めんどくさがりの自己紹介
謝らない!
国会議事堂を外から見たり都庁を回ったりスカイなツリーより低いタワーに登ったりした午前中。
昼前に解散したのは昼飯を各自で食えといった意図が見え隠れする旅行事情。いや懐事情。
高いんだろうな。誰もが抱く第一印象。
東京の飯はお高い。
しかし自由を標榜する時間なのだから宿に戻って寝てもいいのでは? テロテロテテテーンってやつだ。ヒットポイント全回復。
「ほら、いくんでしょ。あたしの班こっち」
「あ、俺の班こっちだから」
またの。
「なんでよ?! なんで別々に行動するみたいに言ってんの! 君が誘ってきたんでしょ?! ……もしかして、他の班員に伝えてないの?」
ちょっと不安げに見つめてくる茶髪だが、その手は俺の襟を掴みギリギリと首を絞めている。答えようがないよね? むしろ声も出せないよね?
伸びる襟。縮む寿命。これが等価交換ってやつなら、随分と軽い命だな。
「……なーに? もしかして、誘ったの、あたしだけ……とか、だったり……」
ワイワイざわざわという周りの声に埋没する茶髪の声。
……やべっ、聞こえなかった。集団行動してる学生ってマジうるさいよな。公害。しかし後悔を公開してる暇があれば航海するがモットー。逃げてる訳じゃない、冒険に出るが僕らの言い訳。船の時間だから、でいけるかな?
いける訳がない。
「いや、俺の班員を呼んでくるってね? 言いたかったんですよ?」
「え? ……あ、ああ、うん。そっか、わかった。えっと、じゃ、ここであたしも班員呼んで待ってる」
周りは足早に集まって何処へ行こうかとスマホで検索を掛けている。幾重にも重なる声に、隣りに立っているのにも拘わらず、耳を寄せなきゃ聞こえないような状況だ。早く掃けろや有象無象同学年。ホテル近くの都内の大きな公園で解散したのは、ホテルのロビーで騒音を立てないためだと思われる。
なにが大変って、先生が一番大変だよな。
解散宣言をした教師陣をチラリと見れば、旅行にテンションが上がった知らない男子グループがフクタンに「一緒に回ろー」と口説いていた。
隣りにいる男性教師は「先生が一緒に回ってやろうか?」と女子グループに粘着していて止めに入らない。やだあの男性教師、うちの担任にそっくり。
後ろで青筋を浮かべている学年主任のライディンまであと僅かといったところ。現代の勇者って大変。
テンションを上げる青春野郎どもの間を縫って、我が班員を見つけた。
朝食を終えた後に、ミッションを遂行したことを伝えると、それはもう涙を流して喜ぶかと思えば、四人中三人が緊張で固まるといった事態。
誰の罰だったんだろうね。
「おっし、ヤガちゃん! いくか? いくか!」
ただ一人チャラ男だけが鼻息が荒い。緊張感漂う三班も、チャラ男に引っ張られるようにゾロゾロと、内心何かを期待しつつ連れ立つ。
修旅のカップル成立率は、高校生活の中で最大とのチャラ調べ。マジか。こんなカチカチに緊張してるモブやラノベでも彼女できるん?
フォローとか無理だぞ。こっちも年齢イコール彼女いない歴のカイザーだから。姉に言わせると「あんたの場合、享年だけどね」とか言ってた。やだー、それじゃ生涯独身じゃないですかー。ハハハ。ナイスジョーク。
「よし、逝ってこい!」
「おっしゃ! ……ちょい待て」
腕を組んで大人になりたいと主張するクラスメートを送り出した俺を、旅立ったばかりのチャラが振り返る。なに、忘れ物かな?
首を傾げる俺にチャラ男がツッコミを入れてくる。ボケてないよ?
