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めんどくさがりの夏休み最後の日



 ショッピングモールに来てる。拷問かな? しかも注目度が気温よりも高い。


 今日で学生の夏も終わるというのに最後の一瞬までハシャぎたい勢で占めるモールに、溶け込むがごとし茶髪と、同じ液体でも水と油だね僕油な俺。


 殺してくれ。こいつら全員。


 最早暦の上では秋だというのに熱さを撒き散らすカップルどもめ。俺がノートを拾ったらおぼえてろ? 必ず手酷く振られるという一文をいれてやる。必ずだ!


「とりまカフェかな?」


 隣を歩いている元凶が俺に話し掛けてくる。勘弁。


 茶髪はうなじが見えるほど髪をアップにし適当に結んでいるが、そのバラけ具合もファッションと言われれば納得してしまいそうな髪型に、デニムのホットパンツにフリルのキャミソールを合わせたサンダル姿だ。


 えーとお? と唇に人差し指を当てて案内板を見ている姿に道行く男が振り返り視線を送ってくる。


 茶髪に好意を。俺に殺意を。


 かかかかかかかかか帰りたい。なんで俺は部屋から出てきてしまったのだろう。最近バイトなんてアグレッシブな事をしたせいで外に出る習慣がついてしまったからだろうか? ああ帰っておさげを焚き付けつつ紅葉を楽しめれば何も望まないというのに……。姉にはテンパを与えておこう。俺、安全。


「あ、猫カフェあるよ? 君って猫大丈夫?」


「それって人間が猫真似してるとこ? じゃなきゃ不可」


「…………ひくわー」


 ああ、同感だ。俺も女性からは一歩遠ざかりたいと常々考えてる。意見があったね? じゃあ帰ろうか?


 汚物を見る視線にゾクゾクしつつも、茶髪は「じゃあ別のとこでー」と歩き出した。大人しくついていく。最初、頑として断ったところ、引っ張られて殺意二割増しな視線を浴びせられたからね。


「あ、あったあった」


 え、なんか敷居高くない?


 入ったカフェの室内は物静かで若者向けというよりアダルディーな雰囲気を醸し出していた。


「いらっしゃいませ」


「あ、二人で、禁煙をお願いします」


 それはファミレスの対応だと思うの。


 現に口ひげの立派なマスターは苦笑いしながら奥の方へ案内してくれた。


 ガランとした店内にはお客さんが俺たちの他に一組。つまりいい店だ。水をグラスにいれて運んできた男性ウェイトレスもどこか優雅だ。


「えーとね、か、かカフェラテ……」


 いや待て。味覚が似ているから断言するがやめておけ。パックなアレが登場するようなところじゃないぞ。


「今のなしで、フレッシュジュースありますか?」


「ブルーベリーとオレンジがございますが?」


「オレンジを二つ」


 かしこまりましたの言葉もなく会釈して下がっていく店員。「え、なんでなんで?」と小声で聞いてくる茶髪。


「あたしカフェラテ得意だし。オレンジジュースとか空気読めてなくない?」


 得意ってなんだ。空気読むとかどこの特殊能力だ。


 答えずボーっとしていたら、茶髪はスマホを取り出していじり出した。おい空気読め。ここは会話するところだろ。俺スマホ家に置いてきちゃったんだよ。


 しかし取り立てて話題もなく、店に客が入ってくる「いらっしゃいませ」の声だけが響く。「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」……「いらっしゃいませ」おおい。なんだよめちゃくちゃ流行ってんじゃん。あっという間に満席になりそうだよ。


「あのー、えーと」


 茶髪さん? ヤバい名前なんだっけ。こんな時のためのスマホも持ってないから茶髪の名前が分からない。


「えーと、なあ聞いてる?」


「「聞いてる」よー、って」


 茶髪の声に完全にシンクロ。同時にコアを破壊並みのタイミングでハモってやったら、茶髪は驚いた顔でスマホから目を離してこちらに視線を向けてきた。


 ふっ、造作もない。


「え、なに今の? 狙ったの? な、なんで分かったの?」


「貴様のように連れがいるというのにスマホを目の前でいじる輩は、聞いてるか? と問われたら聞いてようがいまいが『聞いてる』と返してくるのが自明の理。十代の子供を持つお母さんなら誰しも至る領域よ」


