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めんどくさがりの修学旅行・夜 1日目<ロビー>



「あ、先生。三班の奴らが二階のところから女子部屋に突撃しようとしてます」


「またか……」


 ロビーに居た、やや後退したオデコが特徴的な、多分うちの学校の教師に告げ口する。腕章に見回りと書いてあるから間違いない。団長じゃない。


 やや疲れたように息を吐き出しているのは、もう夜の十時も回ったというのにバカを止めない生徒に振り回されているからと見て間違いあるまい。


「ご苦労様です」


「おう。あー、お前はロビーに何しに来たんだ? 注意しに来ただけじゃないだろ?」


 いえ、復讐だけです。


「お土産買い損ねちゃったんですよねー。俺だけお腹壊してトイレの住人と化していたので」


 原因は鳥でアンサー。本当は茶髪に襲い掛かるはずだった苦難を身代わりするとか……えっ、カッコいい?!


「あっ、バス止めたのってお前か!」


 いつの日も英雄は理解されないものさ。


 寂しげに視線を逸らしたら、自分の失言に気付いたハゲが「……あー」と視線をウロウロさせる。


「……お土産、買ってもいいですか?」


「……あー、俺はこれから馬鹿共を止めに行く。その間、ロビーで誰が何をしてるのかはわからん」


 暗黙の了承を頂いた。本当は禁止されてるからね。


 そそくさと階段を上っていったハゲに、どの程度噂が広まっているのかと虚しさが込み上げてきた。これがホームシックってやつか。東京ってヤバい。プチ外国。


 お土産を買うつもりは、実はさらさらないのでペットボトル飲料を買って備え付けのソファーに座る。


 三十分は戻れないね。正座するよりここで座っている方がいい。


 ここには本来、見回りの教師が詰めていると知られているせいか、他の教師も生徒も来ない。


 が、ガラガラという訳じゃない。


 備え付けのテーブルにノートを広げてカリカリと勉強をしてる人が一人。


 怪しさが凄い。


 かなりの重ね着にニット帽にマスク。肌の露出が微塵もない。唯一、帽子とマスクの隙間から覗く睫毛は長く瞳も大きい。


 敵性か?


 おっと、警戒が過ぎたな。いくら女性っぽいからといって何でもかんでも怯えるのはよくない。接点があるわけでもなし。


 そんな不審人物が、視線はノートに固定したままチョイチョイと手招き。


「……あー、招き猫の真似」


「違うよね。こっち………………あれ? 阿部ちゃんは?」


 耳に残る高い声を出す不審人物敵性。視線が合うとキョトキョトと周りを見渡す。


 ポケットからがめていた飴を取り出す。


「これで勘弁してください」


 命ばかりは。


「違うよね。飴じゃなく、あ・べ。ここに座ってた髪際が後退した……」


 あ、それでも飴は受け取るんすね?


 飴の包装を剥がしてマスクの下から口に放り込む不審人物敵性。


「ありがとう? やっぱり勉強にカロリーチャージは必須よね」


「ですねー。それじゃあこれで」


「待つネ」


 中華風味。


 立ち上がろうとした俺の腕をガッシリと掴む不審人物敵性。


「あなた、これわかる?」


 グイッと引っ張られ強制着席。この力強さ、理不尽さ、間違いない。


 女性だ。


 差し出されたノートの問題よりも目の前の女性の方が問題。


 逃げ道をチェック。階段、吹き抜け、出入り口、売店、一階右廊下、一階左廊下。売店に飾らている丸時計で時間をチェック。二十二時を回ったところ。売店にバイトの男性が商品の補充をしてる。ここは先生方の見回りルートから外れている。しかし一般の客の出入りもあるので人目にはつく。殴られる心配は薄い。そしてそんな心配を超えてくるのが女性。瞬時に流した目で今度は不審人物をチェック。寒がりなのか厚着し過ぎてモコモコしてる。ニット帽の片側からチョロッと髪が出てきている。ノートの問題を説明してるが心の中はわからない。なんせハゲを髪際が後退してるとチクリと刺すのが女性。掴んだ腕を離してくれない。要求。問題を解くこと。問題。目の前の巨悪。


