めんどくさがりと名所
……東京の、名所に…………きったよー。
みんな本当に来たくて来てるんだろうか? 大丈夫? 無理してない?
見上げる程に高い建物は……なるほどな。ツリーと名付けるだけあるけど。
名所に来た感動より、家に帰りついた時のホッと感の方が大きい気がする。うちの方が珍しい者見られるよ? パンデミック。
「ここなぁー、上の方にぃ、床がガラスになってるとこぉ、あるんやわぁ。テレビで言っててん……。面白そうやろぅ? 乗ってってみんー?」
俺はのんびりと話す三つ編みの姿を再度確認する。
当然ながら制服。ブレザーにスカート。
スカート。
ふむ。メディアの紹介か……。なら合法ってことだな。
俺は観光名所を見上げた。だって観光名所だもん。真昼の空に人工衛星すら見つける我が一族の視力よ! 今こそその役目を果たす時だ!
唸れ我が魔眼、ニィテンゼロ!
「あ、おまわりさん」
おっと、このくらいでいいかな。首が疲れちゃうしね。ただ物珍しげに見上げてただけだもんね。
三つ編みが見つめる先には、本当に国家権力。観光名所だもん。そだよね。
「じゃあ、いこうかぁ」
「そうだな……いや待て」
グイッと引っ張る三つ編みに、今度は俺が抵抗。
うちの学校の奴に道を聞くだけなら、わざわざ入らなくてもよくないか? 現に、全然知らない奴らだけどうちの制服着た奴らがチラホラ見えるし。あいつらにエクスキューズれば解決。
目的を見失ってはいけない。ツリーに登るのはお酒のコードネームを持つ組合員に狙撃されるためじゃないんだ。ホテルまでの道を聞くためだ。
お巡りさんは駄目だ。恥ずかしい。ガチ感が汚点になるレベル。
「もうここで道聞いて帰ろう。……二時間ぐらいしか歩いてないのに疲れたよ。むしろ二時間も歩き回ったのかと褒めて欲しい」
「まだ一時間半ぐらいやと思ぅ」
四捨五入って知らない?
もう帰りたい。家に。もしかしたらこれがホームシックってやつかな……。姉の顔を思い浮かべればホテルでもいいやってなるよホームシック。頑張れよホームシック。今ごろ弟とかいう生命体がおさげに「今日、誰もいないんだ……」とかほざいてる頃合いだろうなあ。前途有望な若者のために、針で軒並み穴を空けてやってるの、……気づいてくれるかなあ。用意周到な俺はちゃんと紙に書いて貼っておいた。
『使用しても、防げません』と。
きっと二人とも顔を真っ赤にして喜んでくれるだろう。あれ? どこに行くんだホームシック。
「はい、チケットー」
「こりゃどうも………………ん?」
何の?
気づけばツリー内部に手を引かれるままに侵入を果たしていた。不思議。
ツリーの中も人が多いが、そこここに散見される我が高校の制服を目にするに、みんな考えることは同じなのだろう。暇人めっ。
ツリーの内部はガラスになっている部分から鼎と呼ばれる柱が見える。なにその名前怖い。ツリーの高さは宮本さんとやらの高さから来てるらしい。意味分かんないが、だいたい180メートルくらいだろう。間違いない。
物珍しげに見て回ること数十分。
なんでも一番上に行けるエレベーターの前に来ていた。驚きなことにチケットがいるとのこと。マジかよ。次から俺の部屋に入るにもチケットがいるよう告知しておこう。無断侵入現金。
エレベーターの列に並び、俺たちの前で区切られ、エレベーターに乗ってみたところ、後続が入ってこない。
「え?」
「……えぇ?」
エレベーター前にいた列を整理する人が俺たちの後ろで早々に列を区切って、エレベーターには俺と三つ編みがポツリ。
なんだこれ?