「いやいやいや、誘った当人が来ないとかバカかよ!」
「ええ?!」
「なんでお前がビックリしてんだよ! 驚きたいのはこっちだわ!」
「またまたー」
「いやジョークじゃねーから! ほら、お前が前いけ!」
「からのー?」
「ねーから!」
プリプリと怒り出したチャラ男に押し出されるように前へ。情緒不安定。これがキレる十代ってやつか。日本は安全だって思ってたのに。自分の身の安全を守るためには、他人と目を合わさないように生きるしかあるまい。
シェルターだ。将来はシェルターに住もう。
ガチガチに心は引きこもっているのに、物理的に背中を押されてはどうしようもなく、おしゃべりしている茶髪の前に戻ってくる。
「あ、きた」
第一声が飽きたとか。ひどい! 遊びだったのね?!
「やほ。知らない人もいるから自己紹介するね? 莉然 琉那です。今日はよろしくー」
人好きする笑顔で俺の班員に笑いかける茶髪に、それぞれが挨拶を返す。
「じゃあ次はウチなぁ。秋口 京香ですぅ。よろしゅうなぁ」
茶髪と話していた三つ編みを肩から垂らしている女が続いて自己紹介してくる。
初めて見る顔だが。まあクラス遠いしな。
次々と茶髪の班員が自己紹介していく。スマホを弄っている女の後ろから、間延びした声で髪をシニョンにした女が。
「多田 羽利屡ー(ただ わりる)。今日はよろしくー」
次にスマホを弄っていたショートカットが。
「……白根 純粋」
最後にセミロングぐらいのパーマが。
「三森 曽度華でーす。よろしくー」
それぞれ軽く手を振ったりして挨拶を交わす。ロリ子班に並ぶ程、顔立ちが整った女子の班だ。
キラキラしてるね。いやほんと。
眩しくて目を背けそうになる俺の後ろで、先陣を切れとばかりにチャラ男が肩を当ててくる。これが、当ててんのよってやつか。
イラッときた。
「右から順に、モブ、ラノベ、相棒、チャラ男、そして俺はトイレと呼ばれている……」
「ちょっ」「おい!」「バッ!」「うええ?!」
俺の自己紹介にスマホを弄っていた女が軽く吹き出し、シニョンに髪を纏めた女がそれを覗いている。
「なにそれウケる」
「じゃあトイレぇくん、どっか行きたいとこのぉ、希望あるん?」
「……君さ、なに言ってんの?」
「端的な自己紹介だよワトスン君」
自分の立ち位置と現状、周りの人の性格まで伝えられるという。やだ画期的。
茶髪が呆れた視線を飛ばしてくるが、それ以外は概ね受け入れられたと思っていいだろう。
さて、トロンとした口調の三つ編みが、俺の希望を聞いてきたのでそれに答えようか。うむ。
「宿に」
「おまっ、もう黙ってろ!」
「あ、俺達一応近くのスイーツ調べて来たから。まずそこいかね?」
「テレビで紹介されてたとこで――」
今までの消極さはどこへ置いてきたのか、うちの班員が俺を押しのけて積極的に女子に話し掛け出す。
主に話しているのは茶髪とパーマだが、乗り気なのかシニョンとピュアも異議は唱えない。俺の意見はどうなったんだろう? 弁護士を呼んでくれ。
「うん、いいね。じゃあまずはそこいこっか?」
どうやら少数派は切り捨てられる宿命らしい。粛々と後ろをついていく空気感。あれ、俺いる?
ダラダラと歩き出した学生の集団の最後尾にストーキング。
しかしボーっとしている三つ編みは歩き出さない。
授業中の俺に比類せんばかりのボー。これは話を聞いてないね。
「おーい、なんか行くってよ」
「……うん? ああ、なぁ……うん」
ハッと顔を上げる三つ編みにピンとくる。このオーラ力は……近しいものを感じる。間違いない。
キュッ
わ、を、ん?
そんなことを考えていたシリアスな俺の手が、ギュッと握られる。
「ん?」
視線の先には三つ編みがトロンとした視線を向けてくる。
「迷わんよぅ、手ぇ握ろか」
「……いや、携帯」
「IDも番号も、知らへんわぁ」
「……」
なら仕方ないな。
高度に調きょ、訓練された俺にはわかる。これに艶めいた彩りがないことを。
ぶっちゃけボーっとしながら楽してついて行きたいだけだろう。迷子フラグを回避するために。
よくわかる。
だって俺もそうだから。
ごめんなさい