めんどくさがりの一手
人間の力というのは1+1では測れないらしい。二人揃うことによってより強い相乗効果を生むことがあるからだ。
つまり、女性が数を増す度に危険度は倍々。男性は人生にバイバイ。同じ言葉なのに平等に見えないや。不思議。
目の前の公家少女、そして――――――腕の中の三つ編み。既にキャパオーバーだよ。
特に、心臓を抉るぞ? とばかりに胸の辺りを掴んでいる三つ編み、要注意だ。……命乞いをするべきか? 流れを見極めなきゃならん。
公家少女が不思議そうに三つ編みを指差す。
「……公安、だよ?」
「ああ」
変わった名字だな三つ編み。覚えてたら次からそう呼ぶことにしよう。
首を傾げる少女に首を傾げ返す。
だから?
まるでそう告げれば問題は解決するはずなのにと言わんばかりだ。
はっ、もしや………………名字じゃなく名前なのか?!
「そういう自分はぁ、棚上げやんなぁ? 陰陽連ならぁ、あんたも公安やろぉ」
まさかの姉妹かな? 似てない。いや待てよ? 俺と弟だって似てない。アンサー。まだ姉妹説は消せない。
「……違う。一緒にしないで」
言葉尻と共にヒョイっと手が振られる。その呆気なさに似つかわしくない速度で紙の鳥が突っ込んでくる。
おうともよ! まさか女性を前に俺が油断すると思っていまいな? いつでも逃げ出せるぜ!
バックステップ。
三つ編みを抱えたまま二度三度と地面を蹴りつけ距離をとる。
「……逃がさない」
「やってみたまえ」
不敵に微笑んで挑発する。
本物の姉(鬼……逆だ?!)と鬼ごっこをする経験を積んでいる俺を捉えられると思っているのか?
赤ちゃんだな。
例え人一人抱えていようとも足によくつけられる重りよりは軽い。適度に距離が開いたので全力離脱しようと振り返る。
無数の紙の鳥がフワフワと浮いていた。
「…………」
クル? とばかりに鳥が首を傾げたので、手をパタパタと振って行かないとアピールしといた。
再度振り返る。やはりここは男らしく正面突破しよう。俺の立ち居振る舞いに三つ編みも釘付けだ。
三度対峙した公家少女は、どこから取り出したのか紙の束を手にしていた。
それを空に向かって放り投げる。
ヒラヒラと舞う紙の隙間から見える公家が、その手に持つ扇子をパチンと閉じると、それを合図に紙が空中で静止し、パタパタと折れ始める。
出来上がる紙の鳥の群れ。
もはや逃げ道などないとばかりに前方にも広く展開する。
再び扇子をパンッと開いた公家が、やや意気込んで宣言する。
「……殺ってみる」
「待ちたまえ」
何故争おうとするんだ! 僕らは同じ時代の同じ星の上で生きる同じ人間じゃないか? ちょっとしたすれ違いなんじゃないかな? 他聞な勘違いなんじゃないかな? 少なくとも僕が男性というだけで攻撃するのはいくない。殺っていいのは殺られる覚悟がある奴だけらしいよ? 僕にはない! これを事細かく微に入り細に入り説明すれば生まれるんじゃないかなピース。一つの平和。
タァーン
いつの間にか三つ編みが取り出した銃を公家に向けていた。発射したことを証明するように上がる硝煙。光る銃口。
公家の額の前ぐらいの空間に、不自然にひしゃげている紙が浮いている。巻き戻すように紙が広がり、潰れた金属塊が地面に落ち、受け止めた紙片が鳥に戻る。
「やっぱりぃ、目標は見えてる方がええなぁ」
「見えない目標を掴むからロマンだと思わないかね?」
望遠鏡を覗くとかの説もあるよね。
「うちなぁ、りありすとぉ、やんなぁ?」
「俺は現実見たくないスト派だわ」
ストる。デモ行進とかするよ。
三つ編みは大丈夫だろうか? 女性に銃器なんて効くはずないのに。無意味。挨拶みたいなものなのかな? 俺もよく姉に蜂の巣にされるしね。
なーんだ、ただの挨拶なら安心。てっきり隙を見て暗殺かと思ったよ。字面が似てるもの。勘違い。
それを証明するかのように、公家が動き出す。
返礼かな。こんちくしょう!
「ご丁寧にどうもお!」
ほんと獰猛。女性だもの。大和撫子ってのは昔の人の創作なんじゃねえの? 目の前にタイムスリップ中の公家がいるもの。目を背けたくなるもの!
無秩序に動き出した紙の鳥の群れが多角的に襲ってくる。
「ぐっ、ちょっとタイムタイム!」
群がる紙の鳥の鋭さは鋼鉄にも勝るのか、避けたら地面に穴をほがすレベル。顔を捻り、体を躍らせ、避けていく。
顔に突っ込んできた鳥を少し顔を傾けやり過ごし、タイミングをズラして側頭部を狙ってきた鳥を顔を前に倒して避ける。目の前に三つ編みのドアップ。あと数ミリだった。事故でいけた。肩口に突っ込んできた鳥を体を開いて交わし、三つ編みの頭部を貫かんとした鳥を、俺の胸に引きつけて通過させる。三つ編みの跳ねた三つ編みの間を鳥が弾丸のようなスピードで射抜いていく。三つ編みの足を狙ってきた鳥を半身で流し、同じタイミングで胴体を狙ってきたので体を倒して交わす。死に体に上から襲いかかってきたので地面スレスレを跳躍し、鼻先に鳥が通過するのを見ながら包囲を抜ける。しかし輪を縮めていない鳥もいたようで完全には脱しきれず、周遊した鳥の群れが再び周りを囲む。
ちょっと警察はまだかね?! ハリーハリー! パトローナム!
