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めんどくさがりの旅立ちの朝に



 いつも、いつもそうだ。


 名目は集団行動を学ぶだなんだとお題を掲げるが、ぶっちゃけ思い出作りと遊ぶのが目的なんだよ。


 学校は勉強するところなんだから断ってもいいはず。


 ついにやってきた三度目の季節。階段の軋む音にブルブルと震える。そういえばアレはいつも寒い時にやるな。


 今日ばかりは早く起きてるというのに、毎日の日課とばかり起こしにくる弟にはほんとに頭が下がる。


 ただ下げても許しちゃくれないけどね。うふふ。


 今日の対策の為にと買った扉の鍵は厳重だ。トイレがギリギリの時にイラッときて壊してしまった二代目とは違う。


 頼れる十六代目さ。


 現実よ消えてなくなれとばかりに包み込んでくれる恋人(布団)に愛人(毛布)と流行りのハーレムをかましているだけなのに無情にも奴は奪っていく。


 しかし無力さに嘆くばかりの毎日と、今日は、違う。


 ここを越えれば一週間の休みが約束されるのだ。課題なんてくそくらえだ。既にやってある。


 その俺の事前の準備と努力と休日を水泡に帰すわけにはいかない。


 今日こそは奴に教えてやる。


 兄より優れた弟など、存在せんということをなっ!


 ドンドンドン


 ひぃ。


「兄ちゃん! 兄ちゃん今日はヤバいよ!」


 今日もヤバいね。


「あー、起きてる。起きてるよー」


「もう! またかよ!」


 最近、弟とのコミュニケーションに悩んでいます。どうしたらいいですか? 都内在住・姉も怖いさん


 なんで起きてるって言ってるのにドアノブをガチャガチャさせるの? なんで回らないドアノブを無理やり回すの?


 開かれた扉から障気が吹き出す。封印を破った魔者は手をゴキリと鳴らして扉からゆっくりと姿を現した。


「マジ、毎度毎度……」


「ちがっ、起きてるって!」


 外気から体温を守るために装備を増やしてるだけであってね?


「……手早くいくぞ」


 むしろ優しくお願いしたい。彼女は不満かもよ?


「おっ、らあ!」


 ぐふ。ジ○ン軍。


 ピン留めされた昆虫のように壁に縫い付けられたが、恋人から手は離さなかった。


 例え腹をぶち抜かれようとも! ……貫通してないよね? おさげにいいつけちゃうぞ。


 ハラリと顔を覆ってた部分が剥げ、悪魔が恋人と愛人を掴んでにこやかに微笑みかけてきた。


 掴んだ手を離さなかったために布団ごと分投げられるわたくし。


「ほらっ! 起きろよ!」


 むしろ起きれない。


 壁に何度も叩きつけられギブアップを宣言してるのに繰り返される凶行に心も(・)折れそう。


 ここに人がくっついてなきゃ、布団をバサバサ払ってる絵なのにね。


「……行く、わかった、逝くから、わかっ、た」


「早く降りてこいよ。……ほんと毎回、修学旅行の時は」


 遠足の前日に眠れないってよくいうよね?


 わかる。対策に必死なんだろ?
















 俺は懸命に戦った。


 なんせあれから二度も弟と攻防を繰り返したのだ。


 正気の沙汰じゃない。狂気の沙汰だ。全然面白くなかった俺はノー無頼漢。


 頬に刻まれた拳の跡が結果を示している。ふっ、もはやオリンピックの優勝どころか未来に置いても誰も追いつけない回転の彼方を見たぜ。


「お、かあ……さ〜ん……あたしも……朝、ご飯……食べる〜」


「お粥でも出しとけ」


「あらー、お茶漬けならすぐにできるけど」


 クイッと顎を振って感染者を指す。気分はやや反抗的だ。


 朝の食卓だ。ここまで降りてきたら逃げるのは不可能。四天王最弱にも負けるのに残りの四天王に勝てるわけがない。


 時間をかけて大人しくみそ汁を啜るのが最後の抵抗だ。


 チラリと視線を投げてくる腐れ女。目が死んでる。


「……あんた、今日…………旅行?」


 ああそうだよ。旅行だよ。何が楽しいのか興味の無い街にわざわざ行って、迷って爆死。気疲れて爆死。リア充を爆死。損するところしかない旅行だよ。よく知らない街の慣れないホテルで仲良くないクラスメートとすし詰めになって寝泊まり。朝から晩まで行動を監視される上に自由時間は多数決で班行動。ホテルで爆眠を薦めたら白い目で見られるという理不尽。連れ回され空気と化し置物のように無視されるあの修学旅行だよ?!


