めんどくさがりと文化祭 2
「
めんどくせっ!
なにがめんどくせえってもうあの黒縁眼鏡がめんどくせえよ。なんなんだよ。『今日なんの日でしょう?』って聞いてきて『正解は〜、つきあい出して百日目記念日〜』と答えるアニバーサリー女にデレデレして『そっか〜』って答える男レベルでめんどくせえよ。なんだあのナンチャッテ眼鏡。屋上のヘリに立って予想できそうなミスで落ち掛けたドジっ娘のくせしやがって。なに冷静に録音とかしてんだよ。てへぺろコツンぐらい言うのがマナーだろ。望みってなんだよ。某ホムンクルスに言わせりゃ願いでオーケー? でも帰りたいってそんなに大望じゃないけどね? 別に転生も転移もしてないからね? だからって捨てられないよ。俺は捨てねえよ、しがみついても守ってみせる……!」
「そう。じゃあ捨てなくてもいいから入って?」
ん?
いつの間にか開いた扉から黒縁が顔を覗かせていた。
俺の心の声を敏感に察知してくる黒縁。しかしいつまでも驚く俺だと思うなよ? からくりはもう割れてんだ。
「読心術って、やつですね?」
「いや、せんぱいメッチャ喋ってたでありますよ……。正直、ちょっとイッてんなー、45度だっけ? って思ってました」
古いテレビかな? あれ、何するつもりだったのかわかる、わかっちゃうよ女の子。
「とりあえず、存在が恥ずかしいわ。話は聞いてあげるから中で続けましょう、ね?」
「あ、やめて。なんか寂しい感じになってるから。全然そんなことないから。前の文の罵倒よりキツいから」
「せんぱい、自分でよければいつでも相談にのるであります!」
「違うから。大丈夫、俺、大丈夫だから」
こんな貼り紙を貼るような部活の部員に心配されたくないから。
なんてことだ文化祭。いつもよりカロリーの消費量やストレスの溜まり具合が半端ない。ああ、だから出店系が多いんだね? 減ったお腹に時価でネゴシエート、財布を迎撃するのが日本の文化だと? 納得。そりゃなんでも初回限定版になっちゃう国になるわ。握手券も金に変わるわ。
帰ろう。だってここに癒やしはないから。
そうだ、犬を買おう。白い毛並みの子犬。名前はミケ。
「それはどうかしら?」
「もう読んでますよね? 読んでるでいいじゃないですか?」
「じゃあ、虎舵さん澁澤さん。連行で」
「ya!」
ガシッと掴まれる俺の腕。ズルズルと引きずられるように入室。やだー、ごーいん。
知ってた。
諦めながらも部室を見渡す。
結構な広さがあると思ったら、二部屋ぶち抜いてあった。きっと汚いことしたに違いない。
部室の右と左で感じが変わっている。左は畳が敷き詰められ、その上にコタツとテレビ、部屋の壁側にロッカーが並んでいる。俺が入ってきた方は右で、二人掛けのベッドになるタイプのソファーが二つ、ガラス張りのテーブルを挟んで置いてあり、窓際にアンティークな机と安楽椅子、西洋の甲冑が備わっている。
今のところ不信な点はないようだ。
俺が部室を見回している間に、黒縁が部屋の隅で電気式のポットに天然水を入れだした。スイッチを入れると、備え付けてある小型の冷蔵庫から果物を取り出して聞いてくる。
「梨でいいかしら?」
「バカな。林檎がポピュラーだろう」
「先輩。自分、この部室に違和感しかないんですけど。いや、何度も来てるんですけどね……ただ、初見の反応はそうじゃないと思います」
とかいいつつティーカップを用意してる後輩は手遅れだと思うの。んで、君はいつまで俺の腕にくっついてんだよ。
よくできたフランス人形ようなテンパがジトっとした目でこちらを見ている。テンパは腕のところを掴んで離さない。
腕の肉も掴んでるのに離さない。
そんな目で見るなよ。わかってるって。
「俺の茶菓子は譲ってやるから」
ニッコリ笑顔で宣言したというのに、俺の腕からブチブチブチという異音が。テンパが離した後の腕がやけにヒリヒリする。
「じゃあ、座ってくれるかしら?」
袖から手を突っ込んで「あれ、なんかヌルヌルする……」と引き抜いた指に付いた液体の赤いこと。
涙目の俺を無視して普段からそこに座り慣れてる位置に座る文芸部員(悪魔共)。湯気のたつティーカップには紅茶とお茶請けにクッキーが。
俺はしっかり頷いて、距離をとってコタツに潜り込んだ。段差があってよ、靴脱げんだよ。開放感が、いいね。
「うぇ?! 八神先輩、普通はお茶が置かれたところに腰掛けませんか? ほらほら、クッキーもあるでありますよ?」
「それで釣れるって思われてることに悲しくなるわぁ」
もうね、帰る時間なんですよ。本当なら今頃は帰りついて人生を無駄に削るという最も尊き行いに身を任せている時間なんすよ。だからか、学校にコタツっていう状況なのに心がほどけていくように感じるよ。
