あたしと文化祭
「来ないしっ!」
イライラが極まって、あたしは思わず叫んでしまった。
自分の教室。待機場所となぞらえた椅子の上だ。
あたし達のクラスは『デュア写メ』という、よく分からない企画をやっている。
クラス内にあるゲーム――将棋やチェスなどの盤ゲーから、クイズやクロスワードや知恵の輪などの多岐に渡るゲーム――の中から三連勝あげたら、私服姿の女子と2写メ、ツーショット写真を撮れるという企画になっている。私服は各自の持ち込みだし、ゲームだって既製品だったり腕相撲とか身一つで出来るお手軽な上にコストも掛からない物なので、ボロ儲けだ。勝率を抑えるため、各ゲーム、クラスで一番上手い人が担当している。
ハッキリ言って暇だ。勝つ人なんてあんまり現れたりしないし。
「どーしたん、ねんちゃん。ストレス?」
最近よく話すようになったクラスメイトの秋口さんがとりなしてくる。暇を潰すために隣同士に座ったのだ。
「ち、違う……こともない? あーもう!」
人目が集まってしまったが、あまり気にせずに座り直す。
「そーかぁ。今日はねんちゃん指名凄かったもんなー」
他のクラスメイトは呆気に取られたような表情で見てくるが、この秋口さんだけはマイペースだ。ちょっとポヤンとしてるけど。
「この指名制だけでもなくして欲しいわ……。あと腰に手ぇ回してくるやつ」
「そーやなぁ」
時間はいつもなら下校の時間だ。文化祭の時は部活もないので部活が終わる時間ぐらいまでは祭りが続くため、下校する生徒は少ないけど…………。
なんかあいつ、帰ってそうな気がする……。
また胸にモヤモヤが溜まってきた。吐き出したい。
「それでぇ?」
「うん?」
絶妙のタイミングで声を掛けられ怒りが散っていく。
長い髪を三つ編みにして肩から前に垂らした秋口さんが、三つ編みをクルクルと弄りながら聞いてくる。
どうやら秋口さんも暇を持て余してるらしい。
「それで、って?」
「来ない、てぇ、誰が来んのぉ?」
「……だ、誰って」
「誰かぁ、来んから怒ってるんやろぉ?」
「ま、待ってないし、怒ってない?!」
「そーかぁ」
「そうや!」
「それにしてはぁ……」
秋口さんがチラッとこっちを見てくる。
ぐっ。多分、服装のことを言いたいのだろう。
あたしの今日のコーデはバリバリの秋服だ。萌え袖を余した長袖のTシャツに肩掛け。ミニスカートは重ね地のフリルにハイソだ。あざと可愛い系だ。
ちなみに秋口さんはジャージだ。やる気なし。どちらかと言えばあたしの方が少数派だろう。
秋口の目が言ってる。『それにしては、気合い入れてんね? 空回ちゃった?』って。
「…………全然違うし。そんなんじゃないし。むしろ関係とかないし」
「そーかぁ」
「でも約束したんなら守るのが常識だよね? 予定とかあるし。いつくるかわかんないし」
「そーなぁ」
ぐぐっ。
「あたしはいいの、あたしは。秋口さんは?」
「ん〜?」
「誰か待ってたりしないの(彼氏いないの)?」
「おるよぉ?」
「そっかー…………んん?」
「「「ええ?!」」」
あたし含め周りの女子や将棋勝負中だった男子まで振り向いて秋口さんに注目する。なんか膝ついてる男子いるんだけど。失恋。いや失礼。
「え、なになに、混ぜて混ぜて」
「どどどどどういうこと?!」
「マジでマジで? どこまで系?」
ガタガタと椅子に座ったまま器用に移動してくるクラスメイト女子。そう、女の子は恋バナ大好きだ。見栄や意地で言っている可能性も含めて吊し上げるのが常識。どちらにしろしっかり聞かなきゃ。
ほんと、文化祭って盛り上がる。
「……出てこない」
「もうさ、行けばいいじゃん?」
焦燥のあまり呟いた言葉に反応を返したのは、あたしの前に腰掛ける小学校からの親友。
十人いたら十人が振り返りそうな整った容姿をもつ綺麗系。強いて欠点を上げるなら目が吊っていることぐらいだろうが、それだって見る人によっては美点だろう。
「ねー、もうちょっとなんか見て回ろうよー」
その親友こと鳴神真綺ちゃんは、窓際を眺めながらも、ぐでっと机に突っ伏した。
場所は四階。三年生がやっている喫茶店の、部室棟が見渡せる窓際。およそ一時間程、紙コップに入った安いコーヒーで粘っている。
失敗したのはシフトだ。
完璧にヤガミ君と同じにしたのに、ヤガミ君は厨房であたしはホールという職種の差を考えなかったためのミスだ。女子は着替える時間がある。
こんなことなら女子のセーラー服を着てみたいという要望を通すんじゃなかった。上から着るタイプのエプロンにしていれば、着替えに時間を取らなかったのに。
急いで着替えたあたしは、教師に紛れさせているスタッフに連絡を入れて、直ぐにヤガミ君の場所を特定した。良かった。まだ帰ってなかった、と思ったのも束の間、ヤガミ君は文芸部室という伏魔殿に入ったという情報であたしは、出店周りをしようと笑顔で近づいてきた親友を掴み、文芸部室の入退室が見渡せる、ここ三年生の喫茶店にやってきた。