疑問に感じるには遅かったのか、深く考える暇もなく扉は閉まってしまう。
「東京のサービスってやつか?」
「……サービスやろかぁ? なんかぁ、他に並んでいた人も驚いてへんかったぁ?」
無情にも動く鉄の箱に押し込められ運ばれていく。途中停車は認められず、向かう先は日本で最も高い人工物の頂き。
三つ編みと互いに顔を見合わせ、両者の顔に疑問が浮かぶ。
「……そういえば、ガイドってなんで付いてきたの?」
そう、ガイドが居た。
スカイツリー内を歩き回るにあたり、腕章をつけて内部を案内してくれたスタッフっぽい人。呆然としている内に手を引かれて連れ回されたが、幾らなんでも事細かにツリーの説明をしてくれれば気付く。
「入り口からぁ、なんか丁寧に話し掛けられてぇ…………そういえば他の生徒にはぁ、ついてなかったねぇ……なんかのサービスや思うたわぁ」
なんてことだ。俺が自宅に残してきた家族の心配をしている間に、よく分からない事態が進行している。なるほど。ここまでがホームシックの罠ってやつなのか。家族想いな俺の思考を利用した悪辣な罠だ。なんてやつだホームシック。舐めてたよホームシック。
ギュッと手が握り締められる。なにかね?
瞳に疑問を携えて三つ編みを見つめると、今までのほんわかとしたオーラに若干の不安を滲ませていた。
「なんかぁ……変やねぇ」
そのとろんとした口調かな? 俺もそう思ってた。でも女性で片付けてた。
本人が認めるなら俺に否はない。俺は頷きを返した。
「やねぇ……うーん、景色ぃ、ゆっくり眺めたいけどぉ、すぐ降りよかぁ……残念やぁ」
んん? 帰り道だよね? 帰り道探すために景色みたいんだよね? あれ、おかしいな? そういえば三つ編みは帰り道について一言も言及してないね?
「明らかに変だ」
その口調も行動も。
「うちもそう思ぅ。……まぁ、けどぉ、先に乗ってた人もおるしぃ?」
「お前はなんの話をしてんの?」
「あれぇ?」
再び互いに顔を見合わせて首を傾げる。
意志の疎通ってのは、言葉を口にしなきゃ始まらない。だから心のままに! 俺は飛……言う!
「なに言ってんの?」
馬鹿なの? 女性なの?
「あれぇ、うち分かりにくいこと言うてたぁ?」
「わかり憎いなんてもんじゃねえ。なんだ、なんのこと言ってんだ?」
三つ編みの口調じゃなくて?
「えぇ…………やからぁ、なんや人区切ってんのにぃ、作為があるんかなぁって」
「ああ、それはホームシックだな」
「……」
ホームシックくんの罠だ。
「作為も何もラッキーだよな。ガイドついてエレベーターガラガラとか。大体屋上ついたらまたウンザリするぐらい人がいるよ。そしてまた帰りたいって思わせる……策士ホームシック」
名探偵っぽい名前。
「何を言っているんですか?」
ん? …………あれ?
凛とした声に引っ張られて、発生源に目を向けるも、そこにはとろんとした女。大体密室。二人しかいない。殺人事件発生率が異常。
「なあ」
「なぁん?」
くりっと首を傾げる三つ編み。あざとい。ゆっくりとした動作は、今し方聞こえてきた声にはそぐわない気がする。幻聴。
不思議に感じるも、そこにはほんわかオーラに混じって突っ込んでくんなという文字が見える。
微妙な焦燥に焼かれそうになっていると、エレベーターが電子レンジの温めが終えた時の音を発する。危なかったよ。なんかそんな気がする。
動きを止めたエレベーターの扉が開く。開放感。よくよく考えれば女性と個室で二人きりとかヤバかった。降りた時には一人の可能性もありえた。
日本の首都を一望出来るその建物の最上階は、広々とした空間がとってあった。広々……。
無人。
併設された足休めの長椅子やら、ガラスで出来た展望台には、先にエレベーターに乗っていった筈の人どころか、人っ子一人いなかった。
耳に痛い静寂に、三つ編みがまたしても手を握り締めてくるなかで、ぽつりと呟いた。
「……変ですね」
「やろぅ?」
声は無人の空間に呑み込まれるように消えた。