めんどくさがりの文化祭 2
なんか急に静かになったな?
まあ静かなのはいいことだよな。おっと。ちゃんとお仕事しなきゃ。元々目がつり上がってる人の目が更につり上がらないために。ハイ、ワタシはオシゴトダイスキDETH。
紅茶を蒸らしてエヘヘ。玉子を焼いてウフフ。量産おはぎを皿に移してテヘ、ぺろり。おっと。これは売り物にならなくなってしまった。本来ならボッシュートだが、勿体無い精神を胸に期す日本人としてはどうしたものか……。
うん。いい味してる。
「なあ、八神…………それは」
おやあ? 二個ワンセットのせいか一つ余ってしまったぞ? おっと手が滑った。きっと働き過ぎによる発汗のせいだろう。仕事が悪いね?
「八神、……ふっ。分かってるじゃねーか」
勿論だ。仕事なんて将来ヒモを目指す俺にとっては敵もいいとこ。リサーチは完璧。職場の人間関係円滑にするにはこういうことするって、言ってた。
喜々としておはぎを食べ始めた相棒と共に笑う。アットホーム職場です。
「八神……あー! おはぎ食べてるー」
「コイツです。しょっぴいちゃってください」
「もごぉ?!」
相棒が『裏切ったな!』という目で見てくるがそれに構っていられない。玉子焦げちゃうからね。
「へっへっへー、黙ってて欲しけりゃ分け前をよこしなー」
スススッと相棒に近づくクラスメイト女子。相棒の肩に顎を乗せると「あー」と口を開けた。
背中にあれ密着。相棒が目を白黒させ、俺の目が赤黒く染まった。
高魔族とかいう変な名前の人を召喚しなきゃ。これから起こる悲劇の前に、俺が<力>で世界を救うんだ!
「ん! ん!」
クラスメイト女子が相棒の背中を叩きながら、おはぎを指差し、次いで自分の口を指差す。
赤くなりながらも相棒がわざわざ切り分けて食ってたおはぎの最後の一切れを、震えながらもクラスメイト女子の口に突き出す。ギルティ。
「あむ。んー! もごなら!」
べしゃれ(トーク)
「……全く、これだから文化祭ってやつは最高だぜ」
べしゃれ(重力)
なんだこの和やかな空気は。男ならもっと殺伐とした環境に身を置け。研ぎ澄ませ。
「んー、んーんー」
「あん?」
顔と共に世界を歪ませる俺に、クラスメイト女子がパタパタと肩を叩く。いや分からん。なんだよ。
埒が明かないと思ったのか暖簾をグイッとひきパタパタと手招きする。
………………なんだこのマナの濃さは……。
何か分からないが、クラスメイト女子が捲った暖簾の向こうから何かが洩れて来ている。
とてつもなく邪悪で純真極まりない障気が……。
第六感が、火事場かよっ! と言わんばかりに早鐘を鳴らす。その向こうにはグロ注意すらぶっちぎる何かがある。
薄っすらと汗の玉が、体に刻み込まれた記憶を呼び覚ますように浮かぶ。心の奥深く、魂にまで届く震えがジワリジワリと忍び寄ってくる。己が生命力すら吸い上げるように黒く浸食する大気が変質を促すかの如く肌を撫でる。
ピースはどこかに落ちていたはずだ。
思い出せ。湯気を立てる朝飯、寝袋の薄い感触、響く泣き声、雷光に映るテンパの横顔、軍曹の柔らかさ、紅茶の時間を計る黒縁、キッチンの茶髪、布団を毟る邪悪、まだまだ遡れ、泣き喚く飴幼女、行き過ぎ、階段を上って、残虐を地でいく方が降臨されて、起き上がろうとしたら――
『――悪ーい虫が寄ってくるじゃない』
脚が紫色で、
『というわけでー……』
俺は涙目で、
『案内、よろ〜』
約束を、した。
ピース(平和)なんてなかった。
青白い顔をした俺に、焦れたクラスメイト女子がおはぎを食べ終えて追い討ちをかけてくる。
「もう! お姉さん、来てるって!」
全く、これだから文化祭ってやつは最高だぜ。
あー、どっちぃー。
結局、先輩方と一緒に回るのは断った。ブーメンのライブに行きたいのと、回る予定の場所が初日に見て回った所と被っていたからだ。そんなに面白いとこなかったし。
断り文句にシフトが長いと嘘ついたが、もう今日は顔合わせる事もないからよかろ。
迂朴がまた一緒に回ろうと誘ってきたが、今朝から迂朴を熱く見つめる女子メートがいたから断った。迂朴鈍〜。女子メートからお礼言われちゃったよ。適当に「頑張れ〜」と手をヒラヒラさせたら微妙な顔してたな。もうちょっと感情を込めるべきだったか……。
鈍いのはいかんね、鈍いのは。
ダラダラと露天を冷やかしながら多目的ホールを目指す。途中でレオタード姿の新体操部が売ってた焼き鳥を買ったが、恐ろしくマズい。目の保養と合わせてプラマイゼロってとこかなー? どっかにメイドさんの喫茶店とかやってないんだろか?