「そ、そうなんだ。す、すごいけど……………………なんかキモい」


「おいよせ。褒めた後にけなすとかやめろ。プラマイゼロだよ? むしろ高低差から考えたらマイナスだよ? 凄いと思ったら素直にリスペクト。さん、はい」


「凄いキモい」


 悪口になっちゃった。


 大丈夫だ。いくら俺でも衆人環視の中号泣なんてしない。ただ目尻を光らせるくらいは勘弁してほしい。むしろ悪口とか勘弁してほしい。


「で、なんだ? なんか用事あんだろ。夏休み最終日とか家でゆっくりするのが法律なのにこの犯罪者め」


「ん〜? 別に? 特に? それ言うなら窓から脱走する君も罪を犯してるよね? 共犯者くん」


 ちゅーっとストローでジュースを吸いつつ、あっけらかんと言い放つ茶髪に呆気にとられた。


 なんだと? 用事もないのに連行したのか? 不当逮捕だ。職権乱用だ。断固抗議だ。


「えーと、ですね。俺、実はこの後用事が詰まってまして」


「なんの?」


 甘い女だ。俺が理由を用意してないとみての切り返しか。こんな状況を何万と繰り返した勇者の一言が俺を救ってくれる。ループからの脱出だ。


「宿題がまだ終わってない」


 嘘じゃない。


「じゃあ後で写させてあげる。はい解決」


 …………。


 あれ?


「とりあえず冬物見たいんだー。あとペット。犬派とか猫派とかないけどー」


 ウエイト。体重。ちょっと待とうか。


 おかしいな? ループから抜け出せる魔法の言葉と聞いていたのに。サンタクロースを信じない高校生とか信じるんじゃなかった。


「そーいえば、今年の夏ってどっかいった?」


 あちこちと話題をとばしていた茶髪が、チラチラと不自然感全開で自然を装い聞いてきた。


 なんか探ろうとしてるな?


 しかし俺も言葉の魔術師とか呼ばれたらいいなぁといった厨二心を持つ高校生。茶髪の探りをかわしつつこの場を辞すってみせる。


「あー……、いったいった。山に登ったり降りたり寝たり、川に潜って魚を取ったり、高速道路でパーキングによったり」


「うっわ、めっちゃアウトドア。似合わなー。てかそれ田舎に帰った人みたい。そりゃ高速乗ったらどっかのパーキング寄るでしょ? トイレ休憩とか?」


 まあトイレ休憩だな。


「めっちゃノックして出てきたのが幼女でビビったわ」


「変態だっ!」


「いや落ち着け。男子トイレだ」


「問題だっ?!」


「お前の方は?」


「ここであたしの夏休みに振る?! 幼女どうなったの!」


「ああ、取り憑いてる家に戻ったよ。座敷童だった」


「怪談だっ?!」


 はあはあと息を荒げている茶髪に視線が殺到する。あ、僕違うんで。知らない人です。


 俺が飲もうと思ったジュースを茶髪が奪って一息入れる。あれ、それ飲んだら俺のないよ、ねえ?


「――はぁ。なによ、夏漫喫してるじゃーん。あたしなんて、夏前に仲良くなったクラスの友達とプールいったり海いったり、浴衣着てお祭りいったり夜市いったりしただけだよ」


 棒球きたよ。打ち返してほしいんだろうか?


「じゃあ疲れたろ? 今日は自宅でゆっくりしたらどうだ? 送ってこうか?」


「とうー」


 スネが痛い。茶髪の発言と同時に痛みが襲ってきたね。不思議。


「じゃあ、まずはペットショップいこっかー」


 首輪とか縄とか売ってるところかな? 断るよ。一人で行けば?


