めんどくさがりのお使い
放課後です。
放課後って言ったら帰る時間なんすよ。部活やら遊びやらの選択肢はあくまで本人の希望に沿うものでなくてはいけない。
つまり帰りたい人は帰るべきだと思う。ダッシュで。
しかしフェードアウトを秘技に持つ俺のスピードについてきた奴がおんねん。
……ロリ子、おまえもか……。
『文化祭の準備忘れてたよ風』に帰ろうとする俺にロリ子がストップをかけつり目が邪眼をかけ俺を教室に連れ戻すと、きちんと与えられた役目が俺を待ってた。
そう、小道具係! の、買い出し役さ!
それいる?
うちのクラスは喫茶店をやるらしくそれぞれが放課後に役割を割り振られた。特に揉めることなく決まったのはスーパー君がそのカリスマ性を遺憾なく発揮したおかげたろう。アルカリ派の俺としては唾を吐き出したくてしょうがなかったが空気を呼んで自粛した。少数派はいつの時代も搾取されるんだ。
なるべく大変な役割はやりたくなかったので小道具係に入ったのだが、小道具係は小道具係で班が出来ていたらしく俺の意見なぞ聞かずに色々進行する。
浮いてるって? バカいえ。俺ほど沈んでる奴もそうはいない。
結局言われるままに足りなくなりそうな材料やらを買う役目を与えられた。もちろん一人。小道具だしそんなにかさばる物を買ったりしないからね。別にハブられた訳じゃない。ついでにパシりでもない。ジュースとかもリストに入ってるけど、どうせ外に出るなら、といった理由の元だ。うむ合理的だ。イジメとか、なんかーあいつー暗くない? とかじゃない。
全然違う。
目から頬に伝うこれは、涙じゃない。
全く違う。
ただクラスメートなんて爆ぜればいいのにって思った。
ロリ子が申し訳なさそうに手伝いを申し出てきたが、採寸があるでしょ! とつり目にドナドナされていった。係も違うのにロリ子はいい奴や。でも同情してくれるなら見逃してほしかった。
仕方ないのでリストの物品の買い出しに出ることに。
やってきたのはホームセンターだ。なんでも揃うを看板に掲げる駅前店。コンビニでいいんじゃなかろうかと思ったが、貰ったお金じゃ、ここでしか揃わんわい。えっ、別に足りなかったらお前が出せ的なアレじゃないよね? 信じてるぞクラスメート。
とりあえず店に入る。あんまり来たことないから何がどこにあるのかわからん。
まず、孤独な寂しさを埋める何かと爆薬を探そう。私的な買い物が先で悪いんだどもね。クラスメートに、ね。プレゼント的な、ね。
信じてるよクラスメート。
工具のコーナーに足を向ける。まずは基盤から作らなきゃ。忙しくなってきた。
「あ? 知らねえ。お前がやれよ」
「……あ、うん、分かった。じゃあ、板材だけ……」
「知らねえつってんだろ! つーかなんか言い方がムカつくし存在もイラつくわ。もう黙れ。一々オレに言ってくんじゃねえ」
工具コーナーを曲がったらそんなやり取りを突き当たりでやっている生徒が二名。制服でうちの学校のやつと判明。
思わず足がとまっちゃったよ。なんか空気がピリピリしてる。やばいところに足を踏み入れちゃったよ。自然に離れる方法が欲しいっす。
てかデブチンじゃん。
向こうもこちらに気付いたのだろう。今まで苛ただし気にデブチンにメンチ切ってた金髪襟足が「ちっ」と舌打ちして去っていく。
残される俺とデブチン。視線がガッチャン。気まずい。なにこれ?
「……よう」
「お、おう」
こういう時にアメリカ人だったらヘイ! で済むから便利。日本なら相槌で「へー」とか言おうもんなら空気読めやと思われること必至。興味無いの同義語としてテストにでるかもしれないレベル。
続く言葉もないし俺のメンタルもないのでどうやってこの場を辞すればと脳内会議でも始めようかとしたところで、デブチンがフーーーーと長い溜め息を吐き出しニカッと笑いかけてきた。
いや、やめて! 痛い痛い。寧ろ無視して行ってくれた方が優しかったよ!
場所を変えること校舎裏。
結局、デブチンの手伝いを申しでてしまった。あの空気を味わい続けるより精神的に楽だったので。
つーか俺と違って大道具の買い出しじゃねーか。一人で運ぶとか無理だから。正直どうするつもりだったのか。
「……お前って結構、力あんのな……」
「え、ええ。そうですね」
「なんで敬語?」
「バカ、今のは定型の返しだ。今はなき昼の番組の」
どっさりと買い込んだ荷物をクラスに持ち込むわけにもいかないとのことで、庇のおかげで影の差す校舎裏に置いておくとのこと。
俺の荷物は中くらいのビニール袋に入った。何故かビニール袋の中にペットボトル飲料が入っていたのでデブチンと一本ずつ分けて飲むことに。接着剤やらハサミやらセロハンやらの中に何故かジュース。不思議。
不純物を取り除く作業を率先してやるなんてマジ俺はクラスメートの鑑と言えるだろう。
「……あのさぁ」
なんだい共犯者。
「……さっきのって結構あるんだわ。いや、結構は無いよな…………俺に話し掛ける奴があんまりいないから」
帰りたい。なんでお悩み相談っぽい空気出してんの?
