めんどくさがり・インポッシブル
「にい……あれ、兄ちゃん? いないじゃん」
連日、過酷(実働三時間)な労働に苛まれ、帰り道では茶髪に搾取され続けた俺は、ある一つの心理に達した。ああ、女性が怖いとかじゃない。そんなん世界の常識だ。リンゴが木から落ちるくらい普通。俺が発見したのは猿が木から落ちるレベルの心理。ストレスを溜めないための秘技。
人と関わらなければいいんだ。(注・実家の自室のベッドの下からお届け)
今回の社会勉強で俺は世の中を知った。つまりあれだ、もはや世に出る必要はないね? 完璧。
もちろん中途半端をする気はない! 親だってなんでも一番を目指せって言ってくれればいいけど、言ったことはなかったな、そういえば。とにかく。
もはや人に関わらず暮らしていくことを決意した俺に死角はない。自室の鍵がクソの役にも立たないことなどわかってた。だから俺はベッドの下の空間を広げてそこで寝ている。漫画で得た知識は素晴らしいな。あの弟が俺から恋人を奪っていくのを防いでくれるなんて……?! いつか俺もおさげを奪おう。おあいこだよね? 仕方ない。
「っかしーな。靴あったし、姉ちゃんがリビングにいたから部屋だと思ったんだけど……」
え、なにその推理。怖い。
パタパタとトイレを見に行く弟の足が消えたことに安堵の息を吐き出す。ひとまずオッケー。最終目標シェルター暮らし。
あー…………いいわ。もう起きないってぐらい寝よう。何故かめちゃくちゃ疲れた。バイト先を茶髪に突き止められたのが原因かもね。帰りどこどこ寄らないかとつり目と話しながら従業員用の扉から出て断って帰ろうとしたら、茶髪が俺の自転車に腰掛けていてハローとか言い出すんだもん。英語とかわからない。
その後、茶髪を交えて女子トーク始めたつり目にロリ子。俺いらない子。茶髪がこれの他にバイトしてないってバラした時のつり目の目が……あとで便所こいやってメールで言われたから、女子トイレはちょっとって返しておいた。バイト最終日で良かった。もうつり目に会うことはない。学校もいかない。部屋がマイワールド。
閉じかけた瞳に小さな足が映る。スラッと長く白い裸足がペタペタと俺の部屋へ入ってくる。
ペタリ。
そのまま眼前で女の子座りだ。白か。わかってるな。やだな、足だよ?
白い小さな素足の持ち主が体をかがめようとしたところで、
「あ、澁澤さん。兄ちゃんいないみたいなんだって……勝ってに入ったら」
「いる」
「え、なにが? あ、姉ちゃん? 苦手かもしれないけどさ、とにかくリビングで待っててよ」
救世主現る。弟の空気読みスキルがすご過ぎる件についてで小説一本書けるよ。マジリスペクト。しかも多分ナチュラルに手を引いてったよ。おさげに報告しなきゃ。なに、兄からのお礼だと思ってくれればいい。異性の手を自然な動作で掴むとか難易度高いことしてくれるわ。カメラを持ってなかったことが悔やまれる。
しかし今のテンパの行動でここは割れてしまったんじゃないの? あいつマジ何者だよ。
ズリズリとベッド下から這い出る。縁の下の力持ちを地でいく俺は凄いと思う。ただ世界がそれを許さないという。やってやるぜ世界。逃げ切ってみせる! ………………何からかな?
俺にしか理解できない世の邪悪からと思っておこう。
さて、ここらもはや安心できる場所ではなくなった(自室です)。ここは思春期や反抗期にありがちな家出とかしてみようかな? だって僕十七歳。とっても自然。
そうと決まればこんな伏魔殿出てってやる。
いつもの部屋着、黒の半袖に半パン。ただ書かれてある文字が違うだけ。前面に『姉が狂暴』背面に『弟は共謀』と至って真実を照らしていた。
ポケットに十年来の安物の財布を突っ込み、スマホ……なんか来てんな。
FROM 茶
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いまひま〜?