 俺の想いが通じたのか、茶髪は立ち上がり店の出入り口へと歩いていく。そのままカランカランという音が響き茶髪は店を出た。


 俺の思い描いた展開がすぐそこに。ふふっ、やったぜ。


 茶髪が店を出ると同時に、店に座っていた客の数人が立ち上がり会計を済ませて出て行く。チラッとこちらに視線を送ってきたが、気にしないことにした。


 残されたのは、空のグラスが二つと、伝票。


 ……あれ? 俺……あれ?


 世の中って不思議なことが起こる。だって人類の半分は女性とか言われてるんだもん。眉唾。


 伝票を掴んで会計を済ませ店を出る。


「あ、連れが来たので……。遅かったね? レジ混んだの?」


 店の出入り口の直ぐ脇で、陸サーファーどもに声を掛けられていた茶髪が、やんわりと断りを入れて近寄ってくる。騙したな!


 これ以上の被害を被らないために心の壁の構築に勤しんでいたら、茶髪は何食わぬ顔であっさり突破して手を握ってきた。握力高め。


「え、なにこれ? 迷子じゃないよ?」


「いいの! 君が遅かったせいで絡まれたんだから、虫除け」


 夏だしね。


 クーラーから出たせいか若干顔を赤くする茶髪に溜め息を吐き出しつつ、今日も暑いと顔をしかめて茶髪に引っ張られていった。












 家に帰って来たよー。


 ……久々のフレーズだぜ。


 へとへとで最早夜と言ってもいい時間なのに、まだ寝るなとばかりに外は明るい。長くなったり短くなったりと忙しいあんちくしょうが今日も照らしてくれたお陰でとってもホットな一日だった。


 ペットショップで。


「やああああ。か・わ・い・い! ねえ見てみて、首傾げてる〜ふわふわ〜抱きしめたーい」


「ビッチめ(ボソリ)」


「やあー」


 右頬がっ?!




 冬物を取り扱うといったイカレた服屋で。


「んー、こっちかな? でもこっちのモコモコも捨て難いな。あー、さっきのスカートと合わせるのもいいかも……ね、このパジャマ、どっちがいいかな?」


「暑苦しいわ。もう裸でいんじゃない?」


「たあー」


 左頬がっ?!




 と、とってもボコボコにされました。俺ん家って神道なんだけど? と一応言っておいた。訳わかんないと返されたのでその点については同意しておく。女性って訳わかんない。


 鍵を持って出なかったから開いてないかもと思いながら玄関の扉をガチャリ。良かった。


 そのまま玄関に入って靴を脱いでいたら、少しだけ隙間の開いたキッチンへと続く扉から会話が聞こえてきた。


「別に嫌ってわけじゃ……でもまだ学生だし、段階ってあると思うんです……」


「あー、でもあたしちょっと安心したわ。健くんがねー」


「苦しい」


「えー、でもそんなにギュッとしてないよー?」


 おさげにテンパに魔王様だな。関わらないが吉。


 板張りの廊下を音を殺し、ゆっくりと階段を上がる。ふと、第六感が喚き立てていることに気づく。分かってる。キッチンは地雷だ。俺も死地に飛び込むつもりはない。


 ここまでくれば俺の平和を脅かす茶髪も遠い存在さ。ビバ自室。


 じゃあガチャリ。


「おかえり兄貴。待ってたよ。早速で悪いんだけど、顔貸してくんない?」


 回転のためかな?


「おいおい返ってくるんだろうな?」


「くるわけないよね」


 あっはっはっはっ、と談笑を交えていたが、弟の目はマジだ。一体何が彼をここまで追い詰めてしまったというのか……。


「断る」


「逃がすかあっ!」




 身を翻して駆け出した俺の隣に彫刻刀が突き刺さる。彫刻刀を人に向かって投げるなんて信じられない?! ほんとに人間なの?


 こうして夏休み中の学生らしくバタバタと、夏の最後の日は過ぎていく。


 ああ……新学期、迎えられるかなぁ……。



長かった夏休み編は終わり、次から新学期編です。







体育祭、文化祭、修学旅行、クリスマス、イベントラッシュな学生の二学期ですが……







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