もう、ここに住む。
過言ではない。ギリギリの発言だ。
しかもコタツはちゃんとスイッチが入っている上に、暑すぎないように温度調節もされているというね、嫁の鑑か。
しかし残念ながら俺はコタツの布団の部分が好きなんです。暑すぎるコタツに逃げるように布団の部分だけ被る態勢がいいんです。フッ。
「どうやら部長とは趣味が合わないみたいッスね。さーせん」
「なにかしら? 一方的に馬鹿にされたように聞こえたのだけれど」
ふぅ、という溜め息が聞こえてきたが、もうあんまり気にしなかった。なんでだろう……すごく……眠いんだ。
「じゃあ、第一回、文芸部定例会議を始めるわ。まず、今回の文化祭についてなのだけれど――」
ここで『校長の話』はヤバい。全力で寝かせ(殺し)にきてる。仕方ない、その勝負、受けようじゃないか。
知らない天井だ……。
ボーっとしながら天井で煌々と灯る電灯の光を見ていて気がついた。ここ俺の部屋じゃねえ。
ゆっくりと身を起こすと、コタツがあった。どうやらコタツで寝ていたようだ。
なんだ、そうか。
じゃあ、再びゆっくりと身を伏せよう。
「待ちなさい」
「せんぱい。いくらなんでも寝過ぎでありますよ」
再び床に伏せようとした俺の肩が左右から伸びてきた手に縫い止められる。
右の手の主は、黒い髪を腰まで伸ばしたストレートヘアーの黒縁眼鏡をかけた、悪魔(女性)。
左の手の主は、日焼けした健康的な肌にショートカットヘアーのクリクリした大きな目を持つ、悪魔(女性)。
縫い止められた正面には、金髪碧眼の悪魔を象った西洋人形が置いてあった。その碧い眼は開ききっておらず、茫洋とした視線は、まるでこちらを見ているかのようだった。怖い。
緩く頭が回転する中、左の悪魔が平手打ちを咬ましてきた。まあ悪魔だもんね。ちょっ、何発? 何発叩くの?
「あっ、大丈夫。目、覚めました」
「そ?」
「無問題です。黒縁」
「まだのようね」
あ、グーはおかしい。グーはおかしいでしょ?!
テイク2。
俺が目を覚ますと、そこは部室で、体が(以下略)。
コタツには天使も嫉妬し悪魔も惑わすような美少女がそれぞれ座っていた。形容するのま憚る美貌の主は、仮に俺から見て左側が黒縁の眼鏡を掛けたゴッデス、右側が元気いっぱいながらも蠱惑的なミーチェ、そして正面に座す神を象った人型をデウス・エクス・マ…長いからテンパ、と呼ぶことにしようか。
しかしいいのか? その造形だけで神への反逆を疑われそうな女性の中に、こんな顔をブクブクと腫らした男が混ざって?
いや、よくない。
ここは神の座す場所、遥かなる理想郷。俺は俺に似合いの場所に戻るべきだ。そう、あの部屋。
この場を後にするのに切なげな溜め息に万感の想いを込めて吐き出し、震える足で立ち上が、
「次は、さっきの三倍でいいかしら」
らずに、座り直した。正座だ。何この人、超怖い。
赤いなんとかだ。返り血でべっとりだ。
「それでは…………何をすれば文化祭っぽいのかしら?」
「じ、自分は、高校の文化祭は初めてなので。あのブーメンの演奏は面白かったであります! さすが、高校!」
わかる。
「……」
テンパは我関せずとコタツの上にあったミカンを剥き始める。
あ、白いとこも取るんだなと眺めていたら、左右から視線を感じたので、右目を右に左目を左に操縦桿をあなたに渡してみた。
「うわっ?!」
「……凄いわね。どうやったらそんなこと出来るようになるのかしら?」
とある忍者漫画で右と左を同時に見れば忍術が使えるようになるって……。
「せ、せんぱいっ?! あの、やめてもらってもいいですか?! じ、自分は爬虫類とかそういうのが、その……あれで」
「そうか。すまん」
ニュッとな。
「うぅぅぅ……」
「凄い気持ち悪くて役に立たない上に害を撒き散らすような存在ね? 死なないかしら」
それ特技についてじゃないね? 俺個人への口撃だね? 慣れてます。
舌戦を仕掛けてくる黒縁を無視していると、目の前に皮を剥いたミカンの果肉が差し出された。丁寧に剥いたなあ。でも果肉まで取り出すなら白いとこ取らなくても良かったよね。
…………それで、何かな。自慢?
テンパの閉じかけてる瞳を見ても意志は伝わってこない。
「なんだよ」
わからなかったら聞いてみよう。
「……あーん」
「あーん」という声に合わせてテンパが口を開く。が、自分で食べるわけじゃなく、俺の口に寄せてくる。
左を見る。
黒縁が「……なるほど」と呟いている。
右を見る。
軍曹が「あわをわ?!」と言いながら手で目を覆っているが、隙間からバッチリ見ている。
え、マジでこれなに? 「デートをしましょう」的なこと?