ハアっと疲れたような息を吐き出しつつデブチンが続ける。
「……喋り方がムカつくとかどうしようもないよな? ほっとけよって思う。なんか落とし物拾っても、汚いやらなんで触ったんだよやらのバイキン扱いだしよ。おっそろしいほど手を洗いまくっても関係ないんだと。近く通っただけで顔歪めるしよ。あ〜〜〜ムカつく」
あー、あるある。あれ無意識なんだよな。文字通り意識してないんだよ、イジメてるって。時間が経って昔語りとかしてるときに思い返すとヒドいつーな。当事者からしたらふざけんな常考としか言えない不思議。知らずに蠍の刺青入れちゃうわ。戦争。
ある程度毒を吐き出してスッキリしたのか、幾分柔らかくなった顔をするデブチン。
「あー、サンキューな、運ぶの手伝ってくれて。はぁ。なんで文化祭とかやんのかな?」
「それな。寧ろ三年に一回とかにすりゃいいのにな」
「な? 毎年毎年ネタもねーって感じだわ。そんな楽しくもねーし」
「めんどくさいしな」
「おう、確かに。土井とか特にめんどくせーわ。金髪とか不良きどってるくせに学校行事参加とか……つか襟足伸ばすのってダサくね? あれって何がいいの? デキコン十代の子供とかアレが定型なんだけど? ファッション誌とか見ねーけどアレがアレなのは分かる」
おうおう暗黒面に落ちつつあるぞ落ち着け。我々ジェ○イはあいつら系に関わらないことが暗黙のルールだろ?
デブチンのグチグチいう愚痴を聞いていたら、誰かの話し声が聞こえてくる。
ピタリと止まる愚痴。
近くに大声で騒ぐ輩が現れると会話が止まる不思議。
音源はどうやら俺たちが背中を預けている校舎の右側の角から聞こえてくる模様。
おいおい。もしかして盛り上がっちゃった男女が祭りの雰囲気に中てられて人気の少ない場所で淫らな行いをしてるんではないですか?
品行方正な模範生な僕としては? 止めるべきだな、ああ止めるべきだ。
カサカサカサカサと手足を動かしそっと顔を軽く出す。いや、誤解だったらいけないからコッソリしてるだけですハイ。
「……お、おい」
どうやらデブチンも付いてきたようだ。
しかし構っていられない。早く止めなきゃ!
目をギラギラと血走らせンフーンフーと息を荒げながら覗いた光景には、…………野郎ばかり。
へー。
良かった。我が学び舎で不埒な行いが行われてなくて…………良かったあア!
俺に覗きの趣味などないから早々に顔を引っ込めたのだが、デブチンがグイグイと袖を引いてくる。なんだよ。
「あ、あれ、金取られてねぇ?」
あん?
もう一度コソコソと覗くと、六人ぐらいの男子が談笑してる光景が。…………あれ? よく見ると肩を組まれてる男子だけ顔が引きつっている。肩を組んでるというより、無理やり肩に手を回して逃げられないようにしてるように見える。
「なあ、俺ら五人いるじゃん? これじゃ一人千円にしかならねーからさ、足りなくない?」
「……いや、これ以上持ってなくて」
ヤバい。
なにがヤバいって今時カツアゲとかヤバい。普通に強盗なんだが。
「ど、どうする? 先生呼んでくるか?」
「いいこと言った」
丸投げが吉です。
ソロソロと顔を引っ込めようかとしたところに新たな登場人物。
俺らが覗いてる角とは反対側の角から少し怒り顔でのご登場。
「なにやってんの?」
我が弟様だ。
ヤバい。
汗が噴き出る。なにがヤバいって屠殺場に迷い込んでしまった今の状況がヤバい。普通に殺害されてしまう?!
「おぉぉ、熱い展開だ! なぁ、なんとかなりそうじゃね?」
ああ。熱過ぎて炭も残らないだろうね。
軽く興奮しているデブチンを引っ張る。ちょっ、今急いでんだよハリハリ。ポタポタ。
誰も望んでグロ映像なんか見たくない。つーか早く人を呼んでこないと死人が出ちゃうよ! あの仲良し五人組の命が掛かっているんだよ?!
早歩きで場を後にしたのだが……結構離れているのに響いてきた、人体が発するには首を傾げるような音は、気にしないことにした。大丈夫だよ。俺も毎日出してる。
千円のために命を捨てるなんて、無茶しやがって。
先生に校舎裏でケンカをしてるのを見たと報告をして教室に戻った。
「私のジュースは?!」
つり目の目は今日も吊っていた。つまり平常だね。