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めんどくさがりの文化祭 3



 人の流れを離れてデブと歩く。


 なんか人気のあるイベントでもあるのか、向こうはすごい人の流れだ。


 人ごみを見るとゲッソリするよね。ほら、あそこを歩いてるロングウェーブの美人のうちの制服を着た生徒もゲッソリしてる。


 そんな人の流れからはぐれたワテら。ブーメンのライブって意外と人気ないのな。まぁ、ぶっちゃけスカスカの方が人を気にしなくていいからね。歓喜。全くブーメンは最高だぜ。


 何やらデカい建物に入っていく人の群れ。我々はそれを大きく回り込むようなコースを辿ってそのデカい建物の裏の方へ。


 え? あれ? あの建物の裏には何にもないだろ? 道、合ってる?


 乱立する建物がある校内に幾つも存在するエアーポケットみたいな場所だよね? 深い事情でそういう場所を調べた俺ならわかる。デブチンと一緒に資材を運んだ場所と似たような場所だよ。あれの少し広いバージョン。校舎から覗かれるから……に最適な場所とは言えないね。


 故にクエスチョンだ。おいデブ。肩をツンツンとつつく。


「おいおい、どこいくんだよ?」


「……ああ、あそこの裏から入れる扉があるんだわ」


「知ってる。でも鍵掛かってるぞ?」


 外せる窓もついてないしね。


「……なんで知ってんだよ……まあ、鍵はいいよ。多分開けられてる……」


 マジか。事情通だなデブチン。ははーん、それでこの人の流れから離れてるわけだね? あの建物が多目的ホールでこの列はブーメン人気だと。


 つまり我々は特権階級。人ゴミに向ける目線も哀れみが混じるというもの。先程の美人さんと視線が合う。


 おっと。危うく敵性生物の関心を買うところだった。しかし奴ら(女性)は本当に油断ならないな。魚の濁ったような目をしていた。きっとえげつない拷問を考えてたにちまいない。


 俺なら人ゴミが消滅すればいいのに程度しか考えつかないというのに……恐ろしい娘。


 しかしどうしたものか……。


 思ったよりデブチンの容態が悪い。足元も覚束ない感が凄い。具体的に言うと幼稚園児にも負けそう。アメがワンパンで勝利だ。


 怪我と友達な俺から言わせて貰うと、ほっときゃ治るレベルなんだが……んん、なんか見落としている気がする。


 デブチンは体をフラフラと揺らす反動で前に進んでいる。これは分かる。俺も姉ちゃんから逃げる時にやる。ふふふ、馬鹿女(ばかめ)! 死んだと思ったか! と姉が目を離した隙に逃げるのがベストだからね。いつも逃げる時はフラフラだ。


 つまりデブチンは逃げてるでオーケー? ブーメンのライブに逃げ込むのか?


 フラフラのデブチンと角を曲がる。校舎裏を抜けるとそこは別世界!


「あ? こっから通行止めだから帰れボケ」


 不良の群れが存在した。


「あ、そうですか。さーせん。じゃあこれで――」


「う、うるせえ!」


 片手を後頭部に添えてヘコヘコしている俺の隣でデブチンが声を上げる。ちょっ、待てよ!


 一斉に注目だ。


 扉を開けようと弄っている奴らに、角に陣取って見張ってる奴ら、フェンスにもたれ込んだり座っている奴らが、なんか面白そうにこちらを見てくる。


 俺たちの前で見張りをしていた三人もデブチンに注目しているが、その瞳にはやや怒りが透けて見える。


 頭部に十字路貼り付けてる。


「お、おいデブチン。内弁慶は家で頼む。洒落にならん」


 二十人以上いますけど?!


 実は僕、八神健二君じゃないとですよ。知ってた?


「あ、さっきの豚君じゃん」


「引き込め引き込め」


「別にバレてもよくね?」


「ちょ、マジ俺のソバットで蹴り開けるわ。いくない? いくない?」


「バッカ、おまバッカ。こんなん誰でも蹴り開けれるわ」


「うえへ、正義の味方ぁーけんーざん」


「……マジたりぃな。いいから早くボコれ」


「やっちゃえ、やっちゃえ」


「「「……」」」


 俺らと対峙する見張り三人の視線が俺に向く。ええそうです。「やっちゃえ、やっちゃえ」は私のセリフですが何か?


