第4話 精霊さまのお告げ
「あの、どうぞ」
冷水の入った木のコップを魔法使いさんに出します。
去年、私がせっせと掘ったものです。
側面にデフォルメしたネコさんの顔を掘ってあります。
この世界には、かわいいキャラなどの雑貨が存在しないようなので、ウケるかなと思い作ってみたのです。
完成したときに、両親やエレナに見せてみたのですが、不評でした。
エレナには「…なにこの不気味な絵」と言われ、
母には「あ、魔除けのコップ?ご利益ありそうね」と言われました。
村の人たちにも見せたりしました。
反応はみんな似たようなもので、「才能は人それぞれだからね」なんて曖昧に笑う人がほとんどでした。
正直、コップが完成したとき、このような反応は想像できました。
自分でもちょっと不気味かも…と思ったのです。
木彫りで絵を描くなんて初めてでしたから、片方の眼だけデカくなってしまったり、口が大きくなったりしていました。
かわいいネコを目指して作ったのだと気づく人はいないでしょう。
それぐらい酷い出来でした。
そんなちょっとした黒歴史を作ってしまったコップですが、実用としては何の問題もありません。
なので、普通に使用していました。
それに、少し失敗しましたが、頑張って作ったコップなのです。
私にとってはかわいいネコちゃんなんです。
魔法使いさんはコップを受け取るとネコさんに気づいたようでした。
目の高さまでコップを持ち上げ、じっとネコさんを見ていました。
「…かわいい」
「えっ?」
思わず聞き返します。
しかし、魔法使いさんは何事もなかったかのように水を一口飲むだけでした。
聞き間違えだったのでしょうか。
作った自分が言うのもアレですが、まさか、こんなブサイクなネコをかわいいという人はいないでしょう。
聞き間違えです。そう思っときます。
ところで、私たちは村長宅前から私の部屋へと移動していました。
魔法使いさんに覗き見がバレたあと、なにやら私に話したいことがあると魔法使いさんは言いました。
最初は、私と2人きりで話したいと言っていた魔法使いさんでしたが、
エレナが「私も一緒に聞く!」「私は幼馴染なんだから聞く権利がある!」などとやかましく粘りました。
そのため、エレナも同室しています。
魔法使いさんは机脇の椅子に腰かけ、それに向かい合うようにエレナはベッドに座っています。
魔法使いさんにコップを渡したあと、私もエレナの隣に座りました。
私が座ったのを確認すると、少しの間を置いて、魔法使いさんは話し始めました。
「私は2年前、精霊さまからお告げを受けたの」
…精霊さま。
以前、長期滞在していた商人さんからお借りした本で精霊さまについて目にしたことがあります。
広く一般的に知られていることですが、この世界には精霊が実在します。
人前に姿を現わすことは滅多にないそうですが、その存在は確かなようです。
精霊さまは魔力が意志を持った存在だとか、この世界を創った神の使いだとか言われていています。
ようするに、確かなことは分かっていないようです。
しかし、精霊さまについて分かっていることもあります。
それは、精霊さまは姿を現したとき、必ずお告げを残すというものです。
お告げの形は様々です。
単刀直入に言葉で伝えてくることも場合もあれば、解読に四苦八苦するような暗号で伝えてくる場合もあるそうです。
また、精霊さまのお告げは主に未来に起こることや何かをしろなどといったお告げが多いそうです。
ですが、とてつもなくどうでもいいようなお告げもあるそうです。
難解な暗号のお告げを必死に解読したら、1年後の今日、夕食にステーキを食べるなんていうお告げもあったそうです。
精霊さまの目的は不明です。
人生を左右するようなお告げをするときもあれば、与太話にもならないような下らないお告げをするときもあります。
もしかしたら、お告げを受けた私たちの反応を覗って楽しんでいるのかもしれませんね。
「精霊さまからはあなたに会って、魅了魔法にかけろと告げられたわ」
だから、あなたを少し試した。と魔法使いさんは言いました。
あ、私は魅了魔法にかけられていたのですね。
確かにあのとき魔法使いさんにならどんな命令をされてもいいと感じていました。
そのことに疑問すら感じませんでしたし、完璧に魅了されていたのでしょう。
それにしても、魅了魔法とはすごいものです。
なんとなくエロチックで異性に対してのみ有効な魔法のような気がしていましたが、同性にも効果バツグンだなんて。
とりあえず、話が見えてきました。
お告げの内容が蓋を開けてみれば、何の役にも立たないような物であることがあるように、
精霊さまの言うことがまともなことであるとは限りません。
ですが、もしお告げが重大なものであったら…。
そう考えると、精霊さまのお告げはとても無視できるようなものではないのです。
ですから、魔法使いさんも精霊さまに従い、私を試したのでしょう。
「いきなりごめんなさい。魅了魔法は出会いがしらが一番効果的なの」
「ほんと失礼よ!」
「いえいえ、精霊さまのお告げですから…」
エレナの言葉に魔法使いさんはバツの悪そうに目を伏せています。
お顔の印象からクールでカッコイイ感じの方なのかと思いましたが、そんなことないようです。
さきほども、ネコさんコップをまじまじと見ていましたし、けっこう親しみやすい人なのかも。
エレナはとにかく気に食わないようです。
腕組みをして「私は許しませんからねっ!」みたいな雰囲気を全身から滲ませています。
ですが、私はまったく気にしてません。
実害もなかったですし、私が魔法使いさんだったら、精霊さんのお告げを同じように試していたと思います。
それにしても、精霊さまは何のためにこんなお告げをしたのでしょう。
魔法使いさんが魅了魔法を私にかけることに何か意味があるのでしょうか。
意味があったようには思えません。
1年後にステーキ並みにどうでもいい類のお告げだったのでしょう。
しかし、そんな私の予想とは裏腹に魔法使いさんは真剣な表情で言いました。
顔立ちが良いだけあってすごく様になっていてカッコイイです。
女子校なんかだったら、黄色い歓声があがっているかもしれません。
きゃー魔法使いお姉さまステキー。みたいな。
「あなたには他の人にはない能力があるようね」
「え!!」
え…?
マジ…?
私ついに覚醒しちゃいますか?
苦節13年、魔法が使えないと知って、平凡に生きようと決めていましたが、超人能力で無双しちゃうのですか?
興奮してつい大声を出してしまいました。
魔法使いさんもエレナもビクッと目を丸くしています。
でも、そんなこと気にしていられません。うふふ。
私のサクセスストーリーが今から始まるのです。うふふ。
世界を股にかけてブイブイ言わせちゃいます。うふふ。
「…でも、その能力がどういうものなのかは分からなかったわ。
まだ、能力が表に現れていないのかもしれないわね」
そうですかそうですか。
では、その能力が発現するように頑張ればいいのですね。
なにをすればいいんでしょう。修行ですかね?
「一時的だけれど今すぐに使えるようになるわ。試してみる?」
「やります!」
私は期待と希望に胸を膨らませていました。
その希望が打ち砕かれるのにそう時間がかからないことを、このときの私は予想もしていなかったのです。