ロリ子の友達
「お願いマキちゃん! ね? いいでしょ?」
私の名前は鳴神真綺。目の前で私を拝んでいる真田恵理の、……友達。最近怪しいけど。
「……立候補すればいいじゃない」
「やだよ! バレちゃうかもしんないよ?!」
私は放課後のファーストフード店で、恵理からの頼まれ事の猛攻を受けていた。
溜め息を吐き出してジュースを啜る。
視線を上げると、庇護よく掻き立てられそうな目で恵理がこっちを見ていた。
恵理は見た目が高校生というより中学生、下手したら小学生にすら見える。が、可愛くないわけじゃない。寧ろかなり可愛い部類だろう。告白の仲介を何度も断ってきた。トレードマークの双括りにした髪は、今日は編み上げてお団子にしてる。二年になって益々可愛さに磨きが掛かってきた。……原因も知ってるけどね。
「推薦してくれるだけだよ? 本当にお願い!」
今年に入ってから好きな人が出来た事を聞いた。それからというもの、この友達の突飛な行動に付き合わされてきた。今まで知らなかったけど、少し暴走気質な所がある。それでいて計算高かったりもする。
そもそも私の知っている恵理は元々こんな子じゃなかった。控えめで大人しくて、付いてくる事はあっても前に出たりしない子だった。付き合いも長いし、お互い知らない事はないくらい仲が良い。……恋って本当に人を変える。
「……立候補する人だっているかもしんないじゃん?」
「いないよ?」
恵理はキョトンとしてる。
「いなっ、いないって……分かんないでしょ?」
「ううん、いないよ。ちゃんと『お願い』したから大丈夫。後はマキちゃんが頼みなの!」
お、『お願い』って何したんだろ……。普通に、今してるみたいに頼み込んだだけだよね……多分。
「……それさ、私じゃなくてもいいよね? 他の人に頼んだりしなかったの?」
「ううん。マキちゃんじゃなきゃ駄目。あたし、マキちゃんと一番仲良しだもん。とっても自然でしょ?」
自然と来たか。そこまで気取られたくないかな? もっとアピールすればいいのに。
「……男子の図書委員が他の人になったら? そん時はやめとく?」
遠回しに了承を告げる。私だって別に友達の恋を応援したくないわけじゃない。
恵理は満面の笑みだ。
「ううん、大丈夫。男子の役職はもう全部決まってるから。マキちゃん! ありがとう〜」
…………
「……………………え?」
委員決めは明日だ。新しいクラスでやる。知らない人間も多い。
…………私は深く考える事を止めた。「念の為明日は休む」という恵理を見送って思った。八神君逃げて、あの子黒い。
恵理が休んだ。
委員決めの日ではない。委員総会の日に。
初顔合わせをして、各人の役割決めをする総会は、名前と顔を覚えてもらうのに絶好の機会だろう。特に同じクラスなのだから、接点もできるのでは? ……本当、タイミングが悪い子だな。
私は保険委員なので保険室に。同じクラスの男子は知らない子だったけど、名前も覚えたし少し話しをした。保険委員は身体測定の日ぐらいしかやる事がない。怪我人の輸送ぐらい。
早く終わって帰ろうとする私を、副担任の加瀬ちゃんが呼び止める。休んでいる恵理にプリントを届けて欲しいとのこと。
「同じ委員の男子にお願いしちゃ駄目ですか? ついでに総会で決まった事も伝えられるし」
ちょっと気を効かせてみた。加瀬ちゃんは少し渋い顔をする。
「知らない男子が訪ねてきたら嫌でしょ?」
全く持ってその通り。私は諦めて大人しくプリントを受け取った。加瀬ちゃんは後日、善意で総会の決定事項を告げて、恵理の話しかける話題をナチュラルに潰していた。
八神君の事は恵理がやたら話すので耳たこだ。
下の名前は……知らない。『ヤガミ君』と恵理が呼ぶので覚えた。
親友の好きな人。なんとなく目がいくので、ここで私から見た八神君を話そう。
全体的にやる気がみられない。
朝はいつも予鈴の前後にくる。髪の毛がいつも跳ねてる。
授業中は静かだ。真面目だなと思ったけど、黒板から視線が動かな過ぎる。寝てる?
