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めんどくさがりとビュッフェ



「ざくっ?!」


「どんな悲鳴だよ?」


 いやグフばかりじゃワンパターンかと思ってね?


 腹部に刺激を覚えて目が覚めた。そう刺激。痛みじゃない。


 うっすらと開いた瞳に映るのは、影で表情は見えないのに目だけがギラギラと光っているクラスメートたち。


 各自、手に木刀装備。クエストに行くのかな?


 全開で修学旅行感。そういうの買うのは中学の時だけにすべきじゃね?


 クラスメートの幼さに溜め息。ふうやれやれとやろうとして気付く。


 簀巻きにされている現状に。


 …………。


 やたら高かった枕は無くなり、体を締め付けてくる縄の感覚は布団で緩和されてるが動けるようなものではない。


 なるほどな。


 こんな時の台詞は学習済みだ。予習復讐に余念のない俺が模範生すぐる。マジクレバー。


「くっ、殺せ」


「おうともさ」


 あれれ? 予想だにしない展開だ。やはりフィクションはフィクションということか。団長も映画のエンドロールで言ってた。フェイク。


 しかしどこで間違った? 人の怨みを買うような人生は送っていない。間違いない。確信できる。でもこの有り様だぜ。


 普段の素行を省みても……俺が全男子高校生の模範でいいぐらいだ。だというのにこのいわれのない罰。恐らくこれは嫉妬(エンヴィー)


 つまりいつの世も優等生は、良い子ちゃんめっ、と目の敵にされるのだ。自分の優秀さが辛い。


 片手で扱える木刀なのに両手で持つクラスメートズはゆっくりと俺の四方を固める。危機はそこまで迫っている。


「待て。落ち着こう。話し合おう。言葉は人類史上最大の発明」


「そうだな。いまから思いつく限りの罵倒で攻めるからよ、楽しんでくれや」


「折れろとか」


「砕けろとか」


「死ねぇとか」


「いやいや、死ねはそのままだろ? 死ぬし」


「それもそうだね」


 姉菌かな? だから封じておくべきだったよな。でも白兎を追い掛ける主人公(ヒロイン)じゃないし噛まれたら終わってしまう。


 だが。


 彼らが感染しているというのなら、俺は既に対応策を持っている。


 全ての欺瞞を超えし者(姉)すら転がす我が舌鋒! 出番だぜ。


「取引だ、取引しようじゃないか」


「惨たらしく死ね」


「なるべく苦しめ」


「いい声で鳴け」


 話しにならないよ。


「みんな待って」


 瞳のハイライトが消えた死人どもをモブが止める。しかしその表情の無さから、俺の隣の席に居た移動教室の度に声をかけてくれたクラスメートはもういないのだなと少し寂しく思う。何が彼を変えたのだろう。これが噂に聞く修学旅行の魔力というやつなのか……。


「話すだけ話しなよ。少しでも興味が湧いたなら手加減してあげるよ」


 あ、やめてはくれないんスね?


「例えばですね? 18歳以上でないと読めない書物とか……」


「その手の本で、僕が持ってない書物なんてないよ」


 禁書目録?


 ラノベが少し嬉しそうでチャラ男が軽くビビってるよ。モブどころかムッツリとかにすべきだったか。


 しかし手応えは感じた。相棒の視線が微妙に泳いだからな。


 方向はこれでいい。意見が割れさえすれば……。


「……DVD(映像)もありますが?」


 ピクリ


 表情筋の存在を疑ってしまうモブの頬が微か動いた。


「おい待て、乗せられんな」


 山が動いたかとほくそ笑んだ所をラノベに見られ、手を上げて冷静になるように呼び掛けやがった。シット。


 余計なことを。


「物品は駄目だ。こいつ絶対踏み倒すぞ。期間を狭めて罰ゲーム的な要素を含んだ、俺たちに利があることの方がいい」


 このこ高校生?


「なんか案でもあんのか?」


「うむ。初心を思い出せ? 俺たちの最初の目的は女子といい感じになることだ」


 ラノベがグッと手を握り込む。


「女子部屋いくだけだったけどな」


「微妙にハードル上がってるね」


 虎穴に入るのを止めただけなんだが。感謝されこそすれ、まさか恨まれるとはなぁ……。


「そこで八神には、女子に声を掛けて合コンのセッティングをして貰おうじゃないか」


 おおうー


 名案とばかりに賛成の意が込められた叫びが上がる。俺と彼ら。やだ明暗。


 くるりと無機質な視線を向けてくるクラスメート。手に凶器。目は狂気。


 無茶ぶりが過ぎる。


 連日のお祭り騒ぎと学生中の最大イベントで考えが甘くなっているとしか……。頑張って考えてみるんだ。女子高生だぞ? 一撃で男子のハートを抉れる小っていうか虎悪魔って存在だぞ? 猫に見えるなにかだよ? 失敗前提で声をかけるだけならまだしも、追い討ちの一言がデフォでついてくるんだよ? ごめん、で終われば良い方。その後に軽く笑いながら聞こえよがしに「なにあいつ。マジうけんだけど」とか「……うっわ最悪。勘弁してよね」とか命も狙ってくるんですけど?