「しかも東京、長野とか、信じられない。県を跨ぐなんて……?!」


「相変わらず、お兄ちゃんは遠出が嫌いなのねえ」


 やれやれと母さんがお湯を沸かしに席を立つ。隣りの腐れはテーブルにオデコをつけてフラフラとしている。なんで毎回起きてくんだろ? もう二度と目覚めなければいいのに。


「…………修学旅行で出来た、カップルって…………冷めるの速い、よー……」


 マジか。三学期の登校が楽しみだな。


 今から三学期の登校と旅行を休んで勉強しようとする俺の優等生っぷりが模範的すぐる。


 受賞もありえる。


 ぐでーっと伸びて光合成を始めた姉を後目にコーヒーを飲む。超しみる。腫れ上がった頬にカップを当てて冷やしてみる。


 怪我がひどいアピールだ。上手くいけばこのまま……。


「お兄ちゃん、そろそろ出なきゃ間に合わないわよ?」


 ですよねー。


















 新幹線で東京まで。それがスケジュール。


 なのに我々はバスに乗るんですよ。なんでも何年か前の生徒が駅で待ってる間の素行に問題があったとかで、だから普通に登校してきて、わざわざ駅までバスで移動。新幹線で東京まで。観光するためにバス移動。あまりの乗り換えの多さに一人ぐらい居なくなっても気付かれないんじゃないかって思う。


 知的探求心が抑えられない。


 試してみようか?


 校庭で、荷物を抱えた学生の群れからはぐれた所に座る。すげぇざわめきだ。誰しも浮き足立って、いつもはそんなに喋ってない奴らまで笑顔だ。


 黒板が恋しい。


 物思いにふける俺をよそに、正門からバスが入ってきた。


 より一層声量を増すざわめき。教師陣から拡声器を持った我がクラスの担任が出てくる。


『えー、それでは、クラス毎にせいれーつ! 委員長は点呼! 終わったところから乗り込めよ! バス内でも点呼するからなー』


 ……やれやれ。


「や、ヤガミ君! おっ、はよ、おはよう!」


 おうビックリした。すっかり忘れてたけど忍養成校を自負する我が高校の生徒は後ろに立つのが好きだよな。


 後ろから声をかけてきたのは、ツインテールが代名詞、本当に高校生? の呼び声高い図書委員、ロリ子さんだ。


 しかしなんとしたことか、今日はロングに伸ばした髪をバレッタで留めている。


 雰囲気がやや大人っぽい。


「あ、あー、おはよう。髪型変えたんだな?」


「そ、そそそうなの! ……変かな?」


「いや。似合……うん? あれ? なんか前も見たことあるような……」


「うんうん! あの――」


「こーら! 集合掛かってるでしょそこの二人! はやく並ぶ!」


 副担任の……フクタンが精一杯威厳を込めて声を掛けてきた。足を止めて腰を降ろそうとしていたロリ子が、あうあうと口を開け閉め開け閉め。


 はぁー、覚悟が決まらない。


 重たい腰を上げた俺にロリ子もついてくる。先程のテンションが幻のようにシュンとしているロリ子。


 任せろ。俺も姉で鍛えられている。


「あのさー」


 ロリ子がついと顔を上げる。


「いつもの髪型も、いいと思うぞ?」


 姉が髪型を変えた時に前の髪型も良かったって言わなきゃ、可愛くない弟だわー、と拳を頂くからね。


 フォローが大事。


 瞬時に赤くなるロリ子。青くなる俺。砂糖吐きそうだな。でも俺が話題を振ったわけだしなぁ。


「あ、ありがとう……あのね? ……あたしもそう思う」


 そう言って嬉しそうに笑ったロリ子に周りの視線が集まる。


「ちょっとー、八神くん。うちの班員とらないでくれるぅ?」


 列の後ろの方に足を伸ばすと、クラスでも人気者の部類に入るカースト上位どもが固まっていた。一人は酷く目が吊っている。


 お前らは前だろ。無駄に目立って撃たれてこいよ。


 スーパーの班とつり目の班が後ろの方を陣取っている。……隣りの席の奴らの班が一人足りないとのことで、ぼっちで安定のわたくしが入ることになっている。なんて便利なんだぼっち。みんながぼっちなら班割りで揉めることなんてなくなり、ついでに旅行もなくなりそうですね。


 俺の班は最前列。撃たれろと?


 より一層重くなった足を持ち上げて前の方へ行こうとする俺の袖が、軽く引っ張られる。


「ん?」


「あ」


 振り返るとロリ子がビックリしてこちらを見ていた。なんだ? まさかチャック開いてる?


 ロリ子の班が華やかなせいで注目度が半端ない。さりげに股関をチェック。セーフ判定。


 あれ? じゃあなんだ? 流石に恥ずかしくなってきたよ。


「あ、あの……! えと、その…………自由行動って! ど、どっ、どっこに行くか! ……決めた?」


「え? あ、いや、さあ?」


 悲壮な顔のロリ子。ごめむ。


 予想だにしなかった質問だよ。勘違いした周りがざわつきだしてる。うちの班の奴らの後ろをついていくのが俺の自由。どうなってるの?


「あ、いたいた八神ぃ! 委員長、3班全員いるわ!」


 おっと。いかなくちゃ。別に妙な空気から逃げるわけじゃなく、呼んでるから。


 全開ではしゃいでる3班に合流だ。ハイタッチとかしない。ノリが悪い? 今から全力でライドするのにか?


 うちのクラスが点呼が一番早かったらしく、声を上げるいち早くバスに乗り込む3班。隣りの席の奴ってそんなキャラじゃなかった気がする。


 既に酔ってる。俺に吐き出さないでくれよ。


 むしろ俺が吐きそうだよ。あることないこと。



 空気も凍りつきそうな吐く息が白い朝に、氷も溶かす勢いの熱気だった高校生どもはこうして旅立っていった。



四天王

お母さん>爺さん>確認された澱み(姉)>弟様




その上

父(未確認)戦闘力ゼロ




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