いつも一人でご飯を食べてる。嫌われたりイジメられたりするのかな? と思ったけど、話しかけられたら普通に返すし、移動教室に行く時とか隣の男子が教えてたりするので、一人が好きなんだなと理解する。特定の友達は……見た感じいない。
正直、どこが良いのか分からなかったので、恵理に聞いてみた。
えへへ、と笑いながら恵理が答える。
「いいの! あたしが知ってれば。マキちゃんに教えて、マキちゃんもヤガミ君好きになったら困るでしょ? マキちゃん綺麗だし……」
絶対ないよ。恋は盲目とは言うけれど、ちゃんと八神君見たことあるのかな? 彼、滅茶苦茶面倒くさそうに授業受けてるよ。
初めての図書当番の時。いつも通り煙の様に消える八神君を、恵理が鞄も掴まずに追いかける。余程早く家に帰りたいのだろう。そして私の予想通り、図書当番の事は忘れていた。
戻ってきた恵理は滅茶苦茶嬉しそうだった。「ヤガミ君待ってるから!」とか言っちゃって。……くそぉ。私も彼氏作ろうかな……。
友達の恋愛が上手くいくのかどうか気になるのは普通の事。私は同中の友達とお喋りしながら時間を潰して恵理を待つことにした。告ったら案外スンナリつき合えると思うんだけど……。競争率は高くないよ、きっと。
その日は、迎えに行った恵理のヤガミ君話をずっと聞かされた。初会話だったそうだ。……夏が近いのに、私の親友の春は遠い。
放課後。恵理に手を引っ張っられて空き教室に連れ込まれた。
余りの電光石火の行動に文句も付けられなかった。
説明もなく、双眼鏡と……イヤホン? を渡された。曲でも聞くの?
訝しく思いながらも恵理の隣で双眼鏡を覗く。恵理は既にスタンバっていた。
双眼鏡の先は、焼却炉。うら寂しい所に在るので、当然人気はない。
誰かやってきた。八神君?
八神君は何をするでもなく立ち止まりボーっとしている。何してるのかな?
八神君ウォッチングするなら一人でお願いしたい。私は今日は帰って勉強するのだ。……恵理程頭が良くないし、恵理は教えるの下手なので、テスト期間は大抵家で唸ってる。
双眼鏡の先に人影が増える。私はその子を知っていた。
一年の葵乃上桜。新入生代表にも選ばれていた有名人だ。二カ月で告白された回数が二桁に届く、超強者。
なんで? と疑問が浮かんだと同時に、イヤホンから声が聞こえてきた。
『……あのー』
最初は誰の声か分からなかったが、葵乃上と行動が連動していたので気付いた。私は愕然とした。
うそでしょぉぉぉ! この子、私をデバガメの共犯にしやがった?!
状況や雰囲気で分かるよ! 告白の現場じゃんコレーー。
葵乃上が告った所で、恵理が私の服を掴んだ。…………仕方ないなぁー。
面倒そうにしてた八神君が驚いて、葵乃上にもう一回告白を誘導してた。あいつサイテー。デリカシーなさすぎ。葵乃上は真っ赤だ。
恵理には悪いが、この告白は成功するだろう。断る理由がない。……今日は一日中、恵理を慰めてやるか。
そんな事を考えていたら、
『ごめんなさい』
八神君が頭を下げた。
えぇぇ?! うそっ?! なんで?!
断られると思ってなかったのか、葵乃上の顔が面白い程青くなる。
思わず前のめりになった私の服を恵理が引っ張った。
「……これ以上は悪いから、……行こう」
「う、うん」
恵理は嬉しい様な切ない様な、微妙な表情。
後ろ髪を引かれながら、私達は空き教室を後にした。
後で恵理に聞いたが、なんとなく結果は分かっていたが確かめずにはいられなかったそうだ。
…………もしかして、八神君ってホモ? ……じゃないか。だって男子と連れ立ってるの見たことないし。う〜ん。意外と恵理ちゃんと見てるな。今、告白しないのは勝算がないと踏んでるからか。……それにしても、なんで断ったんだろ? 意外だよね〜。
恵理はあれから積極的にいく事にしたそうだ。
今日は学食に行くと言う。
「大丈夫? 一緒に行こうか?」
「だいじょうぶだよ〜。マキちゃん心配性ー」
ニコニコしてるが、恵理は本物のお嬢様なので意外と物を知らない。初めて一緒に買い食いした時、「何処に入ればいいの〜?」と言ったのを、今も覚えてる。食べながら帰るといったら驚いていた。
「それに、マキちゃん達と一緒だと……ヤガミ君、ご飯絶対一緒に食べてくれないだろうし……」
相変わらず計算高いな。そもそも八神君が今日学食かどうかは分からないでしょ? 偶にパン食べてるし。そう思って聞いたら、「それはだいじょぶ!」と自信満々だった。……深く聞くのは止めておいた。
学食から帰ってきた恵理は喜色満面の笑みを浮かべていた。会話の内容はテストのヤマを教えて貰っただけ。……つき合い出したら死ぬんじゃない? 恵理。
私は帰って、恵理に聞いた八神君のヤマを勉強した。数学は捨ててたので、当たったら儲け物ぐらいだ。あーあー、早くテスト終わらないかなぁ。