔法で吹き飛ばしてもらい飛べるか試しました。二度とやりません。死ぬかと思いました。
魔法使いさんの魔法を阻止できるか試してみたり--むむっと集中してもまったく変化ありませんでした。
水の中で呼吸できるか試したり--魔法で水をつくり、顔をつけて確かめました。ふつうにむせただけでした。
その他いろいろと試しましたが、どれも不発に終わりました。
…可能性としては一番試したくないものが残っています。
私たちは地べたに顔を合わせて座り込んでいました。
魔法使いさんは心持ち姿勢を正して、真剣な表情になると、
「…死ぬかどうか試してみる?」
「イヤですよ!!!」
怖いこと言わないでください。
もし違ったらどうするんですか。
そのままあの世です。グッバイ私です。
しかし、そうすると今、考え付く限りでは思いつきません。
一体、私の能力はなんなのでしょうか…?
そもそも、本当に私に隠された能力があるんでしょうか。
そんな旨い話がこの世の中に存在するのでしょうか。
そんな風に私がちょっと腐れ始めていたときです。
「…!」
唐突に魔法使いさんは機敏な動きで振り返りました。
同時に私を背中に隠すように移動します。
そのとき、魔法使いさんの視線の先がガサガサと揺れました。
姿を現したのは、イノシシ3匹です。
ですが、普通のイノシシとは少し様子が少し違います。
口元から伸びる牙は鋭く、いくつにも枝分かれしていました。
真ん中のイノシシはクマかと思うほど大きく、身体に文字のような模様が走っていました。
これは、ただのイノシシではなく、魔物です。
幼い頃、両親にこのような魔物がいるから気を付けろと教えられた記憶があります。
この魔物は人間を見ると、必ずと言っていいほど襲い掛かってくるそうです。
枝分かれした鋭い牙は殺傷能力が途轍もないでしょう。
あの不可思議な模様は、特別大きな魔物イノシシにのみ見られ、それを持つものは魔法を使ってくるらしいです。
「ま、魔法使いさん…」
私は恐怖から思わず魔法使いさんにしがみついてしまいます。
あの真ん中の一番おっきなイノシシこっちをめっちゃ睨んできます。
怖いです。ガン飛ばさないでください。
そんな私を安心させるためか、
魔法使いさんは私を左手で抱き寄せて右手で杖をイノシシに向けました。
わぁ…カッコイイ。
「大丈夫よ。私が守るわ」
きゅーん。
こんな状況ですが…いえ、こんな状況だからでしょうか。
私いま魔法使いさんにトキメキました。
そして、魔法使いさんが魔法を使おうと呪文を唱え始めたときです。
突然に真ん中のイノシシが
『おまえ、息子を連れて逃げろ!』
…喋りました。
おそらく他のイノシシに言っているのでしょう。
クマみたいな図体のイノシシが喋りました。
喋れる魔物なんて聞いたことがありませんでした。
一体、いつの間に魔物は進化したのでしょう。
私が困惑している間にもイノシシの会話は続きます。
『そんな!あなたを置いてなんか行けないわ!』
『ボクもパパと戦う!』
『バカ野郎!この人間は魔法を使う。お前らじゃ相手にならん!』
『でも…それじゃ、あなたが…!』
『ふっ…俺はもう十分生きたさ。お前と一緒になれて、息子も産まれて…。
俺にとってお前らは宝物なんだ。最期くらいお前らを守らせてくれ』
「大きい魔法を使うわ。しっかり掴まりなさい」
「わーーー!!!!やめてやめてやめてーーー!!!!」
私は必死に魔法使いさんの前でパタパタ手を振ります。
魔法使いさんはそれを受けて魔法を中断してくれました。
「あなた、いったい何を…」
「何をって、イノシシさんのあんな会話聞いたら止めますよ!」
「…会話?」
魔法使いさんあの会話を聞いてもなにも思わなかったのでしょうか…。
どう聞いてもあれじゃ、私たちが悪者です。
イノシシさん家族を守るために立ち向かってきてるだけですもん。
魔法使いさんは訝しげな表情を浮かべていました。
ですが、ハッと何かに気付いたようで、
「あなた、もしかして魔物の言葉が分かるの?」
「え…?」
どういうことなんです?
…魔法使いさんには、あのイノシシの会話が聞こえていな…
そこで、私も気づきました。
私の隠された能力というのが
「魔物と会話できる」
だと。