手についたタレを舐めながら進んでいると、妙に視線が集まってる気がした。なんだろうか? 芸能人?
振り向いて見たが、よく考えてみたら芸能人とか知らないから、居ても分からんわ。
一気に興味が薄れて、他の屋台を探す。たこ焼きのタコの代わりにイカを入れたイカ焼きだと? なにそれ邪道。
「一箱下さい」
道草上等。横道大好き。
本当のところソースにマヨネーズが正義だと思うッス。タコの食感は二の次で。
金券と交換で一箱貰った。箱を渡す時にやけに永く手を握られた。なんだ? 渡し損ねて落とした客でもいたんだろうか?
ちゃちいプラ箱に八個入ってるイカ焼きを……あれ? 十個無理やり詰められてる。ラッキー。
爪楊枝で一つ突き刺して口に放る。思わず笑みがこぼれたところで偶々正面を歩いていた一年と目が合う。目を見開いて驚いたその一年が頬張っていたフランクフルトが落ちる。あ〜あ。そこは男子高校生ならナイス反射神経を見せつつ落とせよ。つか失礼だろ。てめーなに驚いてんだよ。女が誰でもハムスターみたく小口で食うと思うなよ。言っとくけど、みんな家に帰れば焼き鳥を根元から一口でいく戦士に変わるからな。変わるのよ? 変わるわよ。
見なかったことにしてイカ焼きを消化しながら露天を見て回っていると、リズムゲームを設置してるクラスを発見。マジか。
蜂蜜に群がる蟻のようにフラフラと吸い寄せられる。ゲーマーには回避不可。
どうも得点で競うよりランキングで最終的に一位から十位まで入ってたら景品が貰えるらしい。なーる、頭いいな。それなら出ていく収支が固定だし、景品が途中でなくなる訳じゃないから参加者が途切れたりモチベーション低下を防げるもんねー。
ふひひ、十位洗剤一つかよ。一位は出たばかりの某ゲームハードだと。落差でけー、はは。
ふう。
おけ。推して参る。
げろっ、やヴぇ、逃げてきちゃったよ。罪重ねちゃったよ。
エプロンしたままだし。そこら中で変な格好の奴ばっかだからセーフだが、日常でこんな格好してたらイジメられること間違いなしだな。ふへへ、日常的にイジメられてるけどね。
さて、わざわざイジメの現場(自宅)に戻ることはない。一応、一度も姉の視界には入らなかったけど……裏でガタガタやってたのバレてるかもしれないしね。相棒と某クラスメイトのイチャつきに耐えかねて逃げ出したって言えば通らんかね? 独身男子には票を貰えることだろう。
仕方ないので文化祭をうろつくことに。そういやぁ、ブーメンのバンド演奏があったね。気分を変えるために見に行ってみようかなあ。おぅ、なんだこれ。俺の知ってるイカ焼きと違う。一つ貰おうかね?