 ピンチ。これはピンチだ。


 ジットリと浮かび出した汗が緊張感を伝えてくる。不規則な鼓動が今の心境を表している。不自然な瞬きの回数が目の乾きを訴え、それに連動したように唾液を分泌しない口のせいで喉もカラカラと渇き出した。これでも食らえ。グビリ。


 ここを安全かつサヨナラバイバイするには元気でいてもらわなくてはならない。


 1日に四発という制限があった。まさかの弾数制。


「聞いてる?」


「勿論」


 聞いていません。


 しかし大体の所はわかる。この問題を解けばいい……はず。


 まさか問題を解いて機嫌を損ねることもあるまいと、転がっていたシャーペンを掴み取りサラサラと問題を解く。詰まっていた箇所には解説も書いておく。喋るとか不可能だよね。初対面の女性と会話とか男子高校生には難度が高すぎる。


「……ふんふん、あー。なるほどー」


 解き終えた問題に相槌を打つ女性。


 ご満足いただけたようで。ケツの穴がなんだって?


「じゃあこれで」


「待つ、ヨロシ」


 それは一周回って日本風。


「まだ、わっかんないとこあるからさー? ちょっ、付き合ってよ」


「自分、初対面の女性とつき合うとかはちょっと……」


「あっはっは、ナイスジョークよね? まさか勝手に黒星つけないでよね?」


 掴まれている腕がギリギリと万力のようで。笑い声はヒンヤリと氷のようで。


 この後の展開がわかる俺はゆっくりと腰を降ろした。教師は何をやってるんだ?! 危険人物が野放しじゃないか!


 ペラペラと参考書をめくる厚着マスク。どうやら順番通りというより、わからない所をピックアップして解いてる模様。


 シャーペンを掴む厚着マスク。


 ビクッとなる俺。


「……」


「……」


 ノートに書き込もうとする厚着マスク。


 ビクッとなる俺。


「……」


「……」


 ペン圧が高く折れる芯。


 腕を交差させて咄嗟に防御姿勢をとる俺。


「ねえ、なに? アンタにはあたしが猛獣かなんかに見えてんの?」


「殴らないで殴らないで殴らないで」


 厚着マスクは俺の胸ぐらを掴んで笑顔だ。女子力が高い! 五十三万だと?!


 そんな猛獣だなんて……そこまで可愛いわけがない。


 フルフルと首を振って否定のポーズだ。


「……んともう。アンタ、このマスクの下見たらそんな態度取れないからね」


 変身をあと二回残してるんですね? わかります。


 ピッと胸ぐらから手を放して再び参考書と向き合う厚着マスク。


 ふぅー。全くなんて沸点の低さよ。雨が降ったから傘を差すぐらいの安定行動だというのに……あっちは血の雨を降らすために傘を刺すぐらいの行動で襲ってくるだから。


 ああ。ほんと女性ってたまんねぇよな。


「……んー。ねぇ? ここは?」


「はい喜んで」


「なに? その返事……」


 うちのクラスではこう言えって……。


 ともあれ言われるがままに問題を解いていく。やや難しいものが多いのは来年の受験を見据えてるからだろうか?


