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めんどくさがりの車窓から



 酔った。



 人や酒にでもなければ自分にでもない。


 新幹線に酔った。普通。


 古くから伝わる習わしでは、窓際こそ酔わないためのベスポジと言われているが、やたら多いトンネルと景色の切り替えの激しさに酷く酔うわ。騙された。


 昔の人が残した罠だ。避けようがなかった。


 席を向かい合わせてテンション高くトランプを始めたクラスメートの誘いを断り、やたらと飴を勧めてくる目が吊っているクラスメートのおばちゃんの誘いを断り、酔い止めの薬だと担任に渡された紫色の丸薬を突き返して、気分を変えるために車内を探索することにした。


 頭がフラフラするよー。地面が動いてるみたいだよー。


 次の車両には別のクラス。もちろん、わざわざ通り抜けたりしない。結構クラス間の行き来があるみたいだが、むやみに注目されたくないしね。


 男に集られているポニーテールが見え隠れしていたのも理由の一つだ。


 引き返そう。


 反対の車両へ移動だ。担任がウロチョロすんなと注意してくるので、あっちにはトイレがなかったと返しておいた。最悪先生の前でリバースすることも辞さないと言ったら許してくれた。もちろん遊○王カードだ。担任の心の広さがすごい。


 ううっ。なんだこの胸をこみ上げてくるような気持ちは? 足元がフワフワして酷く落ちつかないぜ。もしかしたらこれが伝説に名高い、恋、ってやつなのかもしれない。相手がわからないのが難点だね。


 壁に手をついて生還ごっこをしつつ次の車両を窓からチラリ。


 誰も彼もニコニコしていて普段絡まないような奴らも女の子に声をかけている。修学旅行効果ですね。わかります。


 列の真ん中辺りでは、罰ゲームなのか茶色い髪の女子生徒が、前髪を上げて男子生徒にデコを差し出している。


 茶髪じゃねーか。


 盛り上がった男子が先生に注意され、デコを差し出しているところをスマホで撮られた茶髪が怒り出す。しかし罰ゲームはうやむやにならなかったらしく、指で溜めを作った男子がデコピンを放つ。


 茶髪の頭が後ろに弾かれる。容赦なし。


 勇敢な男子生徒に敬礼を送りつつ、この後に起こる惨劇を見ないため、そっと視線を切ろうとした。


 しかし涙目でデコを押さえる茶髪と目が合う。なんてこったい。


 いま腹に一発貰ったら色々終わってしまう。とりあえず明日からの不名誉なあだ名は不可避だ。


 すると逃げろとばかりにタイミングよく近くの扉が開く。いき詰まる俺を新鮮な空気が誘う。乗った。むしろ降りた。


 扉の向こうの世界は地面が揺れたりしなかった。シャングリラ。


 人のいないベンチがまるで俺に座って欲しがってるようだ。そこまで言われちゃ仕方がない。足早に歩く人の群れを縫ってベンチに近づく。


「ちょっと!」


 グイッとね。


 腕を強く掴まれ振り返ると、茶髪が酷く慌てていた。


 なんだよ?


「腹パンは勘弁してください」


 リバースカードがオープンしちゃうぞ。悪い意味で大逆転だぞ。


「な、なにしてっ?! ちがっ、速く!」


「落ち着けって」


 婚期は逃げやしないって。男が逃げるだけで。


 プァーという空気の抜けるような音と共に閉まる扉。動き出す新幹線。


 茶髪に腕を掴まれたまま新幹線を二人で見つめる。窓から外を見ていた誰かが俺たちを見つけて騒ぎ出すのが見えた。


 新幹線が出て行くのと同時に人気の引いたホームで立ち往生。


「ど、ど、ど……」


 口をパクパクさせる茶髪に手を口元に当てて真剣に考察する俺。


「まいったな……漫画と違うぞ」


 駅弁も買う時間がない。


「騙された、と言ったところか……」


「ばかぁーーーー!」


 絶叫する茶髪を売店のおばちゃんが微笑ましそうに見ていた。










 僕の奢りなんですよ。


 売店で駅弁を二つとお茶を二つ買ったら、おばちゃんが「青春ねー」と菓子をオマケしてくれた。真っ青な春って意味合いだろう。


「まあ食いねー」


「……鳥やだ、そっちがいい」


「まあ食いねー」


「変えてよ?!」


 仕方ない。


 俺は渋々と自分好みの弁当を茶髪に差し出した。


 女性的思考回路によると、全部俺が悪いそうだから当たり前だとのこと。応援のお便りを待ちたいと思う。


 ベンチを間に一つ空けて茶髪と駅弁を食べる。お茶やらゴミやらを間の席に置く。


「はあ〜、どうしよっかー?」


「帰る?」


「なんでよ?!」


 いやだって一番確実な方法だと思うんだ。


 ちなみに茶髪も俺もスマホを新幹線の中に忘れてきてる。つーか荷物は全部新幹線の中だ。俺が辛うじて財布とパックのコーヒーをポケットに入れていたぐらいだ。


 コーヒーは一瞬で飲まれた。ゴミ箱に空パックを叩きつけながら茶髪は「なんで携帯じゃないのよ?!」と叫んでいた。理不尽。


 ここで茶髪を落ち着けるために俺は公衆電話を提案した。二人でドキドキしつつ殆ど化石とかしている公衆電話を探した。


 ぶっちゃけあるとは思わなかった。


「うわ、受話器デカ。千円入れるとこないよ?」


「小銭オンリーなんだろ。確か十秒……百円?」


「ぼったくりだ?! 何が話せるの十秒! イートインで肉まん食べた方が絶対有意義だよー」


「バブってたんじゃね?」


「なら仕方ない」


 二人で受話器を上げたり下げたりして電話をすることに。駅員さんの視線が厳しくなってきたので手短に。


「あ。番号わかんないじゃん」


 おい。我が校の頭脳。


「ど、どうしよー、どうしよー? ねえどうしよー?」


 ワタワタと受話器を上げ下げして駅員さんをチラチラ気にする茶髪。落ち着け。一回受話器を置くと金が戻ってくるって学んだだろ?


