第3話 旅の魔法使いさん
誤字脱字、読みづらい分かりづらいなどありましたら、ご指摘いただけると幸いです。
エレナの情報によると、魔法使いさんは村長に会っているそうでした。
私たちは村長宅を窓からこっそり覗いているところです。
ちょうどここから村長と魔法使いさんの様子が見えます。
魔法使いさんは村長と向かいあう形で椅子に腰かけていました。
ここから少し離れているので顔ははっきりと見えませんが、だいたいは見えます。
「…女の人だ」
エレナがぼやいた通りです。
村長の向かいに座っているのは、フードローブを纏った女性でした。
腰まで伸びる色素の薄い灰色の髪と柔らかな曲線の腰つき。
そして、ローブ越しにも確認できるほどの膨らみのある胸部。
どうみても女性です。
どこでイケメンなどという情報にすり替わったのでしょうか。
まったく見当もつきませんが、噂とはそういうものでしょう。
人から人へと伝わるうちに正確性を欠いていっていまうのです。
勝手に尾ひれや背びれをつけて、しまいには翼をはやして大空を飛び回っていくのものです。
ですが、私にとっては好都合です。
イケメンを期待してやってきたエレナですから、きっと失望は大きいでしょう。
今なら大人しく帰るかもしれません。
このまま、帰宅コースに持っていきましょう。
「男性じゃなくて残念でしたね。では、そろそろ帰…」
「魔法みせてもらおう!」
イケメンでなくとも関係ないようです。
基本的にヒマがぷちぷち潰せるならなんでもいいのです。
彼女は、面白そうなことがあれば首を突っ込みたいのです。
というか、ぜんぜん残念な素振りないですね。
もしかして、イケメンを餌に釣られたのは私だったのでしょうか。
最終的には、イケメンだしちょっと見に行くくらいいいかな。なんて思ってましたし。
「そんなほいほい魔法見せてもらえませんよ」
「そうかな。頼めば大丈夫だよ」
エレナすごくポジティブです。
断られたときのこととか考えないのでしょうか。
私はついつい断られたときを想像してしまうので見習いたいものです。
「あ、席立った」
村長と話し終えたのか。
杖を手にすると、部屋から出ていきました。
おそらく、村長宅を出るのでしょう。
「ほら、追いかけてとっ捕まえるよ!」
とても楽しそうにエレナは私に言いました。
まるで捕り物のような口ぶりです。
いくら聞こえていないからって失礼じゃないですか。
もうここから魔法使いさんは見えなくなっています。
もしかしたら、この村での用事はもう済んでしまったかもしれません。
そうなれば、村を後にしてしまうでしょう。
そうなってしまう前に、魔法使いさんを追いかけようと立ち上がったときです。
背後から突然に、
「残念ながら私はそう簡単に捕まらないわよ」
「ぎゃっ」
しこたま驚きました。
いきなり背後から声が響くんですもの。
思わずカエルを潰したようなお下品な音が喉から漏れてしまいます。
恥ずかしい。
さしものエレナもビクッと身を震わせ、通常の3倍のスピードで振り返ります。
「ぎゃっ」
結果、カエルを潰したような悲鳴をあげてずっこけました。
いきなり素早く動いたせいで足がもつれたようです。
エレナの失敗を受けて、私はそこそこの速度で振り向きます。
人の無様な姿を見て笑い、自分はああなるまいと学ぶのが私の良い所です。
腹黒いわけではありませんよ。生きるための知恵です。
それとなく予想できていましたが、背後にはやはり魔法使いさんがいました。
さきほどはよく見えませんでしたが、今はお顔がよくみえます。
かなり綺麗な顔立ちでした。
紫色の瞳で涼しげな目元の美人さんです。
少し冷たい印象を受けますが、そういうのは好きという方にはたまらないでしょう。
本能的に罵ってほしくなるようなシャープな美人です。
クールビューティーです。
それにしても、いつの間に私たちの後ろに回ったのでしょう。
魔法使いさんが村長宅から出たのは早くてもほんの数瞬前だと思います。
玄関から全力ダッシュしたとしても、こうも早く私たちの元へたどり着くことはできないでしょう。
魔法のチカラなのでしょうか。
「あなた…」
魔法使いさんは私と目が合うと少しばかり目を見開きました。
一瞬、考えるような素振りを見せたあと、私のことをじっと見つめてきます。
な、なんなのでしょうか。
私なにか気に障るようなことでもしましたか。
いや…まあ、窓から覗き見している時点で褒められたことはしていませんが。
でも、首謀者はエレナです。怒るならエレナを。私は無実です。
私がプチパニックを起こしている間も、魔法使いさんは見つめ続けてきます。
魔法使いさんの特徴的な紫の瞳で見られると、どういうわけか視線を逸らすことができませんでした。
魔法使いさんの視線に絡め取られるような感覚さえします。
蛇に睨まれた蛙とはこのことです。私は身も竦んで動けないのです。
けれど、どうしたことでしょうか。
なんだか、魔法使いさんの瞳を見ていると落ち着くような気がしてきました。
見つめることで、綺麗な紫色の瞳に不幸が吸い込まれ、幸せになっていくような気がします。
視線を外した途端に不幸になったしまうような。
何の根拠もないのに、妙に確信めいた考えが頭を渦巻きます。
魔法使いさんに任せておけば全てが上手くいくかもしれません。
だって、私は今こんなにも幸せなんですもの。
身を委ねてしまえば、私はこの世界の誰よりも幸福になれるのです。
魔法使いさんに従うことが私の幸せです。
魔法使いさんに命令されたらどんなに気持ちいいことでしょう。
この冷たくも美しい瞳に見つめられたまま。
艶やかな唇から発せられる言葉が脳に響いたら。
私はどんなことになってしまうでしょうか。
想像するだけで身震いがします。
「ちょっと!!」
ハッとします。
冷水を頭からかけられたように、急激に熱が冷めていくのをはっきりと感じました。
先ほどまでのフワフワした幸福感が一気になくなり、自分という存在が固まっていく感触がしました。
いつの間にか、エレナが私と魔法使いさんの間に割って入っていました。
私を背中に隠すようにしてエレナは魔法使いさんに対峙しています。
「私の幼馴染に変なことしないで!!」
私、変なことされていたのでしょうか…?
いや、でも、たしかに先ほどまでは、頭の中が魔法使いさんでいっぱいでした。
魔法使いさんのために私は存在しているんだ。と確信していたような気がします。
それに、エレナが近くにいたはずなのに、微塵も視界に入りませんでした。
エレナが割って入り大声を出したときに、突然、目の前に現れたように私は感じたのです。
やはり、なにかされていたのでしょうか…?
「ごめんなさい」
魔法使いさんは、本当に申し訳なさそうに言いました。
そして、続けます。
「確かめたいことがあって。少し試させてもらったの」
私を試したということでしょうか。
なんでそんなことを…?