「まけてくれ」
「はい毎度! ………っていやいや。一つくれでしょ? なにいきなり値段交渉から入ってんのよ」
百円の金券が千円単位で綴りになっているのをポケットから取り出し、二百円分ちぎる。
「これしか、これしかなくて……」
「目の前でまだあるの見たわ! 下手! なにもかも下手!」
この交渉。
「負けてくれ」
「まけるかあ!」
女性だもんね。男子に負ける訳ないよね。やだ。夢見ちゃった。
「全く。これだから男子は。さっきだって可愛い子が来たからってオマケして端数出すし……」
ブツブツと呟いているポニーテールの三年生に追加でもう二百円分の金券を渡すと、後ろで目に痣がある男子がパックに詰めたイカ焼きを渡してくるのを受け取る。
ビニール袋を断り、早速開いて食べ歩きする。あ、美味いな。コーラが欲しくなる。
ブーメンのバンドは確か多目的ホールだったな。時間よく覚えてないんだよなぁ。ははっ、だって僕と相棒のシフトって何故か夜までだったから。やだ、このイカ焼きしょっぱい。海の味がする。
人ごみを避けて多目的ホールを目指していたら、一際集まる一角から怒号のような歓声が上がった。
フェスティばってんな〜。まあ、俺には関係ないな。
金髪の大剣使い並みの「興味無い」を吐き出して、人工密集地を避けて多目的ホールに向かった。
なんか疲れてきた。
「凄い流行ってるね、この店」
そう呟いて周りを見渡す鼎にツッコミを入れたい。
そりゃ、セーラーは可愛いし実際可愛い娘が沢山いるクラスだから流行ってはいるんだろうけど、廊下がパンクしそうなほど野郎を集めてんのはテメーだよと言ってやりたい。
つーか、こんクラスほんと可愛いの多いな?! あのやや吊り目がちの子とかツインテールの子とかショートボブの子とか、それぞれ好みで反応が割れそうだけど、アイドルとか言われても寧ろ納得しそうな娘が多い。ただでさえ隣には無自覚に見た目で野郎を引き寄せるバカ娘がいるっていうのに。結構気合い入れてきたけど、隣に座るの居心地わるっ!
……べっついいけどぉー! 年下とか興味無いしぃー!
「……なによ? なんか怒ってる?」
「全然」
気持ちが視線に表れているだけよ。
「あー、あんた人ごみ嫌いだもんね」
主にお前のせいでな。
「ま、あいつもいなかったしね。移動しよっか」
逃げたんじゃないの? この状況で呼び出しとか、あたしなら逃げるわ。
「で、どこ行こう?」
鼎がテーブルの上にパンフを広げてくるのでそれに乗っかる。これでも付き合いはドロドロに腐っているから言いたいことは分かる。なんたって高校入学時、あたしの彼氏が「他に好きな奴が出来た」つって振られて逆恨みしてつきまとった頃からの付き合いだからね。爆ぜないかなこの女。
溜まるストレスの発散は今度の合コンで行おう。マジ、顔にスタイルはいいからイケメン入れ食いなのがあんたの良い所だわ。きっと顔とスタイルがなかったら心友になれたけど。
「ねー?」
「あいあい」
どうせどこも興味無いんでしょ? 興味あったら最初に自分の意見言うもんね。
パラパラとパンフに乗ってる地図を見ながら、鼎が期待の入った目でこちらを見てくる。どうせ弟くんだったら何処に行くかなぁ、とかでしょ? 知らないわよ。あいつちょっとズレてるから。外で焼きそばでも食べてんじゃない? あたしにとったら臭い残る系とかダメだけどね。
「……んー」
「……どこ行こうか?」
案内人もいないしなー。現三年生だとあとはアリサぐらい? でもあん子、生徒会長だから忙しいよねー。
「あっ、そういえば、さっきコマがなんかオススメしてなかった?」
「あー、なんかバンドの……」
豚の人逃げて!超逃げて!!