ぺいっ。
俺としたことがスマホは部屋に忘れてしまったらしい。あるある、あるよねー。
さって、別に急いでるわけじゃないけど、早く行動した方がいいと俺の直感が告げているので、これ以上荷物は持たずに出るとしよう。
扉に耳を当てて廊下に誰もいないかを確認。素早く扉を開けて廊下の左右を見やる。階段がある壁までにじりよると、口から無声波を放ちエコーロケーション。……誰もいないな。今だ! ゆっくりと階段を降りていく。階段の一番下までくると直ぐさま壁を背にした。……やはりいたか。
「うわっ、似合うー。こっちもいいし、これと合わせるのもありね。う〜ん……あたしが中学まで着てた服のサイズじゃ、少し大きいかもだけど、ね? 制服合わせてみよっかー」
「…………」
玄関にある身鏡の前で、テンパが精神的に陵辱をされていた。お相手? 世の邪悪様だよ。
「あー、いいなー、澁ちゃん。かわいいわぁ……今日は、なに、泊まってくの? じゃああたしの部屋貸そうか? 香奈ちゃんも呼んで女子トークしない? 香奈ちゃん夕方から来て泊まるんだけど……あ、香奈ちゃんって健くんの彼女ね?」
「……………………」
「え、オケ? じゃあ、パジャマも選ばないとね。あたしの貸してあげるから、取りに帰らなくても大丈夫よ?」
「………………………………」
首を振るって否定じゃないんだぁ……。それにしても弟も可哀想に。彼女がお泊まりのイベントで姉乱入とか死亡。
壁からこそっと覗いていたら、瞳が死んでるテンパと目が合う。ヤバい。
「え、もうパジャマ選んじゃう? あ、制服気になるとか? いーよーいーよー。制服先に合わせようか? あたしがいってたの海外の学校だったけど制服でさ、絶対澁ちゃんに合うよ〜。髪もそれに合わせ――」
どうやら姉の部屋の方を見ているように思ったらしい。しかしこのまま階段の前を通過されればどのみち見つかる。どうする?
「あ、姉ちゃん。昼ご飯どうする? 今からパスタ作るけど?」
「あれ? もう昼? じゃあお願い。三人分ね」
「兄ちゃんの?」
「ううん澁ちゃんの」
「……ね、姉ちゃん澁澤さんが嫌がってたら」
おお?! 英雄現る! そうやって誰彼かまわず女子の好感度と男子のヘイト稼いでんだな? だが許す。逝くんだ八神家男子代表!
「なに? 健くん」
「い、嫌がってたら……」
「なに? 健くん」
「いや、澁澤さんの意見も……」
「なに? 健くん」
「…………」
「パスタは三人分お願い。あたしと澁ちゃんと健くんの分」
「あ、うん。すぐ出来るよ」
「じゃあ先にお昼食べよっか?」
「……」
扉が閉じられる前にテンパがこっちを見ていた気がする。なんだろう? よくわかんないね? ただ魔王に捕まった姫様助け出すのは勇気ある者の役目なんだ。俺には無い。そこだけはわかって。
あとは玄関を駆け抜けるだけで自由の空に羽ばたけるが、ここを行くのは得策ではない。道連れを求める金髪が突発的に扉に突貫してきて見つかるかもしれないからね? なにが起こるかわからない、それが実家。
ならば撤退だ。一度部屋に戻ろう。
すかさず階段をあがり廊下を通って弟の部屋へ。周りをチェック。おそらくこの辺りだ。
ベッドの頭の方が本棚になっている場所を調べる。ゴムを発見。やだなー輪ゴム輪ゴム。しかし信じらんない十五歳だな。教訓を与えてやるのが良き兄。
弟の机を物色。物持ちのいい弟は小学校の頃に使った彫刻刀をまだ持っていた。俺は多分、爺に目掛けて投げつけて無くしてしまった気がする。なんてやつだ爺。子供の持ち物取り上げるなんて……。
これをこうだ!
ゴムを箱ごと貫く。彫刻刀を差したままテーブルの上に放置しておこう。なにもあんな分かりにくいとこ置いとくことない。俺の親切さが教育省レベル。
一仕事終えた俺は自室に戻ると、体育で使うスニーカーを机の脇から取り出した。
窓から逃げる。それがサンタ。
窓をガラッ。俺、とぉ!
屋根から塀へ飛び移りそのままアクロバットを決めつつ道路へ。以前怪物が俺の部屋な侵入したルートがまさか脱出に使われるとは誰も思うまい。
……勝った、勝ったぞ!
「…………君ってさー、なんかいつも変なことしてるよね?」
ねえ世界? 茶髪とのエンカウントに対して色々物申したい。
日差しが高く、終わるとは思えないほど暑い、そんな夏休みの最後の一日が始まる。
ふははははは無理だ!させはせん、させはせんぞ!(いろんな意味で)