モブの呟き
僕の通う高校には知る人ぞ知る有名人が十人いる。
三年の、朱抄先輩、亜丞先輩、駒威芭先輩。
二年の、真田さん、莉然さん、蕪沢さん。
一年の、八神君、澁澤さん、葵乃上さん。
そして、二年の数学を受け持つ伊万里先生だ。
彼、彼女等はこの辺の高校に通っている人で、知らない人はいないんじゃないかという程、知名度が高い。
眉目秀麗で見目麗しく、才色兼備な彼、彼女等は、当たり前のように頭が良く運動もできる。
しかし、それぐらいでは他校に名前が轟くほどじゃないだろう。僕のクラスには、城崎君や鳴神さんみたいな目立つ人が他にもいる。
彼、彼女等は飛び抜けた肩書きを一人一人が持っている。
奇人変人だと言われていたり、本物の上流階級の人間だったり、信じられない逸話を持っていたりと、噂話なのか実話なのか区別がつきづらい物が多い。
例を上げてみると、中学の時に地元で有名な不良校に単独で乗り込んで、その時のグループの顔役をぶっ飛ばしたとか。
手合わせに出掛けた道場で全て勝利を納め、今まで無敗を誇るとか。
IQが二百を越え、どんな難問もたちどころに答えてしまい、有名大学から無受験のオファーが来てるとか。
今挙げたのはモチロン噂だと思うけど、僕のクラスにいる真田さんはどうも本物のお嬢様っポイ。
朝の通学にリムジンで来ていたのを見たことあるし。黒服の厳ついガードマンが付いて歩いていたのを見たと友達も言っていた。
そんな真田さんは鳴神さんとよく一緒にいる。
長い髪をツインテールにしている真田さんとつり目でセミロングの髪を七三分けにしている鳴神さんは、見た目は相対的だけど二人ともメチャクチャ綺麗で可愛い。このクラスになって良かった!
でもどちらかと言えば、鳴神さんの方がタイプだ。真田さんはロリータっポイというか、僕にそっちの趣味はないというか、
「――あっ! ご、ごめん」
真田さんがぶつかってきた。
僕より背が低いので上目づかいに謝っている瞳が少し潤んでいる。 顔の造形は、近くで見るとより整っており、どこからか甘い香りがして、脳髄を貫いていく。
「…………うん。……大丈夫……」
「ほんとにっ、ほんとにごめんね?」
ペコペコ頭を下げて鳴神さんの所に走っていく。
………………僕は一言も、真田さんがタイプじゃないとは言ってない。
移動教室の時、一年の時の友達と連れ立って移動する。クラス替えの時に分かれなくてよかった。親しい人が一人もいないと大変だもんね。
「八神君、八神君! 移動教室だよ」
「……ん? ああ、サンキュー」
隣の席の八神君とは特に親しくないけれど、よくぼーっとしてるので、移動教室の時に声を掛けている。
いつも一人でいるけど本人はのほほんとしている。一年の八神君と同じ名字なのに、運動も勉強も得意ではなさそうだ。
一年の八神健二君は全国でも強豪の僕等の高校のテニス部で、一年でレギュラーを獲得している子だ。なんでも体験入部の時にレギュラーを総ナメにしたと言われている。
成績も一年の中で五指に入っているらしく、先生達の信頼も厚い。
見た目はモチロン良く、物腰は柔らかで誰彼と分け隔てなく接し、女子の人気は高い。
彼女がいると公言しているにも関わらず告白してくる女子に困っているそうだ。
少し押しの弱い印象がある。
そんな八神健二君だがメチャクチャ強い。
僕等の高校の選択科目に格闘技があり、柔道、剣道、空手とあるが、空手で体育教師や黒帯相手に一本もとらせなかったそうだ。
多分そこら辺の話が混ざって、さっきの無敗話ができてるんだと思う。
十人中八人が女の子なので、当然誰がタイプか、誰は可愛い、誰を見たといった話をする。
廊下でクラスの中で誰がタイプか友達と話し合ってた時。
「俺真田かな」
「ロリコンかよ! 断然鳴神だろ」
「でも、真田が告ってきたらつき合うだろ?」
「つき合う」
「……僕も」
「あれ? お前鳴神派じゃなかったっけ?」
「――ちょっと、通してくれる」
その声に、僕等はドキリとした。
クラスの女子の品定めのような事を言っていたのだ驚いて当然だろう。
全員がその女子に注目した。
ポニーテールに鋭い瞳、凛とした雰囲気を纏った美少女、――二年の蕪沢さんだ!
「どいて、くれる?」
その威圧感に押されて、僕等は左右に分かれた。
その間を蕪沢さんは悠然と進む。僕等は彼女が見えなくなるまで微動だにしなかった。
「――――ふぅーー」
「び、びったぁ」
「……流石の威圧感だったね」
「俺らの高校の『武神』だからな……」
そう、彼女は『武神』と呼ばれている。
一年の時に格闘系の部活のレギュラーを叩きのめしてから、そう言われるようになった。
しかし、どの部活にも所属しておらず、弱い者には興味ないというスタンスを貫いている。
「……脚とか腰とか、めっちゃ細かったな……」
「な? 初めて顔近くでみたけど、綺麗だよな?」
「俺、もっとゴツいかと思ってたよ」
「……あれなら未だに『お願い』する人が減らないのも分かる気がするよ」
「あ〜」
「確かに」
『お願い』とは蕪沢さんに告白する事を指す。
蕪沢さんは告白してくる男子全てに、
「私に勝ったら好きにしていいよ」
と言っている。
正直、それで蕪沢さんの体目当てに告白する奴もいるくらいだ。
しかし、今まで一度も負けたことはない。
告白する奴らが試合をする前に「お願いします!!」という所から『お願い』はきている。
最近は一年の八神君と手合わせをしたいらしいが、八神君は格闘系の部活じゃないし、どこかの道場に通ってるとも聞いた事ないのでタイミングがないらしい。彼女もいるので『お願い』する事もないしね。
「あー、誰か告ってきてくれねーかなー。絶対つき合うのに」
「『十傑』の女子? 一人も彼氏いねーんだろ?」
「あ、でも葵乃上が最近告ったって聞いた」
「マジで?!」
「ガセじゃね? 少なくともうちの高校じゃねーよ」
「僕等の学校の誰かなら、二人でいるの見たことないもんね」
「……隠れてつき合ってるとか?」
「ありそー。俺つき合う事になったらお前らに言わねーもん」
「ごめん! 実は俺なんだ」
「「「ハイハイ」」」
馬鹿話しながらその日は帰った。
頑張ってこの学校に受かって良かった。仲のいい友達に、可愛い子がいっぱいいる高校生活は楽しい。そして出来れば、卒業までに彼女ができたらいいのにと思った。