 死ねと? ああ殺す気なんスね。


 くっ、例えここで殺されようと! そんな取引には応じないぞ! 現代っ子め! NOを知るといい!


 そろそろと木刀を構えだした級友に俺はシニカルな笑みを浮かべた。


「ふっ、造作もない(殺せ)」


「え? マジで? いいの? 女子班だぞ? 個人とかじゃなくて人数合わせろよ?」


「えー、度胸あるなぁ」


「はやく縄をお解きしろ!」


 やだー、勘違い。


 俺は断りを入れたというのに、「結構です」をオッケーと誤認する営業の人みたい。クラスメート達の将来が心配だ。


 まあ訂正はしないけどね。


「今日の午後から自由行動だから約束は午前中のうちに取りにいけよ」


「クラス単位の班行動だから。逃げられないから」


「裏切りには血の制裁をするのがマフィア。魂の拷問も加えるのがヲタク」


 え、初耳。


「じゃ、朝食に行こうぜ。ビュッフェだから。チャンスだから」


 肩を掴んでくるチャラ男に、逃げられないのだと悟った。


 わぁお! 四方を固められてまるでVIPみたーい。気分は死刑囚。


 先に洗顔から許してくれんかね?














 顔を洗うことも許されずに朝食へ。


 えーやだー恥ずかしいーと言ってみたところ腹パンされたよ。これは多分、今から朝飯をいっぱい食べれるように胃を空にというクラスメートたちの好意だね? 決して、見えないところにしなっ! 的なアレじゃないことを信じてる。


 エントランスを抜けて学生の波に乗る。ジャージ軍団が貸し切ってある食堂に吸い込まれていく。


 午前はどこぞの見学を予定しているので朝は全クラス一緒だ。男子はともかく早朝なのに化粧完備の女子には頭が下がる。


 トレーを持って適当な食事をチョイスしていく。クロワッサンに貝汁、海老とトマトのパスタに出汁巻き玉子を取った。デザートはプリンで。


「うわー、ヤガちゃん適当ー」


「量の方に驚くよ。朝からよくそんな食べれるよね」


 和食チョイスのチャラ男と洋食チョイスのモブに覗き込まれた。


 カフェオレのサーバーに並び、グラスにカフェオレをついで周りをキョロキョロ。


 白い円形の五人席のテーブルが無数に置いてあり、別に班毎に食べているわけじゃないらしい。二階席もあるようで、そちらは人気が高いのか友達同士連れ立って階段を上がっていく奴らが多い。


 オッケー、もちろん下で。


 窓際もなかなか人気があるため比較的出入り口付近はガラガラだ。


 だがそこがいい。


 食事中は監視の目も緩い、というかビュッフェにハシャいでる班員を後目に適当な席に向かって歩く。


 ふと窓際の席に座っている奴が目に入る。


 長い髪をあちこちピンピンとハネさせている女子の対面に、オレンジのフレッシュジュースをストローで飲んでいるシャギーの入った茶色い髪の女子がこちらに気付いてパッと手を上げてくる。


 にぱっと華が咲くような笑顔だ。


 流れるように茶髪の視線の先へと注目が集まる。だから俺も波に乗って後ろを振り向く。


「……え? ……え!?」


 突然集まった視線に目を白黒させているモブを、観衆と一緒に睨みつけながらフェードアウトして手頃な席に嫉妬ダウン。


 乗り切った。


 刃物のような視線に撫で斬りにされているクラスメートの尊い犠牲の上で朝食を食べる。カフェオレがうまーい。


「ちょっとー、なんなわけぇ? 無視、いくない」


 カチャンと隣の席に置かれるトレー。髪をかきあげつつ「待ってて」と窓際に戻る茶髪。ちょっとー、なんなわけぇ?