焦りながら視線をあちこちへ飛ばしていると、鳥の攻撃が止む。え、タイムあり?
「……すごい」
「……ほんになぁ」
……なにがだろうか? これは女性特有のシンパシーってやつかな。行列にはとりあえず並ぶ的なやつで、お互いの強さにビビってるとかかな。
笑死(訳、笑い死ぬわ)。お互いが女性な時点で分かってたことじゃないか……。今の状況? 猛獣同士の縄張り争いイン小動物だよ。
しかし攻撃が止んだ今がチャンス。出来るだけ会話を延ばすんだ。するとどうだね? 逃げる隙が生まれるカモ、警察がやってくるカモと良いことづくめ。カモづくし。くらえ俺の話術!
「ご趣味は?」
なんてことだ。ついいつもの感じで満点の解答を出してしまった自分が恐ろしい。ここは八十点ぐらいの「いい天気ですね」から行くべき時だというのバッド! あの、三つ編みさん? 俺の胸に爪を立ててますよ? あの?
しばらくの沈黙に時間稼ぎの成功をみる。代償は少量の血液。
何故か三つ編みが口を開こうとしてる。おい馬鹿か。向こうの反応を待て。時間稼ぎ中だぞ。
しかし三つ編みが声を上げる前に公家が反応。
「……五行を、少々」
「わかります」
あー、あるねよねー。うんうん。
「…………ないわぁ」
ちょっと三つ編みさん黙っててくれます?
「……ちょっと、本気だす」
明日からにしたまえ。もしくは人目のないとこで頼むよ。女性の本気とかヤバい。グロさ満点。世界共通的な意味ですよ勿論。Rが何個もつくからね。
久家が扇子を持つ手とは反対の手に、今度は七夕に使う短冊ぐらいの紙を扇状に広げた。
途端。
ピリピリと肌が焼け付くようなプレッシャーが辺りを覆う。空気が固形化したかのように重く胸を締め付けてくる。三つ編みの手でした。
「おーっとっとぉ。それはマズいんじゃないの、アスちゃん?」
絶望ってやつは底の底まで潜ってもお手々繋いで畳み掛けるものらしい。きっと女性。
フワリと。
重さを感じさせない足取りで公家の隣にツリーのてっぺんで見た幽霊が降りてくる。取り憑かれたか……。
「それ、範囲広いっしょ? 制御出来るようになったのー?」
「……練習中」
「ぶー、だめでーす。アウトー。回収が最優先でしょー? せっかく巣から出てきてくれてるんだから」
「……きっと、大丈夫。信じてる」
「い・い・か・ら。あたしがメイン、あんたがサポートでしょー? やらかしたら始末書に罰則だよ。あたし助けてやんないかんねー」
「……速やかに、捕獲」
どうやら会話は終わったようだね。目が狩る人のそれだ。
「必殺技はいいのか?」
女性は誰でも持ってるらしいね。姉の友達がウインクで男とか余裕ってのたまってた。目で殺すってやつだろう。恐ろしい。そんな時の姉はガンムシらしい。(眼)球を(毟)るの略で間違いあるまい。怖くてしゃーない。
「……事情が変わった」
「最初から1ミリも変わってないから。あー、抵抗はしない方がいんじゃん? これ以上痛い思いしたくないでしょー? 君、頑丈だけど普通死ぬよー」
何処か余裕を感じさせる幽霊と公家。消化試合の体だ。
俺は大きく息を吸った。
ナメんなよ?
スイッチを入れる。
落下した時以上の重圧を足に掛ける。地面にひび割れが入る程の力で跳躍。爆音が空気を波打つ。三つ編みを抱えたまま姿勢は低く――――川へ。少し遅れて動き出した紙の鳥が進路を阻むが三つ編みに当たりそうな物だけよけて進む。肩に頭にと衝撃を受けながら川へダイブする。
「俺の必殺技を見せよう」
弟との鬼ごっこで編み出した秘技を。
「右足が沈む前に左あ――」
「……あんなぁ、後で話ぃあるからぁ?」
けたたましい水柱を上げながら数歩進んだところで落水。そらそうです。あくまで子供が考えた技ですから。
しかし蹴り上げた水が鳥に掛かり追撃が止む。この時ばかりは三つ編みも文句なくサッサと水の中に潜った。
無事入水。死ぬほど寒いことを記しておこう。
「やられたー…………あはっ」
一瞬にして水の中に消えていったターゲットに悔しさよりも驚きの方が強く滲む。
「……追わないの?」
「あたしの能力じゃ相性がなー。最初に空中で次に水中、よく考えてるね、彼」
気にするでもなく水面を見つめ続けるが、息継ぎのために浮上などのミスは犯さないだろう。とぼけた表情して。
「……式紙じゃなくて、式神にするべきだった」
「そだねー。でもそん時はそん時で対処法変えてたかもよ? それに……」
ヒラヒラと舞い落ちる紙片を掴む。確かに当たった筈の式紙が粉砕された証拠のようなものだ。
「すごいわー。さすが日本に名だたる『一鬼』だねー? 能無しだってのにこの威力」
「……最大限、込めてない」
「それでもかなー。最初はハズレだーって思ってたけど、なかなか面白そうだよねー」
パッと開いた手の中には、掴んでいた筈の紙片が消え、一瞬後には、紙で出来た鳥も少女達もいなくなっていた。