何言ってるの真綺ちゃん? どんな出店だろうと、ヤガミ君がいないなら楽しいわけないじゃない。
「……あんた、焦ってんのか言動がだいぶヤバくなりつつあるんだけど……」
「そ、そんなことないもん。普通だもん」
「もー、告っちゃえ告っちゃえ。色仕掛けだろうと何だろうと……ああ、無理か」
「で、でで出来ます! ただヤガミ君はそんな浅い籠絡に掛からないってだけです!」
「やー……どうだろう? 公衆の面前で私のパンツ見たがる奴だよ?」
「それ違うよ。絶対違う。本当に間違い。偶々の偶然に手が当たっちゃっただけだよ。百歩譲って近かったからだもん。……あたしがもうちょっと近かったら良かった……」
「いや、女子としてそれはどうよ」
そう絶対違う。真綺ちゃんのパンツを見たかったからなんて筈はない。だったらあたしのでもいいはず。うん。真綺ちゃん限定じゃないはず。そうだ、いい機会だ。ハッキリさせて置こう。
「真綺ちゃん」
「なんだね母さん」
「ヤガミ君のこと愛してる?」
「ぐっはっ!」
あたしは真剣に聞いているのに、真綺ちゃんは吐血するフリをして茶化してくる。
「あんたねー、どっからそんな結論が出てくるわけ?」
「だって、だって、真綺ちゃんがライバルならすっごくピンチだし……」
あたしが窓の方を気にしながらも、真綺ちゃんの方を見ていたら、真綺ちゃんが呆れたような顔を向けてくる。
「あー、ないない。八神君ってデリカシーないしスケベだしやる気ないしヒョロいし優しくないし馬鹿だし」
「そ、そんなことないよ……」
「だってクラスの男子が勢揃いしてる前でスカート捲ってくる、普通? 重いもん持ってても手伝ってくんないし、名前忘れるし、下手すりゃ逃げるし」
「じゃ、じゃあ?」
「だーから、ないって。あたしもっと包容力あって気安いタイプが好きだから。出来れば年上。出来ればイケメン。出来れば金持ち」
パタパタと手を振る真綺ちゃんに、漸く詰めていた息を吐き出す。
「そっか。わかった、ありがとう」
「はいはい。じゃあ文化祭をボクと一緒に周りませんかお嬢さん?」
「ヤガミ君が出てきたらね」
「っでぇぇぇん!」
また、ぐでっと突っ伏した真綺ちゃんを後目に、あたしは窓の外の景色に目を向けた
「こっちかな? いやこっち?」
姿見の前で服を当てて悩んでいる絶世の美女にあたしはウンザリしていた。
数日前の自分の発言をなかったことにしたい。
「ねー聞いてる?」
「いや聞いてない」
「もう!」
ウッザイ。今年二十歳を迎えるあたし達が、もう! とか、ぶりっぶり過ぎて殴りたくなるわ。これがうちらの大学のミスで当代きっての才媛かと思うと、写真撮ってインスタに上げて拡散したくなるわ。
まあそれでもどうせ肯定しかされないんだろうけど。世間のチョロさよ。
事の発端は、あたしがこの高校時代からの親友のお気に入りの弟くんをからかったことから始まった。そうか、あたしが悪いのか。
いや、弟くんの返しと反応が面白いのが悪い。つまり弟くんが悪い。
でも文句の一つも言ってもいいでしょうよ? あたしはここ一週間近くこの馬鹿娘に付き合ってあげてるんだから。
一週間。そう一週間。
メイクにコスメに洋服に香水にアクセ。選びに選んだ一週間。
弟の文化祭に行くだけでこの気合いの入れよう。
確かにあたしも女だし? ショッピングにオシャレは好きさ。あー好きさ。
でも朝から晩までオシャレ漬けはない。ウィンドウショッピングってマラソンじゃないんだよ? 大体あんた、ドレスコードありありのホテルのバーでムード全開にして権力見せつけで告ってきた御曹司をフった時でさえしま○らだったじゃん。当然のように着こなしてるからガードの人も止めないしさ。
突っ伏していたベッドから顔を上げ、寝不足でクマのついた顔で鼎を睨む。
「かなえー、いや馬鹿娘」
「それ言い直さんでいいでしょ……」
「そんなに好きならもう結婚しちゃいなよ。ユー、ヤッちゃいなー。どうせ」
「な、な、な、なぁー?!」
「ブッ?! んー! んんーんー?!」
バカ放してよ馬鹿娘! あんたの馬鹿力で頭を押さえつけられたら息が、ちょっとマジで、こらぁ!
「あぶ、危ないでしょ?!」
あんたがね!
ギブアップと言わんばかりに腕をタップするが、何を勘違いしたのか更にあたしの頭をベッドに埋めてくる。あ、死んだな。もし生きて帰れたとしてもこいつの友達止めよう。
高校の頃からこいつの事が嫌いでよく絡んでる内に友達認定されたのが運の尽きだった…………あたしが弟くんでストレス解消するのって最早宿命と言える。
弟でストレス解消するのがいいって教えてくれたのも弟くんだしね。因果応報。