 寝ぼけ眼の髪ハネ女を連れて茶髪が戻ってくる。


 モブの血を充分に吸った視線の刃物が俺の方にも向く。


「ねんちゃん……ねむいぇ……」


「秋口さん、めちゃくちゃ朝弱いね? ほーら頑張って。朝食終わんないよ」


 フラフラと押したら倒れそうな足取りの髪ハネ女が茶髪の隣の席に座り、茶髪が持ってきたトレーを髪ハネ女の前に置く。


 茶髪はジュースにサラダという兎食だが、髪ハネ女はスープにパンにムニエルと結構ガッツリいってる。両方全然減ってないが。


 髪ハネ女は寝ぼけ眼をこすってスプーンを探し出したので、備え付けてあった箸箱から箸を渡してやった。何を掬おうというのか、そのまま箸でスープを掬い上げる髪ハネ女の焦点が対面の俺をようやく捉える。


「……あれぇ? ねんちゃん、髪ちじこぅなったんねぇ?」


「秋口さん、目は悪くないでしょ。つか、それじゃ何時まで経ってもスープは掬えないから」


「……ほんまやんなぁ…………なんでぇ?」


「いや、なんでって……」


 茶髪と喋っているのに、ずっと視線をこちらへ固定して首を傾げている髪ハネ女の疑問に答えてやる。


「坊やだからさ」


「ああ……ねぇー。…………そっかぁ」


「いや意味わかんないし」


 髪ハネ女の箸を取り上げてスプーンに持ち替えさせる茶髪。人の好意を無にするのは女性のデフォなために俺は無言を貫いた。ほら、周りの男子も俺を無言で貫いている。あ、ラノベ! チャラ男! こっちだよー。ははは何処にいくのかね?


 てっきり班員同士で食うものと思ったのだが、目が合ったはずの班員はそそくさと離れていった。あんな奴ら友達じゃねえ。


「無視は……よくないよなぁ」


「え、あ、うん。どしたん? そんなに責めてないけど?」


「ううう、ねんちゃん……こんなに、食べられへんえぇ……」


「なんでとったの!? うーん……あたしもパンぐらいなら手伝えるけど……」


 パンに手を伸ばす茶髪を横目にクロワッサンを千切って口に放り込む。早く食べ終わって部屋に戻ろう。


 そんな俺の朝食のメニューに横から出てきた手がサラダを追加した。


「いやいやいや嫌」


「嫌よ嫌よもってやつだー。男子はそういうの好きだねー」


 嫌は嫌だよ。女を兼ねるって書くんだよ? 嫌以外になんの意味があんだよ。


「……いっぱい食べぇ? 男ん子は、よう食べるえ……」


 なんでスープも押し付けてくんの? 明らかにトレーに乗らないだろ? 朝からこんだけいってる奴なんていないだろ?


「これ……使って、ええからぁ……」


 差し出される箸。


 これは皮肉かな? いや仕返しだな。


 ちょっとした親切すら切り返してくるんだから。いや斬り返してくるで違いあるまい。


 朝食の時間だって長々とあるわけじゃないので仕方なく食べる。スープを啜り、パスタを巻き、サラダを突き刺し、パンを千切る。パン増えてますけど?


 チラリ、茶髪に視線を向けると、えへへ〜とごまかし笑いで返された。


「ごめん、むり〜。あ、出汁巻き玉子は手伝って上げるよ」


 ヒョイと玉子焼きをパクられる。そしていつの間にか消えた貝汁と増えたムニエル。犯人は「温まる〜」とか言いながら堂々と貝汁を啜っていた。バリトゥードゥすぐるよビュッフェ。取り放題ではなく盗り放題とでも言うつもりだろうか。


 食べ続けるという拷問に晒されているというのに周りが爆裂魔法を放たんがばかりに呪文を唱える生き地獄。


 ホテルのビュッフェ、こあい。


 食堂のおばさまの家訓を守る優等生たる俺は必死で食事を続けた。周りの席も大体埋まってきており、響く会話も似たようものだ。


 その会話に反応した茶髪がストローをコネコネしながら髪ハネに話を振る。


「ねー、あたしたちは自由時間どうするー?」


「う〜ん? ねんちゃんは、行きたいとこあるん?」


「なーい」


「よねぇ?」


 定年後の老人のような会話だというのに、近くのテーブルの男子はこちらの会話を聞いていたのかチラチラとこちらを見てくる。


 この時は、なにを考えていたのか……。


 食事を詰め込み過ぎて緩くなった思考と襲いくる眠気で、なんとなしに罰ゲームをさっさとこなしてしまおうと思っていたような、そうじゃないような。部屋に戻った時に努力はしたんだよ? という免罪符が欲しかったのか。


 周りの会話に流されるように、咄嗟に茶髪に向かって言ってしまった。


「自由時間、一緒に回らない?」


「…………………………………………んえ?」




 あれ?



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