めんどくさがりの修学旅行・夜 1日目<男子部屋>
なんもなかった。
今日一日特筆することは何も無かった。
ふふふふ副担任先生はイイ人です! ふふふふ副担任先生は教育者の鏡です! ふふふふフクフクフクたんたんたん! 止めて! ちゃんと言う通りにするから! 中世の拷問の歴史を淡々と述べないで!
歴女に偏見が生まれた一日目だった。
ホントにナニも無かったデス。
平凡にバスに乗り換えて観光。途中のパーキングでバスをジャックしようと(人生の道を)間違って乗り込もうとしたオヤジを見つかる前にぺいっしたり、他の修学旅行生がうちの学校の(女子)生徒に絡んでるのを仲裁する生徒を眺めたり、ジーンズショップに入ってやたら顔の怖い黒人が「ヤスイヨ、オトクヨ」と言うのを「ノースピークジャパニーズ」と断ったりしたぐらいだ。
つつがなくホテルにチェックインして宴会場のようなところで食事を終え、貸し切りの大浴場の順番も既に回り、特に覗こうなんて不埒な輩は出ず(シット!)、後は寝るまでの長い時間を部屋で費やすというものだ。
うちの班は麻雀をしてる。五人班なのに四人ゲームだ。きっと俺の醸し出す孤高感を考慮したんだろう。
「なーに落ち込んでんだよ。いい思い出だろ? ほら飲めよ」
ジャラジャラと牌をかき混ぜながらニヤニヤとチャラさんがチャラい飲み物を渡してきた。ご当地ドリンク。口元が軽いそうだ。
「まさかお腹痛いからって、高速を移動中のバスを止めるとはなー」
お陰で一人のバスジャックの人生を救えただろ? 扉の前に待機していた腹痛さんこと俺に、包丁を突きつけてきた痩せ型の男は、急いでいたこともあり、誰かに見られる前にポイッとした。限界が近かったのが理由だ。危なく社会的な命が終わるところだった。やるな東京バスジャック。
「新幹線でもトイレ行くとか言って駅に降りてたしな」
「あれビックリしたよねー」
「トイレくんだな」
「ぷっ、やめなよ」
「俺は黒人に向かって『日本語は喋れん!』って言ったのに吹いたわ」
「あ、あれな! うけたよなー」
「八神君って意外と面白いよね」
俺が体育座りで膝を抱えてる理由だ。級友ってやつは最高だよな。
準備が終わったのか牌を積み終わり、一人ずつ牌を引いていく。ちょっとルールが違うと思うんだが高校生だしな。知らないのもしょうがない。場外乱闘はありだっけ?
ドラをめくり、配牌を終えたチャラいロン毛が一牌引く。入らなかったのかツモ切りだ。
「このあとさー。ドゥする?」
ニヤニヤを抑えきれないチャラさんの発言に隣の隣の席の奴、ややこしい名前だな? が一牌引きながら動揺する。牌を上げたり下げたり、結局手の中に入れながら答えつつ河に捨てる。
「じょ、女子部屋行くかって? 昼言ってたね」
「そりゃあ行くっしょ。修旅とか最大のチャンスだし」
ラノベ好きが左手で山の中の牌と手牌を入れ替えながら、新たに一牌引く。
「ポーン。俺もいいぞー。問題は担任の壁を越える方法と、どの部屋にいくかだな?」
文化祭のキッチンで相棒だった奴がラノベ好きの捨てた牌を引き寄せる。こいつは風呂場で唯一俺と同じような顔してたからな。
「まあ、無難にうちのクラスでしょー」
「あ、なんで?」
「クラごとに担任の壁があるからな。何枚も越えたら失敗率も上がる」
「……じゃあ、鳴神さんと真田さんがいる班、とか?」
「「「「……ああー」」」」
「え、うそ、なに?! いや別に、てか僕だけそんな目で見るのは無しでしょ!」
一人狼狽える隣の席の奴の背後に忍び寄る。我が高校のお家芸だ。
「いいか、モブ。あそこは競争率が高い」
「いや、まあそれは」
「おっ、ヤガちゃんイケる口だな」
「モブはいいのかよ」
淡々と順繰りに牌を引きながら作戦会議だ。女子を攻略しようというのだから命掛けだ。俺は例え四つの命が失われようと躊躇いはしない。
「加えて風呂の順番が来た後の方がいいだろう。あの生物は臭いに敏感だ。忌避感で拒絶されないためにも気持ちが盛り上がる時間がベターだ」
うちの一階のトイレは使えないんだよ。
「生々しいな!」
「いや、勉強になるわー。ヤガちゃん、姉ちゃんいるもんな」
「え、そうなん?」
「あー、あれは凄かったね」
チャラさん以外がコクコクと頷いてる。マジすげぇよ。ダントツだよ。
「そして俺の調べではうちの担任は夜出掛ける。副担任先生様の入浴の時間が壁越えのベストなタイミングだろう」
「いつだよ」