しばらく果肉を見つめていたが、わざわざコタツの上に腹ばいになっているテンパが少しかわいそうなので、パクリといった。
それで納得したのか、コタツに座り直したテンパは、いつも通りの半眼でこちらを見ている。
…………あれ、こういうのって充実の象徴かと思ったけどあんまり充足感ないな。主に実験動物を見るようなテンパの目のせいかと思われる。
「八神くん、はい、あーん」
左から黒縁が似たように手を突き出してくる。
但し、摘んでいるのはミカンの白い部分だ。
「それで? これってなんの集まりなんですか?」
「文化祭って何をするのかの……調査? かしらね?」
「疑問符だらけですね」
「正直、文化祭を楽しんだことってないわね……どうやって楽しむのかしら?」
「先輩らしくない……俺に聞くのは間違いですよ」
「寂しい発言だと思うのだけれど……」
そんなこと言われてもなあ。
せっせとミカンを剥き始めた軍曹を横目に考える。文化祭、文化祭…………。
「い、家に早く帰れる……とか」
「…………一般的な生徒は、むしろ長々と残っている方が多いらしいわよ?」
なんだ軍曹、その目は。もう食わねえから。
「じゃあ、わかりません。俺って平均的なパンピーなんで。平均的なパリピに聞いてみたらいいのでは?」
「な、なんでですかぁ?! 亜丞先輩としーちゃんには反応したのにぃ! じ、自分にもチャンスを?! アーン、アーン!」
「そこで参考資料として一般的な女子高生の文化祭の楽しみ方としての映像を入手したわ」
卑猥な響きを感じるのは頭の中がどピンクなせいでしょうか? 軍曹、ミカンを頬に押し付けるのはやめなさい。
「これよ」
「アニメじゃねーか」
しかも女子校の軽音楽部が舞台のやつ。要はみんなでアニメ鑑賞するって認識でオケ? 軍曹、俺の頬でミカンを潰すのはやめたまえ。
というわけで文化祭編を視聴することになった。
続くよ?
もう家に帰って風呂入って飯食って寝ました、で終わると思ったでしょ? ……俺もだ。
まさかキチンと宿泊許可とってるとは……ナメてた。黒縁の行動力ナメてた。
更に深夜の学校を探索することになった。ジュリエットのお墓探すんだと。勝手にやってくれって思ったが、何故か俺もかり出された。曰く、「女性だけだと危ないと思うのだけれど」だと。全く同感だ。危険度パネェ。なのに何故か連れ出されたよ。不思議?
校内をゾロゾロと歩いているが、意外と活気があった。ぶっちゃけ高校生が友達と集まってるのに大人しくしてたりしない。準備と言いつつ宴会してるのだ。
「……資料と違うわね……」
黒縁は眉をひそめているが、軍曹はテンパに抱きつきながらも楽しそうにしている。テンパは……まあ慣れてるからね? 物珍しくないね?
なんの出店なのかわからないような店を冷やかしたり、固まってなんらかのオブジェを作っている集団を遠ざけ、自然と足は校庭の方へ向かった。
流石に校庭までは灯りがないと思いきや、校門の所が微妙に明るい。
どうせゲートの設営か何かだろうと思ったが、黒縁は行くらしい。女性のバイタリティって凄い。思わず敬礼して見送ろうとしたら耳を引っ張られた。あれ、ビリッて音がどこかから聞こえたんだけど? 気のせいかな……だって引っ張られた耳からは何も聞こえないしね。
ゲートの近くには、どう見ても私服の集団が壁や校門の上に腰掛けて騒いでいた。うちの制服のやつもいるが他は他校生じゃね?
「かんぱーいっ! とかね、ははは!」
俺が観察している内に、ジャージのやつがペットボトル飲料を手に黒縁に近づいて掲げている。黒縁は、冷たい視線で答えている。あわわ。
「え、かわいいね? この学校? なに泊まり? 混ぜてくんない?」「ふはは、バーカ」「俺ら明日の一般公開から行くからさ、どこの店? サービスしてよ」「マジカラオケいかね? どうせヒマっしょ?」「おう、ちょうど7対3とかピッタシすぎる! こりゃ運命だわ!」「おれら安全よ? 見てこれジュースだよ」
あっという間に囲まれる文芸部女子。そっと背景に徹する文芸部男子。
場慣れ感出してる黒縁とテンパはともかく、ガチガチに緊張して下向いちゃった軍曹はちょっとかわいそうだった。
闇の中にバチバチと浮かぶテンパの横顔は相変わらず怖かった。黒縁が「あなた達の、お墓はどこかしらね?」と呟いたのが怖かった。非戦闘員は原則退避に則って軍曹だけ引っ張って避難していたのだが……テンパが殲滅を終えたというのにこちらを見てバチバチと雷光を散らすのが怖かった。結構いい仕事したと思うんだけど。