 長いものには巻かれろって言うしね。


 俺の言葉に一瞬唖然としていた見張りの一人が、思い出し笑いをしたかのように吹き出し近寄ってきて肩を腕を巻いてくる。


「ふっ、だよなぁー? 景観を損ねる豚とかいらねーよね。じゃさ、お前がやれよ。殴れ」


 お言葉に甘えて。


 肩に手を回してきた見張りの顔の中心に拳をめり込ませる。肩とか抱いてくるじゃねえよホモめっ! 気持ちわりぃ! 俺にエス○ムの趣味はない。


 鼻から赤いものを噴出させながら倒れていく見張りを見て周りが殺気立ち始める。


 ……え、なんでオコなの。違う違う。殴ってくれってこの変態が言うから。


「お、おぉ……。やるな、八神」


 なんだこの俺がやっちゃった感は。


 周りを半包囲するように不良の皆様が囲んでくる。


 うん。誤解があるようだ。ならば手段は一つでしょう。


「話し合いましょう」


 ラブとピースだよ。愛持ってる奴が勝ち。どういう意味だろ?


「ああ?! テメーがふっかけてきたんだろが!」


「あ? なに?」


「いいからサッサと潰そうぜ。片瀬さんが」


「どけどけ。俺がやるわ」


 圧力を掛けてくる不良どもに押されるように後ずさる。


「くっ。なんでもかんでも暴力で解決しやがって!」


 この脳筋共めっ!


「いや、なんつーか……そうだけど八神、もっとこう」


 流石にこの人数に圧倒されたのかデブチンがしどろもどろになっている。声もまるで恥ずかしがっているみたいに小さい。ビビってるんですね? 僕もです。


 興奮して昇天した見張りを見るにわかる。こいつらは変態集団だ。紳士の俺と合う訳がない。直ぐに暴力に走るのなんかいい証明じゃないか!


「デブチン走れるか? 駄目だ、この恥知らず共は。話をする気がない」


「……」


 可哀想に。萎縮してしまって言葉もないようだ。


 それとなく逃げ道を探す。もはやついてしまった習慣はなかなか治ったりしない。後ろに視線を飛ばしたところで、何故か遮られる。


「…………」


「……あー……しかし逃げられない…………あたしも」


 ふざけろ。


 本当に何故か、先程のロングウェーブの美人さんが直ぐ後ろまで来ていた。どうせ大方、関係者入り口でショートカットとか考えてたんだろ。ふーやれやれ、女性ってやつは。そういえば俺の姉もこのウェーブの瞳も、あの残忍で有名なサメと同じ色をしている。


 はっ! いや、奴らは人類の半分の上に立つ優勢種。恐らく行列でストレスが溜まったから人目につかない所で発散するために来たのでは? 近しい人の思考で考えてみるんだ。サンプルは姉。


 間違いないね。


 だとすれば好都合。生け贄は二十人以上いる。逃げられないとか言ってたし。


「すんません、こいつらボコボコにしちゃっていいです」


 不良どもを指差してウェーブに告げる。


「……うん? なんで? なにが?」


「いや、若い男の生き血を求めて来たのでは?」


「おぅ、ヴァン婦。んなわけねー。帰ってこいオタク脳。いやいやいや、どう見ても、人知れずライブを守る熱き闘いでしょー。あたしは観客Aだから」


「くっ、妄想と現実をごっちゃにしないで頂きたい!」


「今日のおまいう頂きました」


 なんて奴だ。イッちゃってるよ。女性だもん。わかってた。


 俺がなんとか男を見たら殴るという女子力を発揮して貰おうと、再びウェーブに言葉を掛けようとしたら、いつの間にやら卑怯にも距離を詰めていた不良の一人が前蹴りを放ってきた。不良だもん。わかってた。


 しかしこちらはまだ暴力を振るっていないのだ。……いないのだ。裁判にも勝つる今の状態を維持するために、俺は偶然を装うことにした。


 デブチンを突き飛ばした反動で半身になり、不良の放った前蹴りがデブチンと俺の間を抜けていく。蹴り足が避けられ重心が変化した瞬間を見極め軸足にローキックを飛ばす。打撃と見られないようにすくい上げるように放つ。


「おっ、わ!」


 当然態勢を崩した不良は重力に引かれ地面へ。しかし、偶々、俺の膝が顔の落下する先に?!