 そう言えば二学期末までに文系か理系か選ぶように言われたなぁ。なるだけ楽な方がいいから家系って書いたらフクタンに呼び出されたっけ。ぶっちぎったけど。


 そんな選択クラスが受験を意識させたのだろうか? この厚着マスクが出す問題は授業範囲でないものばかり。


 頑張っていい大学に行って欲しいものだ。うちの近く以外とかオススメ。


 大人しく言われるがままに解き方の解説に勤しむ。これが逆ならなんとも問題のない光景なのだが。そう、女性が、指示棒を持って、深夜に、懇切丁寧に、勉強を。


 鼻血待ったなしだな。無論、ヴァイオレンスな意味で。


「ねえ、聞いてる?」


「いえ全く」


「はあん?!」


 しまった。


 くっ?! こちらの意識の隙をついてくるとは、やる。


「もう! こっちは時間無いんだから真面目に聞いてよね」


「すまそ」


「……真面目に」


「あ、はい。ここはですね、自然数証明なんでaとa+1の二式……」


 光彩の消えた瞳に姉を見た。いかん。攻撃色だ。謝ったというのに怒るんだから乙女心とか複雑通り越して怪奇だよ。


 しばらく言われるがままに解説役に没頭した。ライオンのいる檻に入ることがあるなら覚えておこう。気配を消すことが大事。


 カキカキとシャーペンがノートの上を滑る音が響く。その隣で、何故か正座の俺が息を飲んでいると、階段から希望の光が?!


「なにやってんだ?」


 おぉ、後光が差して見える。ちょっ、デコ眩しいんだけど。


 お仕置きが終わったであろうティーチャーがカムバック。


「あ、なんか、この人が勉強してるんで教えて上げてください」


「いや、そりゃ朱沙は勉強するだろ……センターも近いしな。お前はなんで朱沙の勉強見てるんだ? ファンか? お土産はいいのか?」


 いま野球はなんの関係もないと思う。有名な選手なのか?


「いや、お土産は買ったらダメでしょ。ルール違反ですよ」


「お、おお。そうなんだが……」


 模範生に何を薦める気か。そんな悪魔の囁きには乗らない。


 スッと毅然とした態度で立ち上がり、堂々と階段へ向かおうとする俺。


「待つよね」


 ええい口惜しい。背中に目でもついてんじゃねーの?


 しかし今度はそこまで強く引き止めたい訳ではないようだ。俺の腕に万力が巻きつかないし。


「あんた、名前は?」


「トイレくんだ」


「はあ?」


 俺の返答にノートにカキカキしていたのを中断して顔を上げてくる厚着マスク。


「じゃあ戻ります。消灯ですよね?」


「おお、そうだな」


 俺はそれに構わず暗に「問答する時間がないわ〜、残念!」とデコ先生に話し掛けて離脱する。


 後ろからの視線を感じたが、俺は神話(ジ○リ)に乗っ取って振り返らなかった。


 階段を上がり副担任先生様が壁をしている方に軽く会釈をする。


「もう消灯よー」


 へーい。


 すごすごと男子部屋の方に舵取りをしたので絡まれることもなく、自分の班の部屋番号を探す。


 なんか疲れたなー。1日目だっていうのにもう帰りたい。


 襲ってきた眠気に軽く欠伸を漏らす。自分の部屋番号を見つけたので、カードを通して開ける。


「ただいまー」


 とか言ってみたり。


「「「「おかえり」」」」


 ……。




 修学旅行1日目は、興奮した同室の奴らが暴れまわって手に負えませんでした。修学旅行という非日常は、斯くもクラスメートを狂わせるのかとホトホト呆れ果てた次第です。しかし俺の中の優等生が消灯時間を守るべきだと主張したので、クラスメートたちを寝かしつけることに。するとどうでしょう。クラスメートは口から泡を吹いたり悶絶したりしながらグッタリと布団に倒れこんでしまいました。やはり疲れが出たのでしょう。無理もありません。深夜に目を覚まして再び興奮されても他のお客様の迷惑になるので、俺はそっと布団を被せ、グルグル巻きにして、縄で縛って身動きとれないようにしました。俺のこの優しさ溢れる行動に、クラスメートたちは恐らく声を高くして褒め称えてくることでしょう。しかし俺はそんなつもりでやったわけではないので、慎み深さを尊ぶ日本人としてクラスメートに猿轡を噛ませました。一人途中で起きてしまったので、速やかに寝てもらうために、お腹をポンポンと叩いて寝付かせました。瞳に感謝の念を乗せたクラスメートに笑顔で応じた俺は、きっと天使に見えたことでしょう。男の子だもん。


 明日もどうか平和な一日でありますように。俺はゆっくりと瞳を閉じた。


 枕、高くね?



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