「あのさ、すげー失敗しそうなのは俺だけ?」
「あー、でも俺も鳴神がいいなー」
「ほら僕だけじゃないじゃん!」
少し承服しかねるといった表情のモブが捨てた牌を対面の相棒が鳴く。
「まあでも、真田たちの部屋行ってみる? 俺は目当て違うけど」
「マジか。あ、お前、そういや文化祭の時、士雁といい感じだったな……」
「ラノベさん。鈍器です」
「……ヤガちゃん。分かってんな」
なんでちょっと嬉しそうなんだよ。
「ラノベさんて」
「いや、そこはギルティでいいと僕も思う」
「なんでだよ! つか変なアレじゃなしにな、あ、ロン」
「おっと鈍器が滑った」
「ならしかたねぇ」
「仕方ないね」
「ふざけんな! インターで買ったお土産出せよ!」
殺伐としてきた男子部屋に俺はオロオロするしかなかった。壁に飾ってある絵、花瓶、灰皿。
「……なんで一人一つずつ鈍器渡してんの?」
皆さんのお役に立ちたくて。
決して不名誉なあだ名に対する復讐とかじゃなくね? 和気あいあいと親睦を深めるには一番手っ取り早いと思ってだね? 俺? 孤高。
ジャージ姿のクラスメートが修学旅行の定番の枕投げに移行したのを眺めつつ、落ちてあったお土産を貪る。一割がマナーなので次々と開ける。個包装のチョコとか三年早いんだよ。煎餅とかいい趣味してんな。
熱戦を繰り広げていたクラスメートの視線が、お茶を飲む羊に向けられた。不名誉なあだ名で精神的にいたぶった僕を! これ以上どうしようってんだ?!
「ギルティ」
だね。あ、いやだ。さっき条約を締結して放棄した鈍器を再び握り締めるのはどうかと思うよ。なに? ガン○ムなの?
「角だな角」
「待て。俺のゴディバだぞ? それじゃたんねーよ」
「壁越えの囮役をやって貰おうぜー」
「加瀬先生に中世の拷問を聞いてきて参考にしよう」
「「「それだ」」」
我が高校の教育に物申したい。平和な世にいらぬ知識を巻き込むべきじゃないというのに。
殺気立つクラスメートを手のひらを出して落ち着くようにジェスチャーだ。え、なんで首振ってんの? 楽しい修学旅行じゃないか。
チラリと時計を確認。くっ! 相変わらずルーズな奴めっ!
時間だ、時間を稼ぐんだ。
「相棒、相棒はこの前、文化祭の時にキッチンで女子生徒に…………抱きつかれてなかったか?」
「詳しく」
「ち、ちげぇって! 乗せられんなって!」
「アーンとかしてました」
「ほう」
「……へえ」
モブ。持ってる物が洒落にならんのだが? ハサミでナニを切る気なの? 縁?
部屋の隅で反対側に立つ相棒に視線を送る。
ニヤリと。
「っ?! ほっら、ばっか! 見た? 今の見た? 仲間割れが狙いなんだって」
「両方やればいいよ」
「お、おうクールだな」
お、おう。お前の何処がモブなのか。
「チャラ!」
「え、俺?! なんだよCHARAって」
俺のターゲットが自分に移ったことで狼狽えるチャラさん。武器はハリセン。
「この前茶髪のアドレスを知りたがっていたな?」
「弁護しよう」
何処からか取り出したインテリ眼鏡を装着するチャラさん。あだ名のセンスに自信がなくなってきたよ。
チラチラと気恥ずかしげに視線を飛ばしてくるモブ。ごめむ。もうネタないねん。
それにこの拮抗した状態を保つのが大切だ。
ついにドアノブが動く。勝機を見た。
「おーす、3班全員いるかあ? ……………………なにやってんだお前ら」
定時点呼に来た担任が呆れたように鈍器を持つクラスメート達を見つめる。
これには流石に張り詰めた空気も抜け、逆に焦燥感が場を満たす。
ここぞとばかりにハンズアップ。唯一鈍器を握っていない俺が担任に駆け寄る。
「突然暴れ出したんスよ。しょっぴいちゃってください」
「「「「八神!」」」」
誰のことかな? 俺はトイレくんだ。
ガリガリとめんどくさそうに頭を掻く担任の後ろで嗤う。
ここまでが俺の計画よ。君たちが戻ってくるまでに、せせこましく遣り取りしていた土産物は全部頂く。くっくっく、ゲームは俺の一人勝ちのようだね! あっはっは! 君たちが戻ってくる頃にはトンズラさせて貰うよ! お土産頂きましたってね! あーはっはっはっは!!
手をワキワキさせて魔王のようなポージングを決めていたら担任が顔を上げた。
「じゃ、連帯責任な」
げせぬ。
廊下で三十分も正座させられたのに、部屋で侵入作戦の練る間も正座させられた。囮役で勘弁して貰えるというんだから、男子って優しいよな。