 ガツンとね。不幸な事故だ。ツラいね。


「だ、大丈夫ですか?!」


 この一言で俺への疑いも薄れるというね、まさに策士。


「ないすニー」


 黙れウェーブ。


 俺の策は完璧だった。しかしウェーブの一言で罵声が歓声のように沸き起こりヒートアップ。


 もはや決壊寸前。


 逃げよう。不良から? いいえ女性から。


「デブチン! 逃げっぞ……デブチンさん?」


 デブチンを突き飛ばした方を見ると、地面にへたり込んで動く様子のなくなったデブチンが。


「くっ、いつの間にやられたんだ?!」


「いや、あんたが突き飛ばして壁に突っ込んだんだよ。おーい、生きてるー?」


 …………。


 壁際まで下がったウェーブがデブチンをツンツンとつつく。不良どももまるで俺たちがやった訳じゃないとばかりに襲いかかってこなかった。


 何を思ったのかウェーブはそのまま壁を背に座りこんでしまった。立て膝だ。神の影付き。


「がんがれー。あんたが負けたら多分あたしマワされちゃうと思うんでー」


 舞わされる? 女性の戦闘のことですね。うちの姉なんて毎日踊ってますよ。


「あれ、余計なこと言ったかな? いやでも干物だし……本当にそんな、ねえ?」


 目を戻すと不良どもの目がギラギラしていた。わかるよ。女性がご足労される前に逃げなきゃってことだね。怖いもんね。


 しかし二十人かー……。マジでやんの? どちらかと言えば俺も観客派なんだけどな。


 不良どもが目で合図しつつ距離を詰めてきた。限界まで張り詰めた空気が弾ける直前に、声が上がった。


「……退屈だ」


 その声は、緊迫した空気の中で酷く明朗に響いた。


 どうしたことか、不良たちの勢いが削がれ視線を後ろに向けている。ピースかピースなのか? 余程発言力のある奴の言葉なのか、喧嘩する空気が霧散する。


 話し合いのチャンス。その言葉の主を探すと、フェンスに寄りかかり俯いて座っていた奴が、ゆっくりとこちらに顔を向けてきた。


 正直、男子の制服を着ていないと女子に見間違えそうな男子……いや女子?


 男の娘だった。


 短めに切りそろえられた髪は少しグネっているがテンパ程ではない。小顔で色白、眉は細く薄い唇の下に泣き黒子がある。


 その男の娘が酷く億劫そうに立ち上がり近づいてくる。不良の群れがモーゼ。なんだろう? 珍しく第六感がグビリと息を飲んでいる。男の娘好きだったのか? 嘘だろ俺のリビドー。


「カタッさん、何もカタッさんが出るほどじゃ……ないっていうか。あの……」


 誰もが(俺含む)戦慄する中、不良の一人がウェーブの方をチラッと見て男の娘に話し掛けた。


 男の娘は、話し掛けてきた不良の目を親指で突き刺した。


「い、あああああああああああああ?!」


「うるさい」


 叫び声を上げる不良に、男の娘は刺した指を引っ張り不良を近くに呼び寄せると、霞んで見える程の速度の反対の拳で不良をぶっ飛ばした。


 二回転半捻りだ。


 体も意識も飛んだ不良はドサッという荷物が地面に落ちるような音で着地。


 思わず振り返った俺に、ウェーブが合掌していた。先程までと違い、いつでも逃げられるようにか中腰だ。


 ふっ。なんてことない。余裕だ。寧ろ二十人が一人になっただけ楽になった。うちの弟なら両目をついてくる。大丈夫。うちの姉なら呼び掛けただけで顎を砕かれる。大丈夫。まだまだ甘いぜ男の娘。


 精神を安定させて振り返ると、男の娘は黒い手袋とちょっとティーンが扱わない長さのナイフを装備し出していた。


「あっと、異世界転生の時間だ。ゲートが開くので私はこれで」


 流石に半分女性ですね。男ってついてるから、ついてるからつい!


「……退屈なんだ」


 おう、ヤバい事態だ。祭りなんて参加するもんじゃないね。ほんと。



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