「俺が覚えてる番号がある」


「え、でもあたしのスマホ荷物の中だし」


 なんで自分の番号だと思った?


「大丈夫。違う奴のだ」


「……ふーん」


 ジトーとした目で見てくる茶髪。どうやら疑われているようだ。


 ならば見せてやろう。俺の記憶力。


 ピポパピポポ、ってやたらうるせぇな?!


 そのまま数回コールが続く、よく考えたら授業中かもしれない。


 隣で茶髪がムッとした表情で耳を寄せてくる。おっと。まだ疑ってんのか? 心外。


『プルルルルル、――はい、もしもし? どちら様でしょうか?』


 電話に出たのは、少し幼さの残る高い声。


 おさげだ。


「あ、もしもし。今電話大丈夫?」


『……え?! あれ? なんで?! 確か修学旅行中じゃないんですか?』


「急に君の声が聞きたくなってね?」


「デデーン」


 プツ、ツーツーツー。


 茶髪が受話器を掛けるところを押さえると通話が切れた。


「おい、なにすんだ」


「別にー?」


 知的好奇心を発揮するにしてもタイミングってあると思う。


 仕方なくもう一回掛け直そうと釣り銭返却口に手を伸ばす。五百円入れたから、まだ四百円分はあるはず。


 しかし硬貨は返ってこなかった。どういうことだバブル?


「ねえ、今のって誰?」


「ああ? 彼女だ」


 弟の。


「は……はあ?! うそ! だって君いないって言ったじゃん!」


「いひゃい。やめほ、ひほはあはほっへ……」


 このタイミングで暴力とか。ほんと女子力たけぇな。呉越同舟って知らんのか?


 結局駅員さんに注意されるまで茶髪さんの怒りは納まらず。駅員さんに、正直に弟の彼女に連絡したらキレ出したと事情説明。茶髪は「紛らわしい!」と赤くなっていた。


 駅員さんは残念な人を見る目で俺を見て、曰わくありげに溜め息を吐いた。


「とにかく、あまり騒がしいようだと学校に連絡入れるから。わかったね?」


 むしろして欲しい。


 そして時刻が昼近くなってきたこともあり、茶髪様の命令により俺が食料調達の誉れを仰せ遣ったと。


「なによ?」


「いや。おいしいかい?」


「鳥よりは」


 ホントだ。食い物の怨みって恐ろしいや。こうして八つ当たりで日々不幸になる俺の弟のことも考えほしい。弟に電話で告白してきた年下がいたっけな? 次はそれで攻めよう。


「ふぅー、美味しかったねー」


 茶髪は機嫌が直ったのかニコリと微笑みお茶を手に取る。


「ああ、そっちのはな」


 鳥よりも三百円も高いからな。


「もー、いつまでも拗ねない! 君が八割悪いんだよ?」


「残り二割は?」


「世界線」


 無かったことにしてはいけない。


「さて、じゃあ冷静にいこっか」


「そうだな」


 無難に次の新幹線に乗るとするか。恐らく東京駅で待ってる先生方には怒鳴られるが。


 食べ終わった駅弁の箱をゴミ箱に捨てる。お茶が残っているので互いにポケットに入れると茶髪が笑い出した。


「あはは。あたしお茶ポケットに入れたの初めて」


「マジか。変な奴だな?」


「いや、普通入れないし」


「なんのためのポケットだと思ってんだ?」


「メイク道具入れ。もしくはスマホ入れ」


 未来から来たロボットかなにかなのか?


「無人島では生き残れないな……」


「無人島にはいかないでしょ……」


 再びベンチに座りながら時刻盤で次の新幹線を確認。ゴミが無くなったせいか茶髪が席を詰めて隣に座る。


「そもそもスマホ入れてなかったろ。スマホ入れとはなんなのか……」


「うっ、だってー……って君もだから。あ、ネイルは持ってるよ。盛る?」


「いや、男でイエスって言う奴はいねーだろ」



「うっそ。クラスの男子はヤラセてくれたよー」


「うっそ。それホントに男だった? 娘じゃなかった?」


 次の新幹線に乗るまでトラブルらしいトラブルは無かったが他に、二人であーだこーだと言い合いをしていると、通りがかった女性の集団に「高校生」「可愛いー」とヒソヒソと囁かれて茶髪が赤くなったぐらいか。


 東京駅に着く頃には、何が楽しいのかニコニコしっぱなしで「すごい思い出だよね?」と嬉しそうにしていたが、茶髪……酷い思い出なら今から貰えるぜ? あそこで般若のような顔をしてるのが俺のクラスの副担任なんだぜ。嘘みたいだろ?




 ほんと、今度から窓際には座らないようにしよう。



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