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めんどくさがりの滑空



 爆音が実体を持って襲いかかってきたかのような衝撃に、背中を丸め三つ編みを抱え込むようにして耐える。


 衝撃波と爆炎が背中にぶち当たる。


 チョー痛い。


 真昼なのに花火を打ち上げるとか何を考えてるのか? 乙女心は怪奇である。


 しかし今は怪物の奇妙な心理を読み解いてる場合じゃない。


 落下中に横からの衝撃でコースが寄れてしまった。わかりやすい感じでいくと、クシャっとコース。走馬灯レベル。


 だが運命というのは実に都合のいいように出来てる。足を伸ばせば欄干に届きそうな距離。これも日頃の行いの賜物。いくぜ長い脚。


 スカ


 そんな擬音。


「どちくしょううううう!」


 翻訳すると超ケダモノ。そういえば運命を司る神様は女性神だったビチっ! 振り抜いた勢いのままに一回転。三つ編みが声を掛けてくる。


「い、いまぁ。……ど、どんなじょ、状況?」


「鳥になってるところかな」


 全てのしがらみを捨てて。いや強制廃却ですね。


 下まで大分距離があるせいか人生を何回も振り返れる。なんでも二刀流の方に因んだ高さだとか。どんだけ背え高いんだよ。


 ああ、ちくしょう。これは無理。なんぼなんでも無理。十七年とか短いかな? よくやった方かな? せめて後二年は生きて夢のぐーたら大学生ライフを送りたかった。留年したかった。でもそれも無理か……。頑張った、頑張ったよな俺。でも心残りだってある。まだまだ生きていたかった。ほら、思い返せば昨日のことのように。


 過ぎる走馬灯。


 笑いながら襲いかかってくる弟。笑いながら襲いかかってくる爺。笑いながら襲いかかってくる姉。笑いながら襲いかかってくる母。父? なにそれ。


 我が生涯に一片の悔いがない。


「……三つ編み……実は、ずっと言いたかったことがあるんだ……」


「なんで最後風なん? 今日が初対面やんなぁ?」


 いや、あと心残りって言ったら彼女ぐらいだしね。地上までに彼女作ってイクとこまで逝こうかなと。失礼。


「つっても他になんもやることねえぞ? 辞世の句でも詠むか? あー……季語って入れなきゃ駄目だっけ?」


「諦めんでぇ。うちがぁ、なんとかするわぁ」


 え、女性ってそこまで万能なの? 女性についての情報修正しなきゃ。


「ちょっとぉ、しっかり掴んどいてなぁ?」


 三つ編みが俺の腕にしがみついていた手を離して、自分の服の背中に手を入れる。ちょっとドッキリするな。プチとかいう擬音が響いたりして、アレ外しちゃったりして。


 バシュッという空気が抜ける音と共に、三つ編みの服の背中の部分が裂けてパラシュートが飛び出す。やだ、わかってたよ?


 急激な減速に三つ編みの体が浮かぶ。三つ編みを抱きかかえていた形だったが、抱きついているような形になる。なにこの羞恥プレイ? 殺して。


「……ん。……操作難しわぁ……どうやったかなぁ?」


 嘘です。助けて。


 背面が裂けた我が校の女子ブレザーが、風に煽られて飛ぶ。


 寒空の下、今最高にホットだぜ!


 三つ編みのブレザーの下から現れた姿は、下着じゃなく厚着。やだ着痩せするんですねちくしょう。……。


 ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!


「がっかり! がっかりだよ?! お前はなんもわかってねえ!」


「ええー……。そんなん言うてもやぁ……これぇ、むずかしわぁ」


 なにが難しいことがあるってんだ! 男子の妄想を叶えてくれるだけでいいんだよ! 具体的にはスカートの下のジャージと毛糸パンツの廃止だ。あれは戦争ものだよ。不可避だよ。


 東京の空をパラシュートで女子が舞い、男子がそれに抱きつく。


 珍しい者じゃないよね。空から降りてくる女の子とか、あるある。


 だから注目とかされてないはず。だって首都だもの。もっと珍奇な女性がいるよ。ベランダに干されてる女子とか、公園で仕事に干されてコーヒー飲んでる男性とかさ。あっ、指差さないで。止めて。撮影とか困ります。カメラは駄目です。女子をローアングル撮影とかさいてー。あとで検閲しなきゃ。ほら、プライバシーとか色々あるからね。


「う〜ん………………あ、ほらぁ? うまない? ちゃんと飛ばせてるよぉ?」


 腰から伸びる紐を右に左に引っ張りながら、パラシュートを操る三つ編みが嬉しそうに指差す。


 その指先には川が流れているのが見える。この寒いのに入水ですか。わかります。


 ちょうど良いところで飛び降りよう。女子と同伴で入水とか失礼にあたるでしょう? お話対象。



「……そこ、少し遠い」



 何が?


 突然聞こえてきた声に三つ編みと顔を合わせる。


 当然ながら遊覧飛行中は二人。満席。横入りとか困るんですけど?


 疑問を口にする前に、目の前を白い何かが横切っていった。


 鳥だな。


 所々に折り目のついた、折り紙アートのような鳥が、羽ばたくことなくフワフワと飛んでいる。


「東京の空は紙の鳥とかが飛ぶんですね」


 勉強になります。


「式ぃ?!」


「冬ですね」


 暦の上では。


 三つ編みが白い紙で折られた鳥を見た途端、疑問の声を上げたので答える。


「そうやないよぉ?!」


 何故か涙目でカチャカチャとパラシュートを外し始めた三つ編み。飛行中。バカなの?


 仕方ない緊急措置の為に三つ編みの体を強く抱く。いや、自殺にはつき合えないから。うん。他意はないから。


「やぁ……?! な、なにしてるん? ちょぉ、今は……! 動かれへんやろぉ?」


「おう。大人しくしろ」


 痛い思い(落下)はしたくないだろ?


「ちが、そうやないんよぉ!」


 じゃあ、こう?


「……ぁん! やめ……」


 おい止めろ。全然そんなことしてないだろ。圧力か? 圧力だな。そんなん言っとけば離すと思ってんのか厚着めっ。感触とかないから。


 三つ編みを後ろから羽交い締めにするこの行為。憧れる女性も多いと言われる『あすなろ』という技で間違いないはず。


 大体合ってる。


 細かい状況とか事情とか違うかもしれんが、こんなんに憧れるとかマジ理解不能。女性ですね。


 で、ここからどう動けばいいのか? 降りたら地獄がシュミレート。


 どこで間違えたの?


 そんな考えが状況を動かしたのか、ガクンと落下するスピードが上がる。今まで真っ直ぐ滑空していたというのに、グラグラと左右に揺れる。


「……あかんよ!」


 ふり仰いだ三つ編みの視線を追うと、パラシュートに穴が空いているのが見えた。不思議なギミックだな。


「離してえ! このままじゃ不規則な落下になるよぉ?! その前に切り離さんと!」


「早く言ってよ」


「……覚えといてやぁ?」


 ……なんだろう。酷い姉臭が臭ってきやがる。


 後ろから抱きついているので三つ編みの表情は見えないが、プルプルと震えてるのは分かる。ダイレクトに伝わるこの想い。


 きっと怖いんだろう。


 締める力を緩めて三つ編みに自由を促したが、再びガクンと落下スピードが上がる。たった今、パラシュートに穴を空けた白い紙の鳥が周遊して再び突っ込んでくるのが見えた。


「……あの鳥、ヤバいな」


「悪いけど黙ってぇ?」


 俺が鋭い勘を発揮して危険を感知したのが悔しいのか、三つ編みの口調は辛辣だ。


 三つ編みがパラシュートを外し終え、落下スピードが一気に上がるが、左右に振られることは無くなった。


 しかし白い紙の鳥はついてくる。なんだよあの白鳥。しつこいな。女性に嫌われるタイプ。


 …………御同類?


 突っ込んでくる白鳥にシンパシーを感じていたら、三つ編みがしがみついてきた。ここじゃやだあ。


「どしたん?」


「……せめて生き残れる可能性をぉ、模索中ぅ?」


 三つ編みは体を丸めるように縋りついてくる。ああ、対ショック姿勢ですね? わかります。


 トイレくんからエアバックんへとメガ進化した。


「無策かよ?!」


「うち、頑張ったぁ」


 やり切った感を臭わす三つ編みは、しがみついている手に力を込めてきた。


 落下してる高さはビル二十階分。ギリギリだ。


 ギリギリ死ぬ。


「ちょっ、もうなんかないの? その厚着の下に2枚目のパラシュートあるんでしょ? じゃなきゃ有り得ない厚さだもん。ボリューミーだもん」


「覚えといてやぁ? つばい」


 そんな?! それじゃ無事に降りても無事じゃなくなるじゃないか! 行き着く所が同じとか卑怯じゃないかね!


 微妙に俺の体が下になるように着地姿勢をズラす三つ編み。


 踏み台にされる男性。上に君臨する女性。社会の縮図かな?


 迫る地面に思わず手を伸ばす。溺藁。


 ガシッとな。


 いいタイミングで突っ込んできた白鳥を掴む。やたらと固い手触りに突っ込んできた勢いも合間って車にハネられたように回る。


 体に衝撃を叩き込まれたが、落下のスピードは目に見えて落ちた。


 これならイケる! 天国的な所へ。


 姿勢を制御して足から地面に。落下地点は河川敷。川から少しズレた。地面を揺らす程の衝撃が足の裏から伝わる。抄骨に罅が入る。既に罅が入っていた手が骨折に至る。三つ編みまで衝撃が伝わらない様に膝と肘でクッションを作る。体を走る衝撃に意識が一瞬白くなる。三つ編みの押し付けられた体に意識が戻ってくる。


「……地面最高」


「…………ついたん? 生きてるぅ?」


 目が死んでる。そういう進化だから。


 お互いに安堵の息を吐き出し緊張を解く。


 それを待っていたかのように声が響く。


「……やっほー」


 白鳥から響いてきた声だ。





 草原の上にポツンと立つ人影の肩に白鳥が降りてくる。人影は公家風の格好をしたちんまい女の子だった。子供に取り憑いて囲碁を薦めてくる幽霊の格好だ。長い睫毛を物憂げに伏せて、長い黒髪を片側で纏め肩の辺りで折り返して括る、変な髪型をしている。黒装束に黒い扇子。そのセンス、


 生きる時代をお間違